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瑠璃色涙  作者: 矢田水 万季
10/11

7.一瞬で

 結が沖縄に来た1週間後。

 碧は特に変わりなく、沖縄で生活を送っていた。

 だが、奈々を殺した殺人犯がまだ捕まっていないことに怒りをたぎらせていた。

 そんなことを考えながら高校への通学路を歩いていると、

「なに、浮かない顔してんの!」

 後ろから大きな声が聞こえてきた。

 声の主は自転車に乗った優だった。

 サッと自転車から飛び降りると、碧の隣で自転車を持ちながら歩く。

 優は夏休み後、全く遅刻をしていないようだ。


「おはよっ!」

 優が明るく笑いかける。

「おはよ、優。何でもないよ。ちょっと考え事」

「ふうん。あ、そうそう。みこ姉が帰りに店寄ってくれって。なんか、新作商品を食べてほしいとか!私、ちょっと委員会の仕事あるから、学校終わったら先行ってて!」

 優は碧の返事も聞かず、話を進めた。

「わかった。早く授業終わんないかな~。美琴さんの新作って……絶対美味しいヤツじゃん!」

「あはは! みこ姉が聞いたら喜んでるよ、その言葉をさ」

 歩きながら話し、学校へ向かった。


 現在午後4時半。

 優は自転車のペダルを必死にこぎ、ものすごいスピードで美琴の喫茶店に向かっていた。

(もう、あの先生最悪‼ 仕事大量に任せてきて……多すぎだっつーの‼)

 優はイライラしながら急カーブを曲がる。

 そこは人気ひとけのない静かな住宅街だった。

 カーブを曲がり切ると、優はよく知る後姿を見かけた。碧の後姿だった。

 藍色のヘアゴムで長めの髪の毛を束ねており、手に持つスクールバックについた美ら海水族館のジンベエザメのキーホルダーがゆらゆら揺れている。

 

 優はすぐに自転車から降り、「碧!」と叫びたくなったが、口をつぐんだ。

 碧の後姿に夢中で気づかなかったが、もう一人の後姿がが碧の斜め後ろにあったのだ。

 後姿から中年男性らしく、やや太っているようにうかがえる。

 それがただの一般人なら優はそのまま「碧!」と叫んでいただろう。

 

 だが、その男は普通の一般人ではなかった。

 何故なら包丁を持っていたから。

 優は唾を飲んでから「碧!」と叫び、全速力でダッシュする。

 碧と男は優の存在に気づいておらず、優の叫び声に振り向いた。

 

 男は優の方に振り向いた後、すぐに向き直り、碧にめがけて包丁を振り上げようとした。

 碧は突然のことに動けず、目を瞑ってしまった。

 

 だが、数秒経っても、碧は痛いという感覚が無かった。

 死んだってわけでもなさそうだ。  

 

 恐る恐る目を開けると、男が持っていた包丁は優の腹部に刺さっていた。

「優!」

 碧は目の前の現実にパニックになり、なんと声をかければよいのか分からない。

 優を刺した男はそそくさと逃げようとする。

 すると優が大声で

「誰かーーー‼ この男捕まえて‼」

と叫んだ。

 

 住宅街ということもあり、何人かの住人が家から出てきた。

「この男‼ 捕まえて‼」

 優は汗をかきながら男の方に指を指した。

 逃げる男を、住民達は状況をのみこめないまま追いかけた。

 男が碧と優の視界から見えなくなったところで、男の「ぐえっ」という声が聞こえた。

 住民たちに捕まったのだろう。

 

 碧はなんとか状況をのみこみ、ホッとする。

 それもつかの間、碧は優を心配した。優の腹部からはボタボタと血が流れている。

「ゆ、優! 大丈夫!? だ、大丈夫なわけないよね、す、すぐ救急車呼ぶから!」

 碧はあせって早口でしゃべると、震える手と声で救急に電話をした。

 そして美琴にも電話をする。

 美琴は

「……分かった……す、すぐ行くから!」

とあせりと心配の色が混じった声で返事をした。

 碧はハッとし、警察にも連絡した。

 

