第九話 エッチなアンデッドは冒険者のバディかエチィか 前編
紅茶には何を入れるか。その問いに、僕は『何も入れない』と短く答える。
ギリギリまで減らした砂糖とたっぷりのバター、上質な小麦粉を使ったスコーンにビスケット。
つけ皿の小鉢に多種多様なジャムが並び、いちごをスプーン1杯掬う。ビスケットに乗せて口に入れると、濃厚なバターに遅れて甘ぁ~い濃厚。濃厚に濃厚が重なって美味しいが重く、苦み100%の紅茶を含んでスッキリ流し飲む。
――――そう。紅茶とは、ジャムとバターの組み合わせを繰り返す清涼剤なのだ。
砂糖を入れては甘さが過剰。
ジャムを入れても甘さが過剰。
ミルクを入れればコクが過剰で、お茶会のバランスが大きく崩れる。崩れたバランスの上でまともな話をできる筈がなく、故に、僕は紅茶に何も入れないのである。
信念を持った瞳を向け、対面に座る強面の男性は満足げに頷いた。
「どうやら、信頼できる御仁のようだ」
「お褒め頂き恐悦至極です、ダレス殿。冒険者ギルドのパルパノン支部マスターと、真理を共有でき嬉しく思います」
「あっ、私は砂糖とミルクたっぷり」
「レアル、俺はお前を見損なったぞ」
「依頼の後だからエネルギーが足らないんですよっ」
1杯のティーカップに山盛り5杯の砂糖と溢れんばかりのミルク。
ろくにかき混ぜず触手頭のカフェ店主兼冒険者は飲み干し、お代わりを注いで1周2周3周で一気。更にラズベリージャムを空の底に2杯入れ、3杯目を注いでしっかり掻き回しちびちび飲む。
なんて……なんて汚い飲み方……。
いくら近隣盗賊の討伐後と言えど、到底許される紅茶ではない。
「私は放って話を進めてくださいっ。必要があれば口を挟みますっ」
「全く…………では、早速本題に。冒険者個人をサポートする自立型アンデッドは、現状の魔術界で製造可能だろうか?」
「条件付きで可能です」
「具体的には?」
「『どこまでを求めるのか』。D級以下の採取手伝いならまぁ可能。B級相当の魔物討伐は素体次第。A級以上に関してはちょっとした護衛兼性奴隷というレベル。また、全て量産の効かないオーダーメイドかつ、素体の生前と比べて1ランク実力が下がります」
「ワイバーンクラスは無理、か……ままならないものだ……」
いちじくジャム1杯をスコーンに乗せ、ダレスは塗り拡げずにバクッ!と一口。
一見粗暴か豪快に見え、知る者が見れば雅な食べ方。
乗せていたジャムはジャムではなく、煮溶けなかった果実を丸ごと1つ。『ジャムを塗ったスコーン』ではなく、『甘さ控えめのスコーン ジャム煮いちじく乗せ』。何が違うのかと言えば、前者はスコーンだが後者は一種のケーキに類する。
主であり副のスコーンが、たった一乗せで主品に格上げ。
街娘の貴族嫁入りに似通る食は、同時に性的嗜好まで満たす風流なのだ。
「軍の徴兵が厳しいですか」
「実家に帰省し、待ち構えていた部隊に連れ去られる。情報の遅れもあって、B級以下の半数を失ってしまった…………AとSは親類を連れて戻ってこれたが、偽の依頼で釣り出される懸念がある」
「そこのS級を目一杯働かせるのは?」
「ちょっとっ?」
「圧倒的な個であっても、当たれる仕事は1件ずつで疲労もする。仲間を失ってソロとなった冒険者が、パーティ向けの依頼を受けられればと思ったのだが……」
「C以下はともかく、B以上は難しいですね。アンデッドは成長も学習もしない。今ある分を術式に沿って、最低限発揮することしかできません」
「肉体改変みたいに刷り込みできないの?」
ビスケットにジャムを乗せ、ビスケットを乗せてジャムを乗せてを5回以上繰り返してレアルは問うた。
誰もが子供の頃に夢見た理想は、大人になると幻想だったと理解してしまう。
ジャムの甘さは1つで十分。2つあれば過剰であり、3つ以上は原型を保てない。糖分に塗れた素材の味が、追加の糖分で希釈されてただただただただただ甘い。
回避する方法は1つ。
『同じジャムを重ねること』。
「できなくはないけど…………同じ槍使いでも流派が違うと、鍛えてきた筋肉や神経の癖がでちゃうんだよね。咄嗟の攻防でAの技が有効なのに、生前の染みつきでBの技を出しちゃうとか」
「ある程度の実力ならごまかせるが、一流以上には通用しない、か」
「こういう所は生者に勝てません。複雑な動作と咄嗟の判断能力は、生きているからこそ扱える。単純な動きなら、制御してるのが魔術式だけなので精度は高いんですが……」
「ん……? それなら、三流の身体でも超一流の動きができるんじゃない?」
「?」