第八話 エッチなアンデッドの娼婦はいかが? 後編
「治癒魔術師にとっては常識らしいんだけど、生体細胞の分裂には『回数限界』と『突然変異』が付きものなんだって。自然なら数十年かかる身体改変を短期間でやると、分裂の限界か突然変異細胞の異常増殖によって自壊を迎える、と」
「飯食った後でよかったよ……っ。いや、食う前の方が良かったか……っ?」
「あっ、オーダーストップはできないからね? 皆ちゃんと食べて?」
『鬼かっ!?』
『悪魔ッ! 腹黒マスターっ!』
「何も聞こえないなぁ~っ。――――で? 無制限の身体改変ができないと、何が困るの?」
「秘部の修復に限界がある。つまりは、『長く使える』けど『ずっとは使えない』ってこと」
パスタから減っていく湯気を認め、不評の幻を消して食事を再開。
麺、エビ、トマト、個別の食材は楽しんだ。
次は麺とトマトを纏めて巻いて、垂れるオイルと汁ごとパクリ。固茹での麺の歯ごたえと、炒められて解れ崩れたトマト。2つの味わいをスパイス風味のオイルが纏め、一噛み一噛みで異なるバランスのダンスを踊る。
料理の奥深さは、異なる味のバランス変化。
1つだけのうま味なら、どれだけ美味しくても浅く飽きてしまう。
「耐用年数があるってことかな?」
「うん。1年500回の使用として、元種族の残り寿命3倍分が目安。人間20歳、余命50年とすると、150×500で75000回ってところ? 個人所有なら十分だけど、娼婦運用は10年くらいかな?」
「年7500回って鬼か」
「エリンだって、最高に好みの娘だったら一晩10回は普通でしょ? 1年365日に4年に1度のうるう年。昼夜問わずパコパコぱんぱん使われて…………1日24人利用って考えると50回はいくかな……?」
「1時間に1人の計算? それだと4年で限界だね。でも外出しは基本しないだろうし、洗浄と再生の時間を考えると5年くらいが妥当じゃない?」
「女を使い捨ててるみたいで良い気はしねぇなぁ……」
「大体の娼館はそういう運用でしょ? この街のは淫魔術科が仕切ってるからまともだけど」
エビにフォークを突き刺して、麺を巻いてぱくっ、もぐもぐっ。
天然物と比べて臭みの少ない、ぷりぷりの大エビと小麦のタップダンス。
環境魔術科が都市内に作った生け簀は、自然に近いがより管理が行き届いて清浄すぎるくらい。魚介類、甲殻類、どちらも臭み消しが不要なレベル。それを極上と評するか、野生が物足りないと愚痴をこぼすか。
――――『臭み』は、命の残り香。
あると厄介だが、無いと寂しくもある。
「淫魔術科って言えば、文句は言われねぇの? 『売り上げの邪魔すんなっ!』って」
「利用料金を揃えるって条件で認めてくれたよ。料金が同じなら、生身と死体で顧客の好みが分かれるだけ。物珍しさから短期の稼ぎは減るかもだけど、肌の温もりを思い出してすぐ戻るだろうって意見が一致した」
「まぁ、『性交』と『性処理』は違うしね。ワンチャン孕ませられる可能性がある娼婦と、どれだけヤっても妊娠しない死体。事後に谷間に顔を落として、早鐘の鼓動を聞くのは中毒性があるよ」
「あっ、それわかるわかるっ! 無表情のマグロでも心音は嘘つかねぇんだよっ! イきそうな時の興奮とイった後の波の引きで、『コイツは私のだっ!』って独占欲すっげぇ気持ち良いんだっ!」
「その辺りが無いと、やっぱりエッチなアンデッドは売春業界では不利かな? サラは何か対策考えてる?」
「そもそも『売春』じゃなく『宣伝』って認識。アンデッドとのエッチの体験窓口で、そこから先が本番だよ」
テーブル上の籠から小瓶を持ち上げ、緑の粘液を料理に落とす。
風味の強い青唐辛子を原料としたタバスコ。赤に比べて酸味が控えめで、唐辛子本来の味わいをプラスしてくれる。
…………辛さだけに頭が行きがちながら、唐辛子は唐辛子で味がある。
別に隠されていないのに、誰も気づかず見向きもしない。『唐辛子の味』としか表現できず、他に例えられない独特の美味しさ。僕はコレが好きだから、タバスコは赤でなく青を選ぶ。
赤も良いんだけどね。
舌が痛くなるのがどうしてもつらい。
「『宣伝』ん~?」
「エッチなアンデッドとエッチします。もっと好みの体型に合わせられます。でもそちらは別売りです。購入希望ですか? ではこちらへどうぞ~」
「きったねぇっ! 二重に搾り取った後にまだ両方搾るのかよっ!?」
「そもそも、僕が死霊術師になったのは『自分だけの最高にエッチなアンデッドとエッチするため』だよ? 身体改変と再生はクリア。妊娠は研究試料の捕縛が一昨日済んだ。次は安定した素材のマーケット開拓に、日常生活や戦闘でどれだけの性能を持たせられるか」
「エッチも出来るアンデッド従者は需要高そうだね。生身の女性には引かれるだろうけど」
「即物的な冒険者は格好の商売相手だね。レアルも宣伝してくれる? 紹介料出すよ?」
「上に目を付けられるから、ちょっと厳しいかな……」
「おいっ、おいっ」
席から身を乗り出して僕の肩を掴み、親指で自分を指しながら笑顔のエリン。
紹介か購入かそれとも両方か、協力の申し出はありがたくうっとうしい。彼女の守備範囲は非常に広く、日々の酒代と収入を考えると破産コースまっしぐら。
ある程度、こちらで抑止する必要がある。
――――って、強欲の使徒共なら誰でもそうか。
「わかったから。ご飯食べたら一緒に行く?」
「行く行くっ! 女騎士のアンデッドはあるかっ!? 背が高くておっぱい特盛のっ!」
…………抑えきれるかな……?