第一話 エッチなアンデッドはちゃんといます 前編
リンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴンリンゴン――――!
都市中央の時計塔からはた迷惑な鐘が鳴り響き、本日の終礼をカフェの窓際で迎える。
石畳でほぼ一面舗装され、清掃も行き届いたレンガの街並み。平和と戦乱が入り交じる世の中にあって、この魔術学園都市『パルパノン』は剣戟も魔法合戦も城壁の外。生徒や教師や研究者達の喧噪はそこそこで、夕日を浴びながらカップのコーヒーに砂糖を3杯。
2でも、4でもない。
3。一杯のコーヒーには3杯の砂糖こそ至高だ。
「おっ? まぁたお子様コーヒーかよ、サラ?」
「ごきげんよう、エリン。相変わらずロリロリしいね」
「テメェも他人のこと言えんのかっ? このロリ偽装ショタダークエルフッ」
布で巻かれた長物を肩にかけ、130cm代の赤髪ドワーフがテーブルに同席する。
ろくに手入れをしていないぼさぼさのショートヘアーと、全く育つ気配を見せない膨らみかけは相変わらず。
いくら外見ロリから成長しないドワーフ族でも、残念で可哀そうで手を差し伸べたくなるスタイルだ。いっそ僕好みの超乳に肉体改造しようか。治癒魔術科と共同開発した肉体操作魔術は、既に実用段階に至っている。
――――うん、やっぱり砂糖3杯のコーヒーは美味しい。
「ショタをロリと間違えて、手籠めにしようとしたレズドワーフに言われたくないね」
「アレはもう手打ちになっただろっ!? それと思い出させるなっ! 一生の恥だっ!」
「はいはい、喧嘩しないでオーダーしてね。そろそろディナータイムだけど、食事はどうする?」
髪の毛の代わりに30本の触手を伸ばし、カフェ内の給仕片付け清掃と調理までこなす優男が声をかける。
テンタクルスと呼ばれる触手人間で、レアルという名を持つ彼が店のマスターだ。
本来は森の奥地で女性を捕らえ、繁殖に利用する害悪種族。しかし理性と協調性と社会性を持ち、無害な彼は外に出てきた。迫害に遭って流れに流れて、今はこの都市でカフェを経営している。
ついでに、僕達はお互いにお得意様。
僕は死霊術、彼は飲食店でそれぞれを提供する。
「厚生地ピザを大サイズで1枚。コーヒーもお代わりで」
「サラだけで食べきれる?」
「大食いドワーフがいるから大丈夫」
「おっ、ラッキー! ありがとよっ、ごちごちっ!」
「はいはい、現金なんだから……」
触手の1本がカップを持ち、他の1本がコーヒーを注いで、もう2本がピザ生地を伸ばし中空で回す。
『バイトを募集しても来ないから、一人で全部できるようになった』は彼の言。
悲しい現実を脇に置いて、僕は残りのコーヒーを一気に干した。溶け残った砂糖を舌で掬い、僅かな苦みと圧倒的な甘み。この甘苦バランスこそ砂糖3杯の神髄で、これを知ってから毎日味わい楽しみ微笑む。
…………火酒のボトルがエリンの前に。
キープボトルらしく、ラベルに名前がでかでかと書いてある。
「そういやサラ。ユクセラの戦争に行ってきたんだって?」
「『ゾンビとスケルトンの軍勢を寄越せ』って脅されてね。ちゃんと提供してきたよ。運用できてるかはわからないけど」
「ま、死霊術なんて骨と腐肉と肉喰いと死霊がメインだもんな。お手軽に大量の戦力ってわけだ」
「死霊術師としては誇らしく、同時に悲しいことだよ。費用対効果と効率を求め、最短の研究を続けた成果ってね」
お代わりのコーヒーを受け取って、砂糖を3杯山盛りドパドパ。
ピザも続けて運ばれて、湯気立つ熱々をナイフで切り分ける。縦に1本、横に1本。間の斜めに2本で8枚のピースに。そっと手に持ちチーズがとろぉっと、黄色の粘っこい滝が落ちる。
軽く手首をスナップさせ、落ちかけチーズを生地の上へ。
下で狙っていたエリンは不満の声を上げ、満面の笑みで僕は口に。もちもち厚みのある生地に、バジルとトマトとチーズのハーモニー。肉や魚などの重みのある食材を使わなくても、十二分の満足を食し味わう。
うん。シンプルなのに、味わい深い。
「もぐもぐ」
「本当、こうして見てるとショタじゃなくてロリなんだよな、テメェは。治癒魔術科で性転換しねぇ?」
「もぐもぐもぐ……やだぁっ。僕は男で、ちゃんと女の子が好きなんだよ? でもお付き合いとかは面倒だから、都合の良い女体があれば一番」
「それで『エッチなことをしたいから死霊術師を目指す』? 腐りかけの雌で抜けんのか? それとも骨でもイけんの?」
「全く……アンデッドに対する偏見だよ、ソレ……もぐもぐんぐっ」
ピザの一欠けを食べきり、僕は指に付いたチーズの油を舐めて取った。