19 シャングリラ・ドリーム(3)
カスミたちの仲間にアウルが戻ってきた。アウルの笑顔が戻ってきた。それを一番喜んだのがジュンゴだったのは言うまでもない。
そして、もう1人仲間が加わった。
アウルの弟、バダだ。
シャングリラに子どもがいるのは、すごく珍しい。
基本、移住の意思は16歳以上でなければ示すことができないので、よほど肉体が生命の危機にある子どもを除けば、ここに移住してくるのは大人しかいない。
子どもは委員会が運営する養育施設に集められ、ロビタとエッセンシャル・ワーカーによって15歳まで育てられる。その後、5年のモラトリアムの中で「意思表示」するのが原則だ。
シャングリラにいる親は、いつでもモニターを通してなら子どもと会話することができるが、子どもが幼い場合、親は講習を受けて資格を取れば子どもが必要とする間はエッセンシャル・ワーカーとして施設に残ることもできる。
肉体を捨てる——という判断は、親といえども子どもに対してするべきではない。それは本人がするべきである。
というのが、委員会の出した結論であった。
だから、シャングリラにバダのような子どもがいるのは極めて珍しい。
だいたい、何かの事情で子どものうちに移住してきたとしても、半年も経たないうちに見かけだけは17〜18歳くらいになってしまうことが多いのだ。
バダはグループの中で可愛がられた。
幸せそうに笑うバダを見て、アウルは自分の中の空洞が埋まってゆくのを感じていた。
「シラスさん、ありがとうございます。本当に、なんて言っていいか・・・。」
涙ぐみながら笑顔を見せるアウルに、ラトゥルは答えるべき言葉を探せないまま微笑むことしかできなかった。
ラトゥルはバダのいるこのグループと行動を共にしている。
「経過観察のため」とラトゥルは説明していた。
医者みたいなセリフだな——。と自分でも内心苦笑いしている。
そんなある日。
「ねえ、ジュンゴ。わたしね、バダと一緒にアフリカに行ってみようかと思うんだけど・・・。どう思う?」
アウルがそんなことを言い出したとき、ラトゥルは内心慌てた。
「あの難民キャンプの跡地、ここではどうなってるのかな?・・・って。『お墓』、あるんだろうか?」
そんなふうにちょっと笑いながら言う。ただの興味本位である。あってもなくても、バダはここにいるのだ。
そんな話に、バダは何の反応も見せない。
当然だろう。とラトゥルは思う。
バダが死んだ後のバダの反応など、家族のどのクオリアの中にもないのだ。
「あんたも行くよね?」
というアウルの問いかけに、バダは曖昧な表情のままで「うん。」とだけ答えた。
ラトゥルは大急ぎで委員会に帰り、プロフェッサー・ダンに助言を求めた。
「ああ、お墓ならちゃんと再現してあるよ。」
あっさり答えたプロフェッサーの手回しのよさに、ラトゥルは呆れ返り、それから自分の心配が急に可笑しくなって、目尻に涙をためながら笑い出してしまった。
それでも、いつかは真実を伝えなければならない。
アウルの陰りのない笑顔を見るたびに、ラトゥルの心にその責任の重圧がのしかかっていった。
バダは・・・・本当は、死んでしまっているんです・・・・。
結局、アフリカ行きの飛行機にはジュンゴやラトゥルだけでなく、アウルがこちらで作った友人グループ全員が乗ってついてきた。
まあ、当然だろう。
今、ここにいるバダの『お墓』は、ここシャングリラにもあるのか? これほど興味津々な話はあるまい。
シャングリラでは、どこへ行くにしても飛行機に乗っている時間はそれほど長くはない。たぶん、機内という時間が多くの人にとっては退屈な時間だったからなのだろう。
バスに揺られて難民キャンプがあったはずの場所に着いてみると、そこは一面の草原だった。
遠くに何かの動物が横切ってゆくのが見える。
「ここは、あっちの世界じゃ草も生えない難民キャンプになっちゃってましたがね。昔ぁ、こんな風景だったんでさ。サバンナですよ。私ぁ、この風景が大好きでしてね。」
バスを運転してきてくれたガイドの男性が、遠い目をしてそんなふうに言った。
「わかんないね。これじゃ。」
と苦笑いしながら、そのあたりをウロウロしていたアウルが突然頓狂な声をあげた。
「あった!」
みんなが近寄ってみると、草むらの中に1箇所だけ、草の少ない土の小さく盛り上がった場所があり、丸っこい石が1つだけその上に置いてある。
「あったよ、バダ! あんたの『お墓』だ。」
半分可笑しそうな、半分泣きそうな奇妙な顔で、アウルがバダを振り返ると、この旅の中でバダが初めて口を開いた。
「そこに僕はいないよ。お姉ちゃん。」
バダは、これまでに見せたことのない表情を見せている。
「僕はここにいるもの。シラスさんやプロフェッサー・ダンのおかげで、僕はこうして甦ってここにいるもの。」
ラトゥルは仰天した。
技術者として———。
こんなこと、あるはずがない!
「僕は、たしかに死んだんだと思う。自分でもそう思うもの。たぶん、このお墓を掘っても、僕の体は出てこないだろうし、これは向こうの世界にあるそれとは違うものだと思う。」
明らかに、バダは単なるクオリアの合成ではなくなりつつあった。
それは、その変化は——、強いて言葉を探すなら「成長」という言葉が当てはまりそうだった。
こんなこと! 起こるはずがない!
ラトゥルの混乱は、頂点に達した。
成長は、生きている人間の意識にしか起こらないことは、システムを組んだ自分がいちばん分かっている。
ラトゥルの理性は、そう指摘している。しかし・・・・。
「向こうで死んだ僕が今の僕かどうか、僕には分からないけど・・・、でもここにいる僕は間違いなく僕で・・・・。何言ってんだろ・・・僕・・・・。」
言いながら、バダの頬には大粒の涙が転がり落ち始めた。
「バダ!」
アウルは駆け寄ってバダを抱きしめ、同じように涙をあふれさせた。
「僕は・・・、お姉ちゃんの弟だよ。」
「あたりまえじゃない!」
ラトゥルは技術者としての大混乱の中で、なぜかあふれ出す涙をどうすることもできないままに立ちつくしていた。
草原の彼方を、何かの動物が歩いてゆく。




