第十六話
警察の事情聴取は、意外に簡単に終わった。
面倒だったのは、警察署に来ていたイケメン君の顧問弁護士だった。
とは言え、示談しましょうと提案してきたので、面倒なので渡りに船を思ったら、意外に咲良さんがごねた。
「ひとつ間違えれば、死んでたんですよ?」
「でも、事実として無事だったんですよね?」
「結果論です。馬乗りになって、殴ろうとしたんですよ?」
「でも、あなたをこちらの男性から守ろうと必死になったと、そう伺っています」
「逆です。こちらは私の先輩でもあり、婚約者でもある勝呂さんが、私を守ってくれたんです」
「婚約者ですか?」
「はい」
「では、私の依頼人との婚約は、破棄されるおつもりですか?」
「そんな事実はありません」
「でも」
「失礼。弁護士さん、彼の言い分を通すと、一般的にストーカーになりますけど?」
「そんな、大げさな」
「そう、いつでも大げさと言うものなんですよ。でもね、被害が出てからでは、遅いんですよ」
「私の依頼人が、ストーカーだと?言葉には、気を付けてください。名誉棄損になりますよ」
「事実ですし、このままでは、そうなりますけど?」
イケメン君の弁護士さんは、しぶい顔をした。私は、畳みこむことにした。
「そもそも、あなたの依頼人さんが、この私の結婚予定の大事な女性に付きまとい、しかも公衆の面前で暴行を働こうとした、その事実は動きませんよ?会社には監視カメラもありますから、何でしたら確認しますか?」
「一度、持ち帰ってみます」
「はい、よろしくお願いします」
イケメン君の弁護士は、意外にあっさりと帰って行った。
「先輩、あんなキモオタマザコンクソブタ野郎の肩を、持つ必要はありませんよ」
何だい、それ?
「肩を持ってないよ。あんまり、関わらない方がいいと思ったんだよ。それとも、あのイケメン君と和解したいのかな?」
「あんな奴、ただのブタ野郎で十分ですよ」
豚が可哀そうだとは、言わないでおこう。
「とにかく、この話はもう終わり。多分だけど、示談して終わり。イケメン君は退職で、とんとんだよ」
「何で、刑務所に行かないんですか?」
「まあまあ」
「次に先輩に何かしたら、殺してくださいって懇願するまで、痛めつけてやりますから」
あの~、本当に怖いんですけど。
「さ、帰りますよ」
「いや、社に行こう」
「先輩って、真面目ですね」
「違うよ、それしかないんだよ」
「だったら、まずはごはんにしましょう」
そう言えば、そろそろお昼か。
「さて、何にしようか」
「先輩、付いて来てください」
うん?
「まあ、任せるよ」
私と咲良さんは、会社近くの繁華街に向かうことになった。
「先輩、ここです」
イタリアンの店、だよね?イタリアの旗もあるし。
「へ~、いい店を知ってるね」
「一応、ミシュランの一つ星レストランです」
「はい?」
「一度、先輩とご一緒したかったんです」
「おいおい。大丈夫かい?そんなに、持ち合わせはないよ」
「平気です。クレジットカードが使えますので」
盛大にため息を吐いた。治療費の次に、高額な食事代か。
「先輩?治療費なら、後で戻ってきますよ」
「だといいけど」
とりあえず、私と咲良さんは、念願の一つ星レストランでランチを頂くことになった。
「先輩、きょろきょろしないでください」
「だってさ、私の人生で、これが最初で最後だと思うと、感慨深いんだよ」
「ちょくちょく、来ればいじゃないですか?」
「私には無理だよ」
「どうしてですか?」
「場の雰囲気がね」
「意味が分かりません」
「まあ、何と言うかね」
「要領得ません。もっと、はっきりと言ってください」
「とりあえず、料理が来たから食べようか」
「・・・・はい」
なんというか、意外に美味しい。
私にこんな高級店の味なんて、分かるはずは無いと思っていたけど、さすがというべきだろうか。
「いやあ、美味しかった」
「じゃあ、また来ましょう」
「そうだね」
「先輩、ありがとうございました」
「うん?何のこと」
「私を暴漢から、守ってくれたことです」
「暴漢って、まあそうなんだろうけど」
「一度殴られてから、反撃しようと思っていましたけど」
そうだと思ったよ。君の場合、過剰防衛をしそうだしね。
「でも、うれしかった」
「そう。それは良かった」
「それに、私のことを最愛の女性って、言ってくれて」
あれ?そんなことを、言った覚えはないけど。
「本当に、嬉しかったです」
まあ、そういうことにしておこう。わざわざ、地雷を踏む馬鹿もあるまい。
「先輩、私をお嫁さんにしてください」
「本気なんだね?」
「冗談で、こんなことは言いません」
「分かったよ。なら、近いうちにご両親に、ご挨拶に伺おう」
「必要ありません」
「何で?」
「どうせ、あの人たちは好き勝手やっているんですから、ほっといてもいいんです」
「そうはいかないよ、一応、親せきになるんだから」
「私が、嫌だと言っています」
「理由は?」
「言いたくありません」
「でもなあ」
「いつか、お話します」
今は、それでいいか。
いいお店を、教えてくれたから。
「先輩、このお店に他のオンナと一緒に行ったら、串刺しにしますからね」
「はい、了解です。マイハニー」
嘘です、嘘です。本当に嘘です。
いえ、嘘じゃないですけど、嘘です。
お願いだから、イケメン君を見た時のような目で、私を見ないで。
私は、長生きできるだろうか?