1.沖縄への一歩
碧は家へと帰る。
いつもと違う1人の家。
やけにしいんと静まり返っている。
その空気に耐えられず、テレビをつける。
そこには丁度奈々の事件についてのニュースが放送されていた。
「今日午後8時ごろ、東京都の○○区の県道15号線沿いのコンビニ駐車場で遺体が発見されました。被害者は東京都○○区在住の相川奈々さ……」
ブチッ
碧は勢いよくテレビを切る。
リモコンをソファに投げ捨てると、「ハー……ハー……」と息が荒くなる。
何とか息を整えると、その次には涙がポロポロと流れ落ちる。
「何やってんだろ……私……」
プルルル……プルルル……
なんてタイミングが悪いのだろう。
家の固定電話から着信音が鳴る。
涙をぬぐうと、碧は静かに受話器を手に取る。
「……もしもし?」
「碧さんの自宅で合ってるわよね?」
「はい……佐代子さん……」
電話の相手は親戚で、碧の父の姉の織田佐代子(47)だった。
「あなたのお姉さん亡くなったらしくて?ご愁傷様。」
心にもない言い方。
「……はあ……」
「それで、来週、織田家の家に来るように。あなた夏休み中でしょ? そうそう、あなたの母親の妹さんだっけ? その人も来るから。」
「……分かりました」
ツーツーツー……
碧はすぐに電話を切る。
(やっぱりあの人苦手だ……)
碧の親戚には、母の妹の遥(35)と、父の姉の織田佐代子(48)と弟の相川蒼汰(39)がいる。
遥は碧や奈々の事を気にかけてくれたが、佐代子と蒼汰は碧と奈々の父と母が亡くなったことで、「死神」と2人の事を呼んでいる。
しかも佐代子は近所のクレーマーで、蒼汰は金遣いが荒い無職。
そしてとても性格が悪いのだ。
遥は碧たちの両親が亡くなった時なんとか碧と奈々を自分の家に住ませようと考えたが、彼女にも家庭があり、子供もいる。
碧と奈々も「大丈夫」というので、同居することはなかった。
来週、何を言われるかわからない。
碧は「ハア……」と大きなため息をついた。
その夜は、碧は次の日の不安と恐怖、奈々のことの悲しみで、眠れそうになかった。
それから。
奈々が亡くなってから1週間。
その間碧は悲しみに暮れている場合ではなかった。
警察からの事情聴取や奈々の葬儀。遥と共に行った。そして毎晩奈々を思い出しては泣いて眠れない日が続いた。
次の日
今日は織田家に行く日。
碧はバスを2本乗り継ぎ、30分ちょっとで織田家に着く。
碧は織田家の家の前で深く深呼吸する。
(大丈夫……大丈夫……)
まだ悲しみと現実を受け入れられず、涙があふれるが、ゴシゴシとぬぐって織田家のインターホンを鳴らした。
「……はい」
「私です。相川碧です」
「どうぞ」
冷めたような佐代子の声が碧の心にズシリと響いた。
朝イチにデパートで買った和菓子片手に玄関でスリッパに履き替えて、廊下の突き当りの和室に向かう。
玄関には佐代子はいなかったので、碧はいつも呼ばれるときに使われる和室に行こうと考えたのだ。
客間のふすまを開けようとすると、
「どういうことですか!? 碧ちゃんを沖縄に行かせるって!」
「別にい? あの子が死神だからこうして遠くに住ませようってだけ。近くに死神なんていたら、私たちがいつか死んじゃう、あなたには関係ないでしょ?」
遥の怒声と佐代子の返事のやり取りが聞こえてくる。
碧はふすまを少し開けてそーっとのぞく。
誰も気づいてないようだ。
「別にイーじゃん。アイツには兄さんたちの遺産持たせるし」
「そういったって、通帳には数百万あったはずが百万ちょっとしかなかったじゃないですか! あなたが勝手に使ったんでしょう!?」
「うっせーな。いーんだよ‼」
次は蒼汰と遥のやり取りが聞こえる。
碧にとってはショッキングなことばかりだ。
「……ウ、ソ……でしょ……?」
和菓子の袋が手から落ちる。
3人はようやく碧の存在に気付き、ハッとする。
最初に佐代子が喋り始める。
「聞いたならもういいわ…碧さん、あなた沖縄に行きなさい。ここらと違ってのびのび過ごせるでしょ。お姉さんのことも、段々心が整理できて、受け入れられるから。沖縄の件は心配しないで。住む場所なら用意してあげるから」
「ふざけないで‼ あなたに姉さんの何がわかるの!? 沖縄に行けって!? 一体何を言い出すんですか!?」
碧は声を荒げて言い放つ。
佐代子はイライラしながら
