18 シャングリラ・ドリーム(2)
「こうしたケースは他にも少しづつ報告されてきています。」
友人のカスミから情報をもらったラトゥル・シラスは、これを典型的な例として委員会の定例分科会で報告した。
「せっかくこちらに移住させても、それが原因で心の健康が損なわれてしまうようなことがあっては意味がありません。」
「望む人には『有限』を設定すると言うんですか? 自殺も可能にすると?」
「私たちは『神』ではない。それは、委員会の権限を逸脱しています!」
「家族との距離を近づけるよう、調整は可能でしょう?」
「それは、規則違反です。公平性の問題も大きいです。」
分科会は難問に突き当たった。
「その・・・弟さんのお墓は再現できるのではないですか? 彼女の意識の中にはそのクオリアがあるのでしょう?」
1人の委員が提案したとき、ある人物が部屋の隅から発言した。
「いっそ、その弟くんを再現できると思いますよ。家族の意識の中から——。」
えっ? という表情で全員が振り向いた先にいた人物は———
あのマイケル・ダンだった。
「プロフェッサー・ダン、それはマズいでしょう。たしかに、珊瑚礁や魚や鳥などは人々のクオリアからの再現で、それらの生き物の意識から直接移住させたものではありませんが、それを人間に対してやったら、そこら中が幽霊だらけになると言って反対されたのは他ならぬプロフェッサーじゃないですか。」
マイケルは壁にもたれたまま頭を掻いた。
「まあ・・・、そうなんですが・・・。一定の割合でこうした状況に陥る人がいるとしたら、開発者の僕としては黙って見てるわけにもいきません。
幽霊でもその人の慰めになるなら、その人が前を向いて生きていけるようになるなら、それもシャングリラの『環境』の1つじゃないでしょうか。
そんなにたくさん生まれるわけじゃないでしょうし・・・。実験的にやってみてもいいんじゃないですか?」
「この1人の少女のためにですか? ここには今、40億人もいるんですよ?」
「実験的に——です。人間を、数にしちゃいけません。推定2万人程度とはいえ、こうした状況に陥る人たちがいる以上、システム環境の改善は必要になります。
より良いシステム改善の方法を探るには、大勢の平均値を探るより、1人の内部により深く関わった方が確実性が高いのです。」
「プロフェッサーの論文の1節ですね。」
ラトゥルがすかさずダメ押しの発言を入れたことで、この問題はアウルとバダをサンプルに実験的な関与をしてみることで、分科会の意見は一致をみた。
「言い出しっぺのシラスさん、中心になってシステム組んでくださいね。」
部屋に閉じこもったままになってしまったアウルの耳に、聞き慣れた声が聞こえたのは、夜だか昼だか分からないような薄明の中でだった。
「お姉ちゃん。」
アウルは顔を上げた。
「バダ・・・?」
夢?
「お姉ちゃん。」
たしかにバダの声だ!
アウルがふらつきながら立ち上がって部屋の扉を開けると・・・。
そこに、バダが立っていた。
見知らぬ人に手を引かれている。その背後には、ジュンゴやキャスリンやカスミたち、こちらに来てからできた友人たちが心配そうにアウルを見ている。
「バダ? 本当にバダなの !?」
「うん。お姉ちゃん、いつまでもそんな所にいたら体に悪いよ。」
アウルは震えるようにして弟の肩に手を伸ばす。
「バダ・・・。あんた・・・どうして、ここに・・・? これ、夢・・・?」
肩に触れると、たしかにバダの柔らかな肌の温もりが伝わってきた。
「初めまして。私は委員会の下っ端委員で、ラトゥル・シラスと言います。」
バダの手を引いていた若い男が微笑を浮かべて名乗った。
「夢ではありません。委員会では、あなたのようなケースがいくつも出てきているので、今回実験的にではありますが、バダくんを『再現』してみたのです。」
「バダ・・・。あんた、こっちに来られたの?」
「うん。」
「死んじゃってたのに・・・。死んじゃってたのに・・・。どうやって?」
言いながら、その疑問の答えを聞くこともなく、アウルはバダを強く抱きしめて泣き出した。
その姿を優しい眼差しで見つめながら、『幽霊』なんですがね——と、ラトゥルは思った。・・・が、口には出さない。
技術者であるラトゥルは、ここにいるバダが『本人』ではなく、写真や動画と同じように『思い出』でしかないことを知っている。それは、アウルやその家族の意識の中から抽出されたバダに関するクオリアの合成でしかない。
だから、この『バダ』が、彼女や家族の記憶の中にある姿と反応だけしか見せられないことも知っている。
カスミやその友人たちも、アウルがバダと再会できたことを涙ぐみながら喜んでいるけれど・・・・。ラトゥルだけが、技術的な真実を知っている。
ラトゥルは自分が技術者であることを今ほど悲しいと思ったことはなかった。
いずれ、アウルも気がつくだろう。『バダ』が自分の知っている表情しか見せないことに——。自分の知っている言葉しか話さないことに——。
その時、ラトゥルは説明をしなければならない。つらい説明だが・・・。どう切り出せばいいんだろうか?
まだ、けっこう先のことだろう——とはいえ、それは自分の責任だ。
それでも———と、ラトゥルは思う。
愛する人の遺影を見ながらも、いつか人は前を向いて生きてゆくようになるだろう。アウルもまた・・・・きっと・・・。
その時がきたら・・・、この『バダ』をどうすればいいんだろう?
ただの動画じゃない。でも、『本人』でもない——。クオリアの合成に過ぎないこの子の存在は、このシャングリラの中で、どういう位置付けになっていくのだろう?
そんな疑問がふと浮かんで、ラトゥルは作業中にアドヴァイザーとしてラボに訪れたプロフェッサー・ダンに聞いてみたことがある。
その時、プロフェッサーは曖昧な微笑を浮かべて、ラトゥルには質問の答えになっていないようにしか思えない返事を返してきた。
「僕はね——。向こう、ジョーモン・コミュニティにもいるんですよ。」