 3分で美琴が小さい鞄を持って走って来て、その十数分後に救急車が来た。

 また、その2分後にパトカーが到着した。一旦警察は後にし、優はストレッチャーに乗って、救急車に乗り込んだ。

 碧と美琴も共に救急車に乗った。

「優! 優!」

 美琴が涙を流しながら心配する。

 碧も心配したかったが、

(私のせいで優がこんな目に……)という気持ちが強く、上手く言葉が発せなかった。


「ハア、ハア……」

 優が苦しそうに呼吸する。

 男を捕まえるために大声で叫んだのが、かなりダメージを与えたのかもしれない。

(早く着いて……)

 碧は冷や汗をかきながらそう思った。


 十数分で病院に着き、優は手術室に運ばれた。

 碧と美琴は待合スペースで待たされた。

 美琴は碧を考える余裕がなく、祈るように手と手を握り、震えていた。

 碧は

(私のせいで優が死んだら……どうしよう、どうしよう……。美琴さんもこんなに震えてる……全部私のせいだ……!)

と思い、自分を呪いたくなった。

 

 約1時間半後。

 長い長い沈黙と不安に終止符が打たれた。

 ガーッと手術室と待合スペースの間にある自動ドアが開く。

 黒縁の眼鏡をかけてマスクをした手術着の医師が出てくる。

「手術は成功しました。腹部の傷も深くはなく、状態も安定しています」

 医師が話した。

 その瞬間、美琴は顔を手で覆いながら涙を流し、碧もポロポロと涙を流した。

「ですが数週間の入院が必要です。病室にお連れします」

「……はい、あ、ありがとうございます……!」

 美琴は何度も頭を下げた。

 

 十数分後、優がストレッチャーで3人の看護師に運ばれてきた。

 驚くほど元気な様子で、美琴と碧を見るなりニカッと笑った。

 看護師が優を運びながら、美琴と碧を病室へ連れていく。

「こちらの個室の病室をお使いください。では優さん、まず体温を測ってもよろしいですか?」

「はいっ」

 優が体温計を脇に挟む。

 1分後にピピピピ……と鳴り、見ると36.3℃」と表示されていた。

「体温の方は平熱時と差はあまりないでしょうか?」

「はい」

 看護師の質問に美琴が答える。

「分かりました。では優さん、体調はいかがですか?」

「腹部以外は全然大丈夫です」

 優が自信満々に答えた。

「良かったです。今……7時前で、他の患者さんは夕食をとっているので……優さんの分も頼んできます。すこしお時間いただきます。」

「わかりました。ありがとうございます」

 看護師が病室を出ていくまで、美琴は丁寧にお辞儀をしていた。


「さあてとっ」

 美琴が優の方に向いて、無理やり明るい声を出す。

「アンタには説教! 碧ちゃん助けるのもいいことだけど、もうちょい自分の事考えて!」

「いやいや‼ あの一瞬のときにどーやって自分の事考えて碧を助けりゃいーの? 助けなかったら碧は今頃どーなっていたか! ね、碧?」

 優がボーっとしていた碧に話を振ってきた。

 碧が我に返る。

「あ、うん……そだね……」

「……え、返事になってないんだけど」

 そう言って優が笑い声をあげる。

「とにかく! もう少し刺される所を腕とかにするとか……あ~、もうどうでもいい! 碧ちゃんは怪我無かったし優も助かったし、万々歳ってことでいいわよね! もうめんどくなった!」

 美琴は早口でそういうと、持ってきていた小さい鞄を持つ。

「じゃ、私はアパートに一旦戻るわ。入院用の荷物や手続きのためにいろいろ準備したいし。碧ちゃんは、明日は休むことになるかも。警察から事情聴かれると思う。今日こんなことがあったばっかだし、疲れたでしょ? 一緒に帰ろ。私、病院の入り口で待ってるから。」

 そういって、病室から出ていく。


 碧は美琴が優と2人きりで話せる場をわざわざ設けてくれたことを察した。

 そして、深呼吸をすると、優に話しかけた。

「あ、あのね、優」

「ん?」

「えと、あの……助けてくれてありがとう……。でも大きな怪我負わせて……ほんと、私呪われてんのかな……姉さんも殺されて、優に怪我させて……美琴さんも傷つけて……もう嫌だよ……」