「アンタの周りの人間がまた死んだからでしょ!? この死神がぁぁぁ‼」
と叫ぶ。
「姉さん落ち着いて……ね、碧。沖縄行ってくれるよなぁ?」
仲裁にはいった蒼汰が、圧力をかけながら碧に尋ねた。
「あなたにも言われたくない‼ 勝手に金を使い込んだって!? いい加減にしてよ‼」
碧の気持ちはもう止められなかった。
「うわああああ‼」と泣き叫びながら、織田家を後にした。
「碧ちゃん!」
遥も自分の荷物を持って碧の後に織田家を出た。
碧は帰りのバスも待たずに走った。
遥はそれをハイヒールを履いて追いかけ、約10分後に碧にやっと追いつく。
「……ハア……ハア……」
「碧ちゃん……ハア、走るの……速く……ハア、なったね……」
息切れしながら遥が言う。
「……ハア、別に来なくてもよかったのに……独りにさせてください……」
「それは無理だなあ……ハア……ハア……」
「……あんなショッキングな事ばかり続いてるの‼ お願い……独りにさせてください…!」
碧が涙目で訴える。
遥はようやく息を整えると言った。
「じゃあ、独りになったら何ができる? 泣くこと? …気持ちが整理できていないのはわかるけど、今碧ちゃんは大変な状況なの。沖縄に行かされそうなんだよ?」
碧はハッと我に返る。
「……そうですね。正直沖縄には行きたくありません……」
「そうだよね。……唐突だけど、同き……」
「でも、遥さんに迷惑かけてまで東京にいたいとは思いません」
遥の言葉を碧がさえぎる。
「……別に迷惑なんて思ってないよ?」
「……だけど、従兄の奏斗君やおじさんは負担になるかもしれない……私も気を使ってしまうし……」
遥がそれもそうだとハッとする。
「私、沖縄…行きます。」
碧は涙がいまにも流れそうな顔で、笑顔を作る。
「何言ってるの!? そりゃ同居は難しいかもしれないけど、今の家に住み続けるとか私の家の近くに引っ越すとか…いろいろ手段はあるじゃない!沖縄なんか行ったら、私も助けに行くことができないし……1人で何もかもしないといけないんだよ?普通の高校生と違って、碧ちゃんはできることは多いと思うけど、まだあなたは高校生。大人の力も必要なんだよ?」
遥がなんとかしなければと説得する。
だが、碧の決心は想像以上に強かった。
「いえ……私は沖縄に行きたいんです。あの2人の近くになんて私はいたくないんです。それに、佐代子さんが手続きはしてくれるようなので。それに甘えれば、沖縄に行くことができるし……。姉さんとの思い出が詰まった家は、正直いるのが辛くて……」
碧が今にも泣きそうな声で言う。
それを見た遥は切なげな表情を浮かべた。
「……本当にいいの?」
「はい。友達ともほとんど会えなくなるけど、ラインとかで喋れたらいいし……」
遥は深呼吸をすると、
「分かった。一旦あの家に戻ろう」
と言った。
織田家に戻ると、碧は2人に質問や文句をグチグチ言われたが、「沖縄に行く」というとすぐにニヤニヤし、沖縄に行く準備を勝手に進めた。学校の手続きや現在のアパートの解約と引っ越し、次のアパートも勝手に決めてしまった。
2人の思うつぼのようで碧と遥は悔しかったし、さっきまでの一連の出来事も許せないが、今は仕方ない。
まあ、面倒な手続きを行ってくれるのはありがたいと正直思ったからだ。
碧は沖縄でも頑張ってみようと決心した。
8月25日
碧が東京を旅立つ日、遥と結が見送りに来ていた。
もちろんあの2人は見送りに来ていない。
「何かあったらいってね。すぐ駆けつけるからね」
「ありがとうございます。遥さんも体に気を付けて下さいね」
「碧ー! 寂しすぎ! 毎日でも連絡取りあおうね‼」
「……ありがとう。最近は結にしか心が開けてないから……毎日連絡できたら嬉しすぎる……!」
「碧……」
碧の言葉に、結も一瞬心がにブルーになる。
だが、
「何言ってんの! 毎日連絡するし、いーでしょ! 友達作りなね!」
と、明るい感じで言った。
「……うん」
「……まもなく……」
丁度のタイミングでアナウンスが流れる。
碧が乗る飛行機だ。
「……じゃあね……!」
碧は作り笑顔でごまかしながら、明るい声で言い、2人に手を振る。
「うん、じゃあね!」
結が大声で言いながら元気よく手を振る。
遥は無言で優しそうな笑みをうかべながら手を振っていた。
これが、碧が沖縄へと行く、大きな1歩だった。