3 釣りの成果
ここに来て2日目。
皆の後ろにくっついて山に入り、まだ慣れない採集に夫婦そろって惨憺たる結果で帰ってきてから、ムムニイはマイケルのところに挨拶に行った。
もっとも、挨拶は1つの口実である。
「まあ、最初のうちは皆そんなものです。」
とマイケルは笑いながらムムニイたちを慰めた。
「教えてもらってるうちに、勘がつかめてきますよ。」
たしかに、「先輩」たちが指差すところを探すと、目指す食用になる植物が生えていた。なぜその場所が分かるのか、がムムニイにはまだわからない。
「あの・・・ところで、つかぬことをお聞きしますが・・・、ダンさんは・・・」
ムムニイがおずおずと本題を切り出すと、マイケルはそれを予め知っていたように人懐っこい笑顔を見せた。
「マイケルでいいですよ。そうです。私があのシャングリラ・システムを開発したマイケル・ダンです。」
マイケルは両手を広げて、肩をすくめて見せた。
「みんな最初に聞きにくるんですよねぇ——。なんで、あなたがあっちにいないのか? って。ここにいる全員がそうでしたよ。」
と、面白そうに言う。
「あっちにもいるんです。マイケルBが——。私たちは二手に別れたんですよ。サバイバーズベイビー世代のあなたたちみたいにね。」
「それは・・・」
ムムニイが言うより早く、マイケルがその先を自分で言った。
「ズルではないか?——と。」
マイケルの目は、悪戯小僧みたいに笑っている。
「開発に関わった主要な技術者のうち、厳選された何人かが肉体を持ったままジョーモン・コミュニティに移住する A と、シャングリラに意識だけで移住する B の二手に別れました。
その理由については、またおいおいお話ししますよ。今はとにかく、早くこのコミュニティの生活に慣れてください。」
「最初の実験の時、そのまま『肉体側』の意識が消えるのが怖い、と思ったのは私たちと同じらしいですよ。
その先の話は彼が言うように、おいおい直接聞いてください。専門的すぎて、私では説明できるほど理解できていません。」
翌日、川での釣りをしている時、カラムは浮きを眺めながら、マイケルの話についてムムニイにそんなふうに言った。
「私はね、こっちに来て良かったと思ってます。」
とカラムは言う。
下手くそな2人の浮きは、ちっとも動かない。それでもこのコミュニティでは「稼ぎが悪い」と責められたりはしなかった。
こんなにのんびりでいいのだろうか——とムムニイは思うが、マイケルの説明では「貪り過ぎない」ことがジョーモン・テクノロジーの基本中の基本であった。だからデキるやつがいたら、デキないやつもいなくてはならない——のだそうだ。
「経済学者として大学で次の論文の準備に追われ、汲々としていた頃はこんな生活に憧れていたんですよ。まさか、この年になってから、こんなふうに始められるなんてね。」
カラムが嬉しそうに言う。
「サバイバーズベイビー世代でよかった。」
「向こうにもいるんですよね? カラムBさんが——。」
「いますよ。どうしてるんでしょうね——。永遠の命と引き替えに、ずっと論文に悩まされ続けなければならないんでしょうかね。」
カラムは面白そうに笑った。
ムムニイは不思議な気分だ。「向こう」にもムムニイBがいる。それもまた「私」なんだろうか———?
その「私」は何を感じて、どんな暮らしをしているのだろう? 向こうの「私」は、この自然保護区にも「私」がいることを知っているのだろうか?
ムムニイの浮きが、ピクッと動いた。
「おっ!」
結構重い手応えである。
「おっ、おっ!」
「ゆっくりですよ。糸が切れるといけませんからね!」
カラムが先輩顔でアドバイスするのを顔の片側で聞きながら、ムムニイは竹の竿を慎重に上げていった。
糸は絹である。強いといってもナイロン製のテグスとは違う。ここではプラスチックは使えない。
しかし、針に掛かっていたのは川底の藻だった。
「あ〜あ・・・。デキないやつだ・・・。(笑)」
ムムニイが糸の先の藻の束を眺めて苦笑いしていると、後ろからシャロンが声をかけた。
「それは食べられますから、持って帰りましょう。」
結局、午前中のムムニイとカラムの戦果は、小さな雑魚2匹と1掴みの藻の束だけだった。
午後からは、紙漉きの材料として木の皮や草の茎を叩いてほぐす仕事をしながら、コミュニティの住人との会話を楽しんだ。
時間がゆっくりと流れてゆく。
たしかに———。これはこれで、豊かなのかもしれない。
いや、間違いなく、以前の暮らしよりも豊かな気がする。なぜ、こちらを選ぶという選択肢を考えなかったのだろう?
ムムニイは自分の心にそう問いかけてみた。
永遠の命が欲しかったから——?
報道や世の中の空気に流されたから——?
たしかにそれはあるのだけれど、核心をついてはいないようにも思えた。
結局は「自然保護区で暮らす」というのは原始人に戻ることだ——という貧困なイメージしか抱けなかったということだけなのかもしれない。
ムムニイはとりあえず、そう自分を納得させることにした。