傷ついた第一王子殿下は、異母妹を可愛がる
クロヴィス・カジミール。カジミール王国の側妃の息子にして第一王子である。そんな彼は最近病で母を亡くしたばかりである。クロヴィスの父である国王は、残念ながらあまり子宝には恵まれずクロヴィスしか子供がいない。家族が父と王妃である義母、そして母方の祖母しか居なくなってしまったクロヴィスは、幼くして孤独を感じるようになった。
クロヴィスにとって嬉しい報せが入ってきたのは、ちょうどそんな塞ぎ込んでいた頃だった。
「クロヴィス、私のお腹に今陛下の子供が宿っているの。つまりは貴方の異母妹よ」
王妃は実の息子ではないとはいえ、将来夫の跡を継ぐことになる優しくまだまだ可愛らしいクロヴィスを大切に思っていた。そんなクロヴィスを喜ばせるために早い段階でビッグニュースを伝えたのだ。
「義母上、本当ですか?ありがとうございます!生まれてくるのが楽しみです!」
「ふふ、この子のお兄ちゃんになるためにももっとお勉強と剣術を頑張るのですよ」
「もちろんです!」
この日からクロヴィスは、元々真面目に取り組んでいた勉強と剣術に更に力を入れた。もちろん睡眠時間は十分にとるが、遊ぶ時間を削ってまで心身を鍛える。そしてその合間の僅かな時間を王妃のお腹の子供の様子を聞くために使った。
「この子は順調に育っています。もうすぐ会えますよ、クロヴィス」
「楽しみです!」
そして運命の日がやってきた。お産はなかなかに時間がかかり、王妃の負担は相当なものだったが無事出産。元気な女の子が生まれてきた。クロヴィスは出産から一時間後に王妃の部屋に入る許可がおり、先に入って王妃を労っていた父と共に妹の顔を見る。
「わあ…可愛い…」
生まれたばかりの妹は、弱々しい見た目なのにとても生きる力にあふれていた。可愛い妹に見惚れるクロヴィス。
「義母上、可愛い妹をありがとうございます」
疲れ果てて眠ってしまった義母を労わる息子に、国王は優しく微笑んだ。
「抱いてみるか?」
「え、いいんですか?」
優しく妹を抱っこするクロヴィス。小さな命が、腕の中にある。クロヴィスはその瞬間に誓う。この子は僕が守ると。
「この子の名前は?」
「それなんだが、王妃と話し合ってな」
「はい」
「王妃が、是非お前に名付け親になって欲しいと」
「…!」
クロヴィスはあまりの嬉しさに言葉も出ない。それから、国王を待たせて何度も何度も頭を回転させる。そして決めた。
「ジェラルディーヌにします」
「良い名だ。その名に相応しい、逞しい女の子になることを期待する。王妃にも目覚めたら伝えよう」
「ありがとうございます、父上」
その後目を覚まして娘の名前を聞いた王妃は、クロヴィスを褒めまくりクロヴィスが恐縮しきりだったらしい。
「お兄様ー!」
「ジェラルディーヌ、あんまり走ると危ないよ」
「お兄様に花かんむりを作ったの!あげる!」
あれから数年、ジェラルディーヌが五歳になった。十二歳になったクロヴィスはいつも無邪気に笑うジェラルディーヌを溺愛している。
「ありがとう、ジェラルディーヌ。お兄様はまた頑張れるよ」
「お兄様すごい!カッコいい!」
「ふふ。ジェラルディーヌには負けるよ」
クロヴィスはジェラルディーヌが生まれてからも、ジェラルディーヌを守るためにと日々勉強と剣術を頑張り続けた。結果、その教養と強さは同世代の中でも群を抜いて、優れた後継者と称えられるようになった。
一方でジェラルディーヌの方も一を教えられたら十を理解する優れた学習能力を持ち合わせており、早くも将来を期待されている。さらに、この国では大変珍しい〝魔力〟を持ち合わせていることが最近発覚した。近隣諸国は魔法で発展する中で、魔法に頼らず科学によって負けず劣らずの発展してきたこの国ではかなりの奇跡である。
「私、将来は立派な魔法使いになってお兄様をお支えするの!」
「ありがとう、今から楽しみだ」
