番外編 結の記憶
ああ……またあの夢だ。
嫌になる。
私は朝の6時前に目が覚めた。
本当はもっと寝たい。
だけど体が言うことをきいてくれない。
仕方なく起き上がって身支度をする。
……私、松下結は、とあることを思い出していた。
8年前――――
「うるせーんだよっ‼」
罵声と共に私の体が一瞬宙に浮く。
「キャ……!」
ガラガラガッシャ―ン!!
悲鳴を上げる間もなく、私は部屋の壁に頭を打ちつけられた。
「チッ」
私を投げ飛ばし、舌打ちをしたのは私の母だった。
私の父とは半年前に離婚。
ただでさえいつもイライラしているのに、離婚してからはそれが更にひどくなり、虐待は日常茶飯事だった。
最初こそは痛くてビービー泣いていたが、今は悲鳴を上げても涙は出ず、痛みもそこまで感じられなかった。
きっと心自体が傷つきすぎて死んでいるからだろう。……この心の傷は、母以外の人によって傷ついたのものでもあった。
――――学校にて
「結ちゃんっていっつも傷だらけだよねー」
仲良くしていたグループの1人の友達が、私の首元や足、腕にある傷を見て言ったのがきっかけだった。
そのあとは「確かに」「何で?」と、数人の友達から聞かれた。
当時は私も事の重大さが分からなかったのだろう。
「あのね、母さんにいつもやられてるの。殴られるの」
と、虐待の事を話した。
言った後は聞いてもらえて嬉しかったのかスッキリした。その後は
「え、そうだったの?」
「可哀そう。凄く可哀そう」
私に同情してくれる友達がたくさんいた。
当時の私は同情されるのが嬉しかった。
でも、今もし同情されたとしても、ちっとも嬉しくない。 「可哀そう」なんて言葉は、言う他人が他人だから言えるわけで。
自身よりも下の人に使える言葉だと私は思う。
「可哀そう」よりもみじめな言葉はきっとないだろう。
しかも、言うだけで周りは何もしてくれない。
そんな口先だけの無責任な言葉なんて、必要ないと思った。
――――そして8年前の次の日
みんなの様子がおかしかった。
私が話しかけても誰もが私を避ける。
「みんなおかしくない!? 何で私を避けるの!?」
私は勇気を振りぼって聞いた。
仲良しなグループの1人がおずおずと答えた。
「だって……虐待された可哀そうな子だから。親が関わっちゃダメって言ってたから……」
ショックだった。
「今までの友情は何だったの?」と思うくらいショックだった。
結局、友情なんて薄っぺらいものだったのだ。
それから。
私は誰も信じなくなった。
一瞬で今まで積み重ねてきた友情がなくなるなら、もう友情なんてない方がいいと思ったからだ。
一緒に時々話す子はいたが、その子たちを私は友達とは思わなかった。
その後も母の虐待は終わらなかった。
高校生になったときは、逃げるようにの元を離れ、絶縁して……
今は中学3年の時に偶然再会した、父の家に一緒に住んでいる。
父は心配してくれたし、母の代わりに虐待の事を謝罪してくれた。
今の暮らし、幸せっちゃ幸せだ。
だが、母の元を離れ、知り合いがいない高校に行くのは正直心細かった。
……そんなときに手を差し伸べてくれたのが今の親友の碧だった。
碧は私の過去を知っている。
出会って数か月の時、なんとなく、自分の過去を話したくて仕方なかった。
(ああ…きっとこの子も離れていくんだろうなあ)
碧にすべてを話したときは少し話した後悔があった。
「そうなんだ……。ねえ、私の話も聞いてくれない?」
碧は私の話を聞いた後、悲しい目をして言った。
碧の過去の話だった。
私よりも重くて悲しい気がした。
聞いた後は、何故だか涙が止まらなかった。
そんな私を見て、碧は言った。
「結は優しいね」
「え?」
碧にとっては感じたことを言っただけかもしれない。
それでも私の心にその言葉は刺さった。
今まで母さんに「このバカが‼」「テメエの存在価値なんてねえんだよ‼」……ズタボロに言われてきた私にとって、それは慰めてた父さんの言葉よりも心に刺さって響いた。
「……ありがとう」
私は照れながら言った。
碧が私に微笑みかける。
それからはほとんど一緒に学校で過ごして……
回想が終了する。
私は服を着替えてクローゼットをガチャンと閉める。
あの時の……碧が自殺しようとしていたことを思い出す。 だが、今度は私が碧の力にならなければ。
かぶりを振ってフウ……と深呼吸すると、キリっとした表情で決意した。
……次は、私が碧を支えるから、と。