 感謝の言葉を伝えたいが、自分の事が嫌になって、自分を貶す言葉しか見つからない。

 感情の歯止めがきかなくなり、終いに碧は泣き出してしまった。

「……そう? 私は今ホッとしてるけど」

 優は碧の言葉にあっさりとした感じで返事をした。

「え?」

 碧が涙をぬぐいながらキョトンとする。

「だってさあ、もし私が助けなかったら碧は多分……亡くなってたわけじゃん? それに比べたらさー、腹の傷なんて大したことないよ! それに……碧を助けようともすることができなかったら、私死ぬまで後悔してたしぃ。結局、私が怪我したのは、私のせいなんだよ。私が助けることを選んだんだから。あ、でも、大半はあの男のせいだな。絶対許さん!」

 優が軽いノリで話した。

 そんな優の様子に、碧はなんだかおかしくなって、フフッと笑った。

「ありがと……優。少し前向きになれたと思う! 命の恩人には感謝してもしきれないよ。……じゃあ、美琴さん待たせてるから。今日はまたね。明日からできるだけ毎日お見舞い行くから!」

「じゃね! おやすみぃ~」


 碧は病室を出た。

 病院の入り口に美琴が待っており、その後ろにはタクシーが停まっていた。

「碧ちゃん、悪いけどタクシーで帰ろ。私の車、店にあるからさ。あ、勿論タクシー代は私持ち」


 美琴は碧に金については有無を言わせず、一緒にタクシーに乗った。

「じゃあ、お願いします」

 住所をあらかじめ言っておいたらしい。

 タクシーのナビには碧たちのアパートの住所が登録されていた。

 タクシーで走って数分後、美琴が話し始めた。

「ねえ、碧ちゃん」

「はい……?」

「ごめんね。優が手術室にいたとき、碧ちゃんも凄く不安だったろうに……気が動転してて碧ちゃんの事まで頭が回らなくって……」

「そんな……とんでもないです。そりゃ美琴さんにとって、優は娘そのものだし。私のせいでこうなったわけなので、私に気が回らないのは当然です」

「ありがと…碧ちゃんは優しいねえ。……でもさ、優しすぎるところもあるかな」

「え?」

「優が今回、大事に至ろうが至らなかろうが、碧ちゃんはきっと気に病むと思うんだ。誰だってそうなるかもだけど、碧ちゃんはさすがに独りで抱え込みすぎなんだよ。周りを考えすぎて、言いたいことも言えやしない。だからさ、優を怪我させた責任として、その分いい人生を送ってよ?……なんか私、語る人みたいだな」

 そう言って、美琴は笑った。


 碧は美琴の言葉が心にジーンと突き刺さった感じがして、しばらく何も言えなかった。

 30分ほどかかってアパートに着いた。美琴が代金を払い、下車する。

「じゃあ、私はすぐ荷物まとめて病院戻んないといけないから。碧ちゃんも今日は早く寝たほうがいいよ。明日の朝から警察署に来てっていうメールが来たし」

 美琴は碧が知らぬうちに警察と連絡先を交換していたようだ。

「そうなんですか。じゃあ、事情聴取されるとか……?」

「多分ね。碧ちゃん明日送ってくよ、署まで。あ、後高校も休まないといけないから、学校に連絡してね。」

「何から何まで本当にありがとうございます……」

「ううん。じゃあ、おやすみ!」

「おやすみなさい」

 碧は美琴と別れると、自室に入った。


「ハア……」

 自室に入るなり、碧はヘナヘナとしゃがみこむ。

(今日の出来事なんて、ドラマみたいだった……怖かった……ハア、ちょっと前まで笑ってたのがウソみたい……)

 碧はそう思いながらため息をつく。

「着替えなきゃ」

 

 疲れた体でなんとか制服からパジャマに着替えると、すぐにベッドに倒れこみ、寝てしまった。

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