15 エッセンシャルワーカー
スワニは空っぽになったビルの屋上の、手摺りの取り外されたコンクリート製パラペットの上に腰を下ろして一息ついた。
10階建てのビルの高さから空中に放り出されている両足をゆらゆらと揺らしながら、赤みをおびてきた西の空を眺める。
腰のベルトから水筒を引き抜いてフタを開け、顔を上に向けて残っていたタンポポコーヒーを飲み干した。口元につたった雫を無造作に左手の甲で拭う。
少し甘いような、薬草臭いようなこの飲み物の味が、スワニは好きだった。
あっちに行っても、この味はするのかな?
ふと、そんなことを考える。
人類が、総体として消費するエネルギー資源を減らすことを諦め、全人類50億人の「意識」のみをシャングリラ・システムに移住させることを決断したのは、まだわずか5年前のことだ。
実際に一般人の移住が始まったのは2年前からだが、それでもすでに半分以上が移住を済ませた。
今残っているのは、移住システムの構築が遅れている低開発地域の人々か、スワニのように「後始末」をするエッセンシャルワーカーがほとんどである。
中には、使用エネルギーを制限されてでも「有限な生」にしがみつき、自然保護区に移住するという選択をする変わり者も少数だがいる——という話だった。
スワニには、その選択はよく理解できない。
そうまでしてこの「肉体」というシステムにしがみついても、結局は数十年もすればそのシステムは壊れてしまうではないか。
選択は不可逆的なのだ。
肉体システムが崩壊する頃になって「やっぱりシャングリラに移住したい」と言っても、移住の権利はすでに放棄されてしまっている。
かと言ってどっちつかずでいれば、結局人類は削除アルゴリズムの地獄の中で絶滅を待つしかなくなる。
実際には、20世紀末までに人類が環境を食い潰してしまった時点で選択肢はほぼなかったのだが、そのことを受け入れることができない人々が一定数いるのも事実だった。
個人として選択を猶予されるのも、あと5年と聞いている。
実際、都市インフラが消えてゆくこの地で、人間はそれほど長く留まることはできないだろう。行く先はシャングリラか、原始生活のどちらかにならざるを得ない。
スワニのようにエッセンシャルワーカーとして「後始末」に従事すれば、その期限はその分延長されるが、それは楽な仕事ではない。何がしかの使命感がなければ、続けられるものではないだろう。
スワニにもそれらしいものはあった。
スワニのようなエッセンシャルワーカーは、残った都市インフラ——現代人類の遺跡とも呼べるだろう——を解体し、自然界に還りやすいものとそうでないものに分別して、長い管理を要するものを管理施設に集めるという仕事をしている。いわば、人類最後のゴミ収集業者だ。
長い管理を要するものでは、10万年というものまである。
スワニは贖罪のつもりだった。
20世紀末、いや、21世紀初頭まで、地球が自分のものであるかのように傲慢に振る舞い続けてきた彼女の先祖たちの悪業を、少しでも削り取って天に返してから移住しよう——。
剥き出しの鉄骨やコンクリートのビル