世界を旅する賢者を招き入れ、ジェラルディーヌの家庭教師にと頭を下げてお願いしたのもクロヴィスだ。ジェラルディーヌの才能は賢者も認めるところとなり、益々ジェラルディーヌの価値は高まっていく。王家は男子の継承権が優先なので、地位を脅かされる心配もない。クロヴィスはジェラルディーヌをこれでもかと可愛がる。
「そういえばお兄様、私婚約するんだって」
「え!?もう婚約するの!?早くない!?」
「もう、お兄様ったら。私は立派な五歳のレディーよ!」
ぷんぷんと怒る姿も可愛らしい妹に癒されつつ、確認する。
「お相手は?」
「エドメ侯爵家の嫡男、ウジェーヌ様よ。今度初めてお会いするのだけど、今から楽しみだわ」
「そうか…お兄様は少し寂しいな」
「大丈夫、私はいつまでもお兄様の妹よ」
しょぼんとしたクロヴィスを慰めるジェラルディーヌ。クロヴィスはジェラルディーヌと婚約者の初顔合わせを見守ることを決意する。
「は、初めまして!ジェラルディーヌ・カジミールです!」
「ふんっ!俺はお前なんかと婚約しないからな!」
「こら、ウジェーヌ!も、申し訳ございません姫様!」
ジェラルディーヌはいきなり失礼な態度をとられて泣きそうになるがぐっと堪える。その表情を遠くから見ていたクロヴィスが乱入した。
「ちょっと、うちの妹を泣かせるなんて良い度胸だね」
「クロヴィス殿下!」
「ほ、本当に申し訳ありません!」
クロヴィスはウジェーヌを睨みつける。
「君はどんなつもりでそんな態度を取ってるの」
ウジェーヌは自分より大きな相手に凄まれて怯える。
「だ、だって、俺はセシリアと結婚するって言ってるのに勝手に婚約を決められたから…」
「セシリアって、君の親戚のセシリア・オディロン伯爵令嬢?」
「うん」
「なるほどねぇ。よし。君のジェラルディーヌへの失礼な態度を父上と義母上に報告するついでに、今回の婚約は白紙にしてセシリア嬢と君が結ばれるように取り計ろう」
「本当ですか!?」
飛び跳ねて喜ぶウジェーヌとは対照的に、ウジェーヌの両親は青ざめる。
「どうかそれだけは!」
「ダメ。許さないよ。わがまま息子に育てたことをせいぜい反省するがいい」
こうしてジェラルディーヌの婚約は白紙に戻された。幸い大々的に発表される前だったのであまり問題はなかった。
「お兄様、ありがとう!お兄様が守ってくださって心強かったわ」
「それは良かった」
「それに、ウジェーヌ様とセシリア様の婚約もありがとう。ウジェーヌ様が幸せそうでなによりだわ」
「そうだね。今はね」
「え?」
ジェラルディーヌがよくわからないと首をかしげる。クロヴィスは微笑んだ。
「なんでもないよ。さあ、三時のおやつを一緒に食べよう」
「うん、お兄様大好き!」
ジェラルディーヌとクロヴィスは仲良く手を繋いで、中庭に向かう。今日は美しい庭の花を愛でながら、美味しいおやつを食べる約束なのだ。
一方でウジェーヌの両親は青ざめていた。セシリアとウジェーヌの婚約が王命で決まってしまったからだ。ウジェーヌは子供なので何も知らないが、セシリアの家は派手好きなセシリアの祖父母が散財したため借金まみれ。しかし王命とあっては婚約破棄など出来ない。
幸いセシリアの両親とセシリアはまともなのでウジェーヌの両親が私財を使って援助してやればそのうち立て直せるだろうからそこまで重い罰ではないのだが…せっかく王女との婚約が内定したという直後のこれである。ウジェーヌの両親は思わずウジェーヌを罵った。ウジェーヌはどうして両親が怒っているのかもわからないまま困惑していた。
「ジェラルディーヌ。ジェラルディーヌの婚約者は僕が見極めてあげるからね」
「もう、お兄様ったら過保護なんだから」
「可愛い妹のためだもの。今回の件もあったし、しばらくは婚約の話は後回しにしてもらおうね。あと身辺調査ももっと厳しくしよう」
「お兄様がこんな調子で、私は将来結婚できるのかしら」
そんなこんなでジェラルディーヌの婚約はしばらく先になりそうである。