2 夕暮れのひととき
夕食は、まだ明るいうちから広場の大きなテーブルで皆でそろって食べる。わいわいと結構楽しい時間だ。もっとも雨の日は、それぞれの住居で食べることになるのだが。
食事の支度は住居ごとではなく、火を使うグループと使わないグループの2つに分かれて行う。
炊事場には雨の日のために、木の枝を利用した簡単な草屋根が架けてあった。
調理に使う火は、柴のような細いものを中心に使うだけで、できる限り短時間に調理するように工夫されている。
薪は貴重な資源であり、冬のためにとっておかねばならない。
ジョーモン・テクノロジーの範囲を出ない薪の量——というものを、つまり、コミュニティのメンバーの延髄に埋め込まれたマイクロチップが、オーバーポイントとしてカウントを始めない総量というものを、常に計算しておく必要があった。
それは、このコミュニティではマイケルが担当していた。
彼はコンピュータもないこの世界で、それを紙の上の手計算だけで実に見事にやってのけ、村人たちが安心して作業できる指標を作り出していた。
「あなたも聞いたことはあるでしょう? 彼の名前を。」
と、夕食の後カラムがムムニイに話しかけてきた。
「ええ、そりゃまあ・・・。同姓同名の有名人は知ってますが・・・まさか!?」
ムムニイとミウムはカラムと同じ住居で暮らすこととなったので、夕食後、その住居の前に集まって会話を楽しんでいた。中には入らない。
夕暮れの残照の中で歓談し、暗くなると同時に眠り、夜明けと同時に起き上がって活動を始める。それがここでの生活だった。
この時期はまだ、住居の中に細々と燃やし続ける火があるが、それは暖房の補充のためで灯火ではないのだ。
他に若い男女がいて、それぞれクルム・ハオ、シャロン・カシームと名乗った。恋人同士で「こちら」を選択したらしい。
「そのまさか、ですよ。正真正銘、あのマイケル・ダンです!」
クルムがまるで自分の自慢でもするように話したので、カラムが声を出して笑った。
カラムはよく笑う。彼の説に基づいてそうするように努めているのかも知れなかったが、しかし、この少人数のコミュニティでは人の笑顔は確かに貴重品だった。
マイケル・ダン。
世界で初めて、「意識」を人工的に作り出すことに成功し、その技術の応用から、現在世界で進行中の「全人類の意識のデジタル化」のシステムを構築した人物。
掛け値なしの有名人である。
そんな人物が、肉体を持ったまま、なぜここに?
「それは、明日にでも本人から聞いてみるといいよ。」
何かを話し出そうとするクルムを片手で制止して、カラムが穏やかな笑顔で言った。
クルムはまだ話したそうにしながらも、笑顔だけを見せ、それから脇のシャロンの肩を抱き寄せると、2人はキスを始めた。
2人は互いの体をまさぐるように手を動かしていたが、やがて、ペコリと笑顔でお辞儀を1つすると住居の中へと入っていった。
「まだ明るさがあるから、少し散歩でもします?」
と、カラムがムムニイとミウムを誘った。
「彼らは気にしませんが、独り身の私はまだこの歳では持て余すんですよ。」
そう言って笑う。
ミウムがムムニイの腕を強くかい抱いた。
「このコミュニティにもチップの無い2世が生まれるといいですね。」
「そ・・・その・・・。こういうことをする時は、気を利かせて外に出てた方がいいんですね?」
「いや。彼らは気にしません。スライ夫妻は気にされるんでしたら、その時は我々は外にいます。」
「い、いや・・・私たちは・・・もう・・・」
そう言いながらも、ムムニイは年甲斐もなく身の内が火照るのを意識した。
「都市生活から来たばかりだと戸惑うと思いますが——私もそうでしたから——、ここでは性生活は結構オープンです。もちろん、互いの合意があっての話ですがね。私たちは野蛮人ではない。ジョーモン・テクノロジーで生きてゆくことを選択したといっても、21世紀の文明人なんです。
特に女性の意思は男性よりも絶対優位です。何しろ、結果としての妊娠と出産というリスクを一身に背負うわけですからね。ここには、都市のような医療設備はありませんから——。」
まだかすかに茜色の残るよく晴れた空に、星が次第にその数を増やしてゆく。
彼らが生まれる前、21世紀初頭には星はこんなには見えなかった——とムムニイは聞いたことがあった。