21 意識
「いずれ・・・」
とマイケルは言う。
「いずれ、ジョーモン・コミュニティからも、シャロンさんやクルムさんたちのような若い世代から次の世代が生まれてゆくでしょう。首筋のチップのない世代です。」
そうだ。たしかに——。
ここで生まれた世代が「人類」を継いでゆくことになるではないか。シャングリラでは、新しい世代は生まれないのだから。
「ここから先は、委員会でコンセンサスの得られたものではなく、僕個人の考えなんですが——。
人類の生存形態は、シャングリラと、有機体を持ったままジョーモン・テクノロジーで暮らす人々の2種類に分かれることになると思います。しかも共存してね。
共存するためには、お互いが断絶してはいけない。互いに一定の交流と情報交換が必要になると思ってるんです。僕はね——。」
「この先、人類を生存させられる生態系は回復して広がってゆくでしょうから、人口が爆発的に増えない限り、ジョーモン・コミュニティが使えるテクノロジーの幅も広がってゆくはずです。
電気を使ったり、金属の部品やガラスなどを使うことも可能になるかもしれません。その計算やデータをシャングリラから提供する代わりに、希望者をシャングリラに移住させ、クオリアを豊かにして新しい顔ぶれを迎える——といった関係が築ければ、理想的です。
まあ、ジョーモン・コミュニティからのある程度の希望者の移住は、委員会も折り込み済みです。この極秘プロジェクトは、その最初の1歩なんです。」
「もちろん、有機体のままで他の生命とのシンフォニーの中に身を置いて、有限であってもその生命を全うしたい、という考えの人もそれなりにいるでしょう。シャロンさんやクルムさんたちのように——。」
「わ・・・わたしは・・・」
シャロンが、少し顔を赤らめて視線を落とした。
「それほど強固な意思を持っているわけでは・・・。いよいよ、ってなった時にも『まだずっと生きられますよ』って言われて、それを断れるような自信があるかと問われたら・・・・」
「そりゃあ、そうさ。」
とクルムがフォローする。
「僕らは、肉体とともに自然に還ることを望んだというより、シャングリラへの『移住』を『本人』の死なのではないかと考えたことで、厳しい環境であることを覚悟の上でこちらを選んだんだ。
実際にこうして暮らしてみると、意外に楽しい場所だったけど——。」
小さな沈黙があった。が、その静寂はけっして重苦しくはない。
なにか・・・、ここで死んでも向こうに生まれ変わることができる——ような、あえかで奇妙な安堵感のような沈黙だった。
「それにしても・・・」
と、その中でムムニイが口を開いた。
「私にはやはり、向こうにいる B がコピーであるように思えてしまうのです。本当の私は、ここにいる A であって、この私が死んだら、いくら記憶が向こうに転送されたとしても、やはり私は死んでいることに変わりはないんじゃないでしょうか?」
「ムムニイさんも、合流してみたら分かりますよ。今すぐというわけにはいきませんが、エッセンシャルワーカーと子どもを除く移住が全て終われば、この機密は解除されますから——。それまでは、皆さん体を大事にしててください。」
体を大事に———
それは普段からよく聞く言葉だったが、こういうシチュエーションの中で聞くと何かとても不思議な響きを帯びていた。
「以前、あなたは実験的にデジタル世界に入って戻ったときに『怖い』と感じたと言ってましたよね?」
ムムニイはまだ質問を続けた。
「それは、この肉体に宿る意識こそが本人だ、と気づいたからではないんですか? 以前あなたは言ってましたよね? 意識は身体と不可分だ——って。」
マイケルは苦笑したが、その笑顔は好意的なものに見えた。
「なんだか尋問されてるようですね。」
「いや、そんなつもりは・・・」
ムムニイは、表情がキツかったかしらん、と思って慌てて眉を上げた。
「あなたは哲学者みたいですね、ムムニイさん。」
マイケルの言葉には、一切の嫌味も皮肉も含まれてはいなかった。マイケルは大真面目にムムニイをそう評したのである。
ムムニイは顔の前で手を振った。
「私は、哲学の勉強をしたことなんかありません。大学で専攻したのは古典文学です。実社会では何の役にも立ちませんでしたがね。」
「僕だって哲学を基礎から勉強したことなんかありませんよ。いや、僕が言ったのは、どこまでも考え続けるという、その姿勢のことです——。」
「僕はただの技術者でしかありません。ですからこれは哲学的考察ではなく、ましてや魂のありかについての研究など何もしていないので、それも外しての話なんですが・・・」
とマイケルは前置きした上で続けた。
「少なくとも僕が研究した『科学』の世界では、『意識』は『身体』というセンサーが取り込んだ情報を処理して『世界』を再構成して理解する機能です。
それは『身体』の生命活動を維持するために、生命が獲得した『身体』の持つ機能の1つなんです。その意味で、身体と意識は一体のものです。」
「しかし、肥大化した『意識』を手にした人間は、その『意識』こそが『自分』であると認識しました。
もちろん、僕はそれを誤謬や錯覚だとは思いません。解釈の問題ですから——。
『身体』ではなく『意識』こそが『自分』であるなら、それを支える『身体』を乗り換える自由はあっていいはずですね?」
「それは『乗り換える』ことになるんですか? 単にコピーして片方を消去しただけなのでは——?」
「たとえば・・・」
と少し考えてからマイケルは言った。
「ムムニイさんは、朝、目覚めたとき、それが昨日眠った自分と同じ自分だと、どうやって証明しますか?
ひょっとしたら、昨日の『自分』は消去されていて、今目覚めている『自分』は、昨日までの記憶を『身体』によって植え付けられただけの別の『自分』かもしれませんよね?」
「そ・・・それは・・・・」
「身体の生命活動が継続しているから、それは間違いなく昨日眠った『自分』と同じものだ——と考えるなら、ではこんなケースはどうなるんでしょう?」
そう言ってマイケルはお茶をひと口含んでから、1つの思考実験の話をし始めた。




