9 意識と身体
夕食の後片付けのあと、コミュニティのほぼ全員がなんとなく自然にテーブルの周りに集まってマイケルを囲んだ。
昨日の話をそれぞれに伝え聞いて、それぞれに聞いてみたいことがあるような顔をしていた。
シャロンはマイケルから一番遠い位置にいて、まだ敵意のこもった目でマイケルをロックオンしている。
その隣でクルムが少し困った顔をしながら、最初の口火を切った。
「マイケルさん、昨日の続きなんだけど・・・。」
「うん、少し順を追って話さないとね——。昨日はちょっといきなり専門的なエリアに入りすぎた。」
「まずは、僕が人工意識を創った時のことから話そうと思います。少し回り道をするけど、退屈しないで聞いてくれるとありがたい。質問があれば、途中で話の腰を折ってもらって構いません。
なるべく専門的な壺の中に入り込まないよう注意して、皆に分かりやすい言葉で話すように努力するから——。」
マイケルは、なんだか大学の講義をするみたいな口調で話し出した。
陽は長くなってきているから、暗くなるまでにはたっぷり2時間の時間はありそうだった。暗くなれば、続きは翌日になる。
今の季節に、灯火のためだけに燃料を使うなんてとんでもない。ポイントは冬場にとっておかねばならないのだ。
ここでの「時間」は、とてもゆっくり流れる。
ムムニイは思う。なぜ、都市暮らしをしていた時はあんなにも「時間がなかった」んだろう?
「ご存じの通り、AI 研究者たちは人工意識を生み出すことができませんでした。それは彼らが AI をどんどん進化させて複雑化すれば、そこに意識が自然に生まれると考えていたからです。
でも、AI はどこまでいっても超高速の計算ソフトでしかありませんでした。『意識』は別のシステムなんです。」
そのへんは、なんとなくニュースメディアでも聞いていたから、ほぼ全員が理解できているつもりだった。
「意識は、身体感覚から生まれるんです。だから僕はロビタの身体を作ったのです。
僕の論文はたぶん、難しすぎてここにいる誰も読んではいないと思うけど、早い話が『意識』というのは身体を維持するための機能の1つなんです。
AI のような計算機能だけでは、環境中の複雑な要素の変化を素早く捉えて対応するには不向きです。しかもその計算機能には膨大なエネルギーを必要とする。
知っての通り、生物が利用できるエネルギーには上限があります。生物というのは、見方を変えれば、徹底した省エネルギーシステムなんです。」
エネルギー上限論は、今では十分に知れ渡った常識だった。だからこそ、人類はシャングリラ・システムを選択することにしたのだ。
ムムニイもそのことは十分理解しているつもりだった。ただ・・・・。
「だから生物は、情報を厳密な数値としてではなくクオリアとして扱う『意識』というシステムを獲得しました。
人間だけじゃない。植物にも意識があることは、もはや十分にコンセンサスの得られた科学的事実なのは皆さんも知っての通りです。
どのレベルの生物まで——菌類や単細胞生物にもそれがあるのか——についてはまだ様々な学説があるけど、少なくとも我々が目で見ることのできるくらいの小さな虫や苔類にもそれがあることは、ほぼ証明されています。意識は、知能とは無関係です。
ここまではいいですか?」
生物の『意識』については、高校の基礎生物学でも習うような内容だから、特に疑問を挟むような人はいない。
「問題は人間の場合、『意識』が必要以上に肥大してしまったために、それが身体の維持という目的を超えて『意識』そのものの永続性や快楽を無限に追求するようになった——ということです。
それが、魂の不滅という物語を生み出したり、不老不死を求めたり、ついにはこのような環境破壊にまで至ってしまいました。しかし、自然というのは・・・」
クルムが話の腰を折った。
「魂はフィクションであると——? そんなものはないと言うんですか?」
片手でシャロンをちょっと制するようなしぐさをしている。
「魂の有無については、僕は答えられません。僕は科学者であり技術者ですから。人工意識は創りましたが、魂の有無については何ら実証的な研究をしたことはないんです。」
シャロンが、不服ながら少し納得したような表情を見せる。
ねぐらに帰る鳥の声が聞こえた。
少しずつ明るさが夜の帳へとその座を譲ろうとする中、この稀代の天才の一般向け講座は続いた。
「誤解を恐れずに言えば、我々のこの生身の肉体の『意識』は、肉体を維持するためのアプリです。肉体が主たる目的ですから、その維持に必要とあればいつでもスイッチが切られます。『気絶』や『睡眠』がそれです。
一方、シャングリラ・システムは『意識』を維持することが目的の機械です。『意識』が主ですから、『意識』がそれを望まない限り途切れることはありません。あちらでは『睡眠』は必要ないのです。」
「2つのシステムは、構造は似ていても目的が違うんです。身体を維持するための意識か、意識を維持するための身体か。
シャングリラは、意識を維持するために作られた50億人のための共有身体なんです。全人類が欠けることなく、最少のエネルギーで意識を維持できる——。」
そろそろ、あたりは明るさが足りなくなりつつあった。遠くにいる人の表情が、やや読み取りにくくなってきている。
「肉体を支えるための意識として有限な肉体と共に『人類削除アルゴリズム』の中に身を置くか、意識を支えるための共有の身体に移住するか——。私たちが行ったのは、その選択だったわけです。
我々、移住プロジェクト委員会は、できる限り情報をオープンにして人々が自分の意思で未来を選択できるよう、議論を進めてきたつもりです。10年近い歳月をかけて——。」
こうして、あのシステムを創り上げた天才から直に話を聞いていると、なるほど、そういうものか——と思えたりもするのだが・・・。
ただ・・・、とムムニイは思う。
ただ、そうは言っても、もし意識を機械にコピーしただけで、実際にはそこに残っているそれを肉体ごと粉砕してしまうのだとすれば・・・。
それは単に、人類の集団自殺とも言えるんじゃないのだろうか?
しかし今、ムムニイにはそれを口にするのは憚られた。
世界中で30億人以上がすでに『移住』してしまった今、その視点を表に出してしまったら・・・
それは、あまりにも耐えられない話ではないか・・・?
シャロンは? と見ると、すでに暗くて表情がよくわからない。
「暗くなりましたね。続きは明日のティータイムにでもしましょうか。」
マイケルのその言葉に異論を挟む者はおらず、皆、三々五々とそれぞれの「家」に帰っていった。
その夜、草葺きの屋根の下の暗がりの中で、ムムニイはシャロンがすすり泣く声を聞いたような気がした。




