4.瑠璃色涙
「転校生の相川碧さんです」
優しそうな女性担任に紹介された後、碧は一拍置いて言った。
「と、東京から来ました。相川碧です。よろしくお願いします」
「じゃあ、相川さんはそこの席ね」
そう言われ、窓際の一番後ろに座る。
教卓から席に移動する際、動きはギクシャクしていて、顔には汗がにじんでいる。
それに加え、碧の前の席では優が座り、ニンマリしていた。
今日、9月1日。
新学期。
碧が初めて高校に足を踏み入れる。
東京にいた時は自分が行きたい公立を選び、受験に合格して通っていたが、今回は選ぶ余裕もなく、アパートから近い公立を遥と決めたのだった。
始業式が終わって休み時間になると、碧の周りに一気にクラスメイトが集まる。
「え~、可愛い!」
「私、菜穂ってゆーの!」
「私は佳奈」
いろんな声が聞こえる。
ただでさえ緊張していて姉の死の悲しさをぬぐいきれていない碧は、この賑やかさと明るさに苦痛を感じる。
「あ~お~!!」
優が碧の後ろに回って碧の背中にもたれかかってきた。
「え、優の知り合い?」
一人のクラスメイトが尋ねる。
「そっ! 私の友達~」
「へえ~」
優の言葉に碧は嬉しさを感じた。
「ねえねえ、一緒に学校周ろ! 校内案内してあげるよ!」
「えっ、でも後10分で……授業が……」
「ダイジョーブ! ウチの学校、特に教えるほどの魅力ないしぃ」
碧の言葉に優がニカッと笑いながら答えた。
「行こっ!!」
碧は優に引っ張られながら椅子から立ち、クラスメイトをかき分けながら教室を出た。
そして廊下を早歩きで通り、階段を下りて、中庭に出た。 誰もおらず、静かだ。
「ここに魅力があるの?」
確かに花壇があり、そこに咲く花はきれいだけれど……。 碧にとってはここが魅力ある場所とはあまり思えなかった。
「……静かなところがいっかなーって思ってさ」
(あ…)
優の言葉に碧は目を見開いた。
(優は分かってたんだ……私があの賑やかな教室を良く思っていないのを)
「……ありがと」
碧は静かに笑った。
それから放課後――――
優に連れられ、碧は美琴の経営する喫茶店に来ていた。
店の名前は「BLUE SEA」。
内装は美琴のファッションセンスに合わず、ナチュラルで温かみのある感じだ。
客は数人。
優と碧は美琴が目の前にいるカウンター席に座る。
「碧ちゃん、高校どう? 優が通えるほどだから、勉強とかは物足りないかもしんないけど、いい学校だよ~。私も通ってたし」
「え、美琴さんも通ってたんですか?」
「そ~なの~」
美琴がテヘッと舌を出す。
「みこ姉が一番荒れてた時なんだよっ!」
優が余計な一言を挟み、ニヤニヤ笑う。
「黙れ馬鹿優」
客もいるからか、美琴は優の事を殴らなかった。
ただし、すごく恐ろしい迫力で言葉を発した。
「ごめんて~」
優は調子になりながら軽く謝った。
「碧ちゃん、すぐ作るから待っててね」
「はい!」
トントン……
玉ねぎと人参、店自慢という焼き豚を切り、底が深めのフライパンで炒める。
温かいご飯もフライパンに入れ、中華ペーストと醤油と塩コショウで味を調える。
最後に溶き卵を加えて卵がふんわりになったらさらに盛り付ける。
「はいっ! チャーハンだよ~!」
2人の目の前にチャーハンの入った皿を置く。
「……い、頂きます……!」
碧がスプーンでチャーハンを口に運ぶ。
醤油が決め手の家庭的な味だ。
「美味しいです!」
「そう? 良かった~」
「優もそう思うよ……」
碧が優の方を向きながら話しかけると……
「ね!?」
優はもう完食していた。
「ん? なーにぃ~?」
「ア、ウウン、ナンデモナイヨ……」
驚きのスピードに碧は目が点になり、ロボットのような声を出してから、またチャーハンを食べ始めた。
「アンタは早すぎなの! もっと味わって食べなさいよ!」
美琴が注意する。
口には棒付きの飴を加えている。
「みこ姉、飴なんか食べるっけ?」
注意を無視して、優が尋ねた。
「試しよ、試し。口寂しいときに加えてられないかなって。ホラ、お店でタバコ吸ってたら問題になるでしょ?」
「ふぅーん」
「でも甘すぎる。飴はナシだな」
そう言いながら、美琴は前髪をかき上げた。
そんなことも聞かず、呑気に碧はチャーハンを食べていた。
「ごちそうさま」
やり取りの5分後に、碧はチャーハンを食べ終わった。
「あ、食べ終わった? じゃあさっ、今から行きたいとこあるんだけど……」
優がランランと目を輝かせる。
食後のすぐだから……休憩してから……という気遣いは無いようで、「早くいこっ!」という文字が顔に張り付いている。
「いいよ」
あまりの迫力に驚いたのと、どこに行くのかという興味で、碧はとっさに返事をしていた。
「じゃ、早く早く!」
優はすぐに立ち上がると、碧の腕をぐいぐい引っ張る。
「ねえ、優。行くのっていつものトコ?」
「うん! 私は自転車だし、碧は後ろに乗ってればいいよねっ」
実は碧たちの高校は自転車通学OKで、優は毎日自転車で通っていた。
だが今日は、自転車を持っていない碧と高校に一緒に通学するために、自転車のハンドルを引いていきながら、歩いて通学したのだった。
「やめてよ、事故が起きるかもしんないんだから。碧ちゃんは私の自転車使って。駐車場にあるから」
「分かりました。すみませんがお借りします。……あ、ご飯のお代は……」
「特別客だからいらないよ~」
「えっ……」
美琴の軽い言い方に碧は唖然とし、食い下がろうとしたが、優に腕を引っ張られ、店を出てしまった。
振り返ると、美琴がニコニコしながら手を振っていた。
「あー、これだよ、これ! みこ姉の自転車!」
優が指を指す。
そこには朱色のボディの自転車があった。
「てか鍵つけっぱじゃん。事故が起こる前に事件が起こるっつーの!」
優はブツブツ言いながら自分の自転車に鍵をつけ、
「行こっ!」
と、碧に言った。
碧はコクンとうなずき、慌てて自転車に乗った。
駐車場を出て県道を走り、住宅街が続く細い道を通って坂を下る。
「ヒャッホー!」
優は坂道を立ちこぎで下った。
すごく上機嫌だ。
坂道を下ってすぐにキュッとブレーキをかける。
目の前には堤防とその先にある碧い碧い海が広がっていた。
碧は驚きが隠せず、ポカンと口を開ける。
「すごいでしょ? 私お気に入りの場所なの! ここは堤防と海しか無いから観光客もほぼ来ないし、そもそも立ち入り禁止だからさっ!」
「……キレイ……」
なんとか言った碧の反応は、このシンプルな言葉だけだった。
いや、海の奥深く、それでも透明度のある、絵の具では表せないこの色彩は、『キレイ』という言葉では表せないほど複雑だ。
ただただ圧倒されている碧を見かねたのか、優が口を開いた。
「私はこの海を瑠璃色の海って言ってるの!」
「……素敵だね」
碧はその名前に納得顔をした。
「……ねえ、堤防のトコに行ってみない?」
「え、ダメだって!」
「大丈夫! 何回も行ったことあるんだ。ここは人通りも少ないからさ」
「……じゃ、じゃあ、少しだけ……」
自分も行ってみたいという気持ちが強かったのだろう。
いけないことと分かりつつも、返事をしてしまった。
「大丈夫だから。じゃ、行こ」
堤防の段差を上り、『立ち入り禁止』と書かれた看板とチェーンをまたぐと、横はすぐ海だった。
2人は堤防の上に座った。
特に何もせず、海を眺めているだけ。
碧くて広い海に、奈々を殺された時のドロドロとした感情が洗われていくのを感じた。
でも、その時に負った心の傷は一生消えないままで。
その悲しみからか、碧の目から大粒の涙がこぼれだした。 数日前にも泣いていたはずなのに、泣くことが久しぶりに感じられる。
でも泣いていたって意味はない。
分かってはいるけれど、どうしようもない悲しみをどうにかするには泣くしかなかった。
静かにポロポロと涙を流していたはずだが、気づけば優がこちらを優しい目をして見ていた。
「……ごめん、涙が止まらなくって」
碧は慌てて目をこする。
「いいんだよ、別に。それに、碧の涙はキレイだから。正直、見てて飽きない」
「きれいって?」
碧の問いかけに、優は碧の涙を指さした。
「ほら、碧の涙が海に反射して、瑠璃色の涙になってる。ね、きれいでしょ?……キモいこと言っちゃったかな~」
優がテヘへと笑った。
きっと奈々も同じことを言うだろう。
「碧の涙はキレイ」と。
つい、優と奈々を重ね合わせてしまった。
その間にも奈々へを亡くした悲しみという感情が碧からあふれだしてくる。
「姉さんっ!!!」
碧は海に向かって叫んだ。
今まで出したことないくらいに大きな声で。
そんな震えて丸くなった碧の背中を、優が優しくさすった。
『いや、海の奥深く~複雑だ。』の部分は海の色について私が勝手に思っていることを書いただけです。意味不明な言い方なので分かりにくいと思います。すみません<(_ _)>