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第十九話 エッチなアンデッドを綺麗にしましょう 前編

「マンドラゴラの根、デッドホースのたてがみ、スペクターの涙、バンシーの霜……」


「即死魔術の触媒なんて物騒だね? 誰か暗殺するの?」




 カフェの隅のテーブルで魔術触媒の確認中、運ばれてきたクリームソーダのシュワシュワ音でハッと僕は顔を上げた。


 作り物のメロン色にシロップをたっぷり、炭酸を加えてあまぁ~いシュワシュワ。


 ジョッキグラスに氷を入れて、上まで注いでバニラアイス2つとチェリー1つ。普通の喫茶店ならアイスは1つだろうが、今回注文したのは大人の贅沢クリームソーダ。1つで満足できない大人の為に、バニラアイスを2つ乗せた。


 子供の頃にクリームソーダを食べたことがあるなら、きっとわかる。


 色褪せない過去の感動が、2倍になって戻ってきた。




「クリームソーダ! クリームソーダ!」


「ほんとにコレ頼む人は子供の心が消えてないね……。で? ギルドにサラの討伐依頼が来かねない案件?」


「そんなことないよ。コレはアンデッドの洗浄に使うんだ。ウィルス、細菌、寄生虫等、完全に殺しきって無菌状態にするの。性病や水虫の対策にもなって、毎日2回の即死風呂はお約束だね」


「間違って落ちたら死にそう……」


「勿論死ぬよ。特にカビ菌が強くってね。人に使う倍の出力にしないと、完全に根絶できないんだ。ま、深めの縦長プールに階段つけて、アンデッド達に潜らせるだけで済むんだけどね」


「ガラスの個室にでもすれば、安全性は確保できるかな……? でも、液の入れ替えが怖いな…………」




 ソーダのジョッキを僕の前に置き、当たり前のようにレアルは隣の席に座る。


 超乳アンデッドウェイトレスがホール仕事の8割をこなし、厨房と会計以外に彼の仕事はない。1人でも回せていた分、楽になったのではなく暇になった。僕やエリンや他の常連が来ている間は、触手を厨房に伸ばして世間話に興じている。


 まぁでも、別に構わない。


 クリームソーダを食べている時、過去の記憶は家族や友達と話したものだ。




「入れ替えは無いよ。浮いてるゴミを掬って捨てて、減った分を継ぎ足しするだけ」


「悪くならない?」


「生物どころか、菌もウィルスも死滅するんだよ? 液の中は外の大気より清浄で、綺麗すぎて何も住めないし繁殖できない。使用者が代謝しないアンデッドってのもあって、沈殿するゴミも出ないしね」


「おっらぁああああっ! よお、サラッ! 淫魔術科のあの3人と契約したんだってっ!? 逆輪姦されて契約書にサインさせられてどんな気持ちっ!? なぁ、どんな気持ちだよ、なぁっ!?」


「サイン前に『生涯僕専用の雌』って一文をこっそり書き加えて、浮気も売春も出来なくさせたから痛み分けかな? 今は僕の家で拘束してある。媚薬たっぷり飲ませてね」


「おぉおぉ、やるじゃねぇかっ! ん? 即死魔術の触媒? 客に逆恨みでもされてんのか?」


「そっちは全員返り討ちにしたよ」




 細く長いスプーンで乳白色の氷菓を掬う。


 冷たく甘く、シンプルなバニラが鼻腔に香る。アイスの中で基本の一で、数多のトッピングがありながら譲らない王道。濃厚なミルクの味を貴族階級にまで引き上げて、夜伽の下着が如く融けてなくなる。


 舌の上に残るコクは、騎乗位で果てた娼婦の乳房。


 ソーダで洗わず2匙目を掻き上げ、今度はシュワシュワメロン色に泳がせて纏わせる。パクリ融けゆくミルクとバニラと、爽やかに抜ける炭酸とスッキリした甘さ。さっきまでの熟練娼婦が瑞々しい新人娘に若返り、ゴクッと一口あぁ、ロリにまで幼くなった。


 ――――子供の頃は、ただただ甘くて美味しいとだけ。


 大人になってからは経験した人生が、現在から過去へ戻っていくかのよう。




「アンデッドの洗浄用なんだって」


「あぁ、そっか。うちでも似たようなのを使ってんなぁ。武具に魔術付与すんのに、余計な魔力が残ってるとヒビ入ったりすんだよなぁ」


「アンデッドの素体も、魔術式が組み込まれてると結構難しいね。プリセット魔術だっけ? 身体部位に魔術式刺青して、魔力通すだけで即時起動ってやつ」


「右手甲に閃光魔術仕込んでるの結構いるな。あとは左手に治癒魔術か。魔力持ってても魔術使えない戦士職に重宝されてる」


「冒険者界隈だと、遠距離攻撃手段と解毒が主流だね。ゴブリン相手でも麻痺毒が怖いから、あるとないとでかなり変わってくるよ」


「無駄に知能がある魔物って面倒だよなぁ…………」




 ドカッと座ってスプーンを握り、エリンは僕のクリームソーダに手を伸ばす。


 咄嗟に持って抱きかかえ、守りながらアイスとソーダを掻き込んだ。冷たさで頭がキーンと痛み、耐えつつ追撃を必死にかわす。大人で子供の攻防は激しさを増し、周囲の苦笑の声でようやっと羞恥の終わりを見せた。


 あげないよ。


 これは僕のだ。




「けちっ」


「自分で頼みなさいっ」

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