8 不協和音
話の見えない方は、プロローグ「ムムニイB」から読んでください。
翌朝は、昨日のことを皆がまだ引きずっていた。
シャロンは機嫌が悪く、朝、マイケルに挨拶もしなかった。クルムは2人の間で居心地悪そうにしながら、マイケルにペコリと頭を下げて、そそくさとシャロンにくっついて採集に出かけた。
マイケルは少し困った顔をしながら、資材集めだろうか、また朝から自然保護区の外を目指して歩いていった。
ミウムはクルムたちの出かけた方へ食糧の採集に行き、ムムニイとカラムは2人でまた釣りに出かけた。
コミュニティのメンバーの大半は、午前中なんらかの仕事を分担している。多くは狩猟(といっても釣りくらいだが)や採集で、食料を確保することが最も重要な「仕事」だった。
小動物や鳥用の罠も仕掛けてはあるが、今のところ獲物がかかったことはない。
大規模ではないが、コミュニティでは農業も行われている。『半栽培』とでもいえるやり方で、集めてきた食料となる穀物の種や芋類のカケラを、樹木類を伐採した草地に適度な深さに指で埋めるだけのことである。
土中の生態系を乱さないように、基本、草は抜かない。互いに栄養を分け合ったり、良い影響を与え合うような組み合わせの種類を隣接させて栽培する。植物学者のケインの提案による手法だった。
ただの採集よりは食料を確保しやすく、カウンターの数値も上げない。
ジョーモン・テクノロジーと言われるが、それはあくまでエネルギー消費量の問題であって、必ずしも歴史上の「日本の縄文時代」に使われていたテクノロジーしか使わないことを意味してはいない。
マイケルが計算し、皆のカウンターが上がらない範囲なら、21世紀の知見を利用したいかなる技術も使用可能だった。
そういう状況だからこそ、マイケルの存在はこのコミュニティには欠かせないもので、・・・・いや、このわずか36人のコミュニティでは誰の存在も欠かせないものだろう。
人は1人では生きてゆけない———。と、ムムニイはここに来てみて本当にそのことを身に染みて思った。
だから、こうしたコミュニティ内の不協和音は、都市生活をしていた頃よりはるかに大きな問題に思えた。
川べりに腰を下ろしてはいるものの、なんだか釣りに集中できず、そのせいか2人とも浮きはぴくりとも動かない。
「私・・・」とムムニイがカラムに話しかけた。
「シャロンさんの言おうとしてること、分からなくもないんですよね。」
「私も、です・・・。」
カラムが口の端だけを上げて、情けなさそうな笑顔を見せた。
それだけで、しばらく2人とも浮きを見つめていた。
川の淀み部分には小魚がいるはずなのだが、2つの浮きはただ水面の流れのままにたゆたっているだけだった。
ややあって、ムムニイが浮きを見つめたままで言った。
「意識は身体と不可分——って、マイケルさんは言ってましたよね。それって、やっぱり・・・シャロンさんが言うように、意識を向こうにコピーしただけで、『本人』は肉体に残ったまま、肉体と一緒に『削除』されちゃった——ってことになりませんかね?
肉体がどうなったのか・・・は、よく分かりませんが・・・。」
浮きが、くっ、と水面から沈んだが、引きではなかった。
「そのまま大地に還されている——と聞いています。実際には、循環が早いように粉砕されて、らしいですが——。」
今度はカラムがムムニイの方を見ずに、独り言のような言い方で言った。
「それ・・・、考えようによっては、すごく怖いですよね。」
たしかに——。
肉体ごと50億の人口を維持することは不可能なのは、はっきりしていた。そのままでは『人類削除アルゴリズム』から逃れることができず、最悪、病気だけでなく殺し合い(戦争)が始まることになる。それはシミュレーションからも明らかだった。
だからこそ、『肉体』を捨て、意識だけでシャングリラ・システムに『移住』するという選択を、人類は行ったのだ。
ならば、有機物である『肉体』は環境中に還すのが当然である。
当然ではあるのだが・・・・。
午前中はついに、2人ともボウズだった。
「2人とも、『デキないやつ』になっちゃいましたね。」
ムムニイが苦笑いしながら話しかけると、カラムも苦笑いを返してきた。
「午後からまたやりますか?」
「いや・・・、なんか気乗りしませんから、たぶんダメでしょう。私は紙漉き用の繊維でも叩いてようかと思います。」
その日、マイケルは夕食の準備ができた頃になってやっと帰ってきた。何も持っていないところを見ると、特にこれといった収穫はなかったらしい。




