5 シャングリラ
ムムニイはまだ油がはじけているその肉の塊にナイフを入れた。
肉は驚くほど抵抗なく切れ、それをフォークで口に運ぶと舌の上でとろけるようにして芳醇な肉汁の香りが鼻へと突き抜けてきた。
「美味い!」
思わず声を上げるのを、妻のミウムが可笑しそうに見ている。
「こちら」に来てから、ムムニイたちの生活は実にリッチになった。
マツサカ牛などはもうとっくに生産禁止になっていて、その味わいを知る者など、ここに来る前の世界では80を過ぎた老人の、それもごく一部の人間だけでしかなかった。
それが、ここでは当たり前のように味わうことができるのだ。
この「味」は肉体が感知しているものではないことは理論的には分かっているつもりなのだが、ムムニイたちにその差異は分からなかった。
もう食べられなくなったこういう食材だけでなく、普段から口にしていた野菜や麺類の味だってこれまでと全く変わらないところをみると、身体感覚というものは結局、それを意識がどう捉えているか——に還元されるというマイケル・ダンの理論にうなずかざるを得ない。
これらの「味」は全て、それを味わった経験を持つ「意識」から抽出され、平均値をとった上で複製されて、それぞれの行動をとった「意識」に供給される。——というシステムらしい。
と、頭では理解していても、実際の感覚は、自分が「食べている」という感覚以外の何ものでもない。
こうなると、なぜ「肉体」などという劣化の早い個別のシステムに固執する人々がいたのか、とムムニイは思う。
「意識」を支えるシステムを切り替えて共有するだけで、これほどのユートピアが出現するなんて———。
こんな素晴らしい時代が来るとは、あのパンデミック後20年間ほどの時代に「語り部」としてその悲劇を伝えていた人たちには想像もつかなかったに違いない。
ここでは「お金」には困らない。
何しろベーシックインカムだけで、毎週余るほど支給されるのである。しかも、食べ物の値段ときたら、マツサカ牛だろうがカップ麺だろうが1食分の値段はほとんど変わらない。
食べたいものを食べたいときに食べればいいのである。カロリーも塩分も気にする必要はない。
旅行やレジャーも同じだった。
観光地でもどこでも、行きたい場所にはその行き先の列車に乗ればよかった。トンネルをいくつか抜ければその駅に着く。
飛行機や船の旅もできた。いずれの場合の運賃も、それほど高いものではない。ベーシックインカムの半分もあれば、世界中どこへでも行けた。
使い果たす前に、また新しい週がやってきて十分な金額がカードに補填される。
要するに、ムムニイは働く必要がなくなった。もともと好きでやっていた仕事でもない。
第一、彼の勤め先である医療器具メーカーなどこの世界には必要なかった。ネット検索しても名前すら出てこなかった。
この「世界」ができて、もう2年にもなろうというのだ。誰も利用しない、誰も出社しないような会社が存続しているはずもないだろう。
ムムニイは一度、興味本位で会社のあった場所に行ってみた。
建物はあった。明かりも点いていたが、それは何か別の使い方をされているようだった。
中に入ってみると、そこは「素人美術館」のようなことになっていた。絵画や彫刻、陶芸から現代美術まで、雑多に展示されていて、その展示ブースには必ず作者がいて自分の作品について熱心に語ってくれた。
初めのうちは興味本位で聞いていたムムニイも、10人くらいのウンチクを聞かされたあたりで辟易として外に出てしまった。
なるほど。「仕事」をしなくてよくなった分、何か表現の場を求めて、にわか芸術家になる人が増えたんだな——。
働いている人もいる。
コンビニにも店員がいたし、マツサカ牛を食べたレストランにも調理人や見事な給仕術を見せるウエイターがいた。
彼らはもちろん、働きたいから働いているのである。何しろ「稼ぐ」必要はないのだ。サービスに対する対価など、ベーシックインカムに比べれば微々たるものだった。
ここではお金を払う人の立場は何も強くない。お金に頭を下げる人は誰もいない。立場は逆転した。
仕事をしてもらえることはむしろとても有り難いことであり、機械ではなく人間のサービスは心を癒してくれる貴重なコミュニケーションであった。必然、それを受ける側にも自然に相手に対する感謝の言葉が出てくる。
「仕事」の成果として、それこそが彼らにとっての得難い報酬だった。いわば、これも一種の自己表現なのかもしれない。
ムムニイは、というと今のところ、行ってみたかった場所に妻と2人で旅行することを楽しんでいた。
一切の仕事と、一切の家事から解放され、身も心も軽くなった2人は、世界中の観光地を旅して回るのが当面の目標になっている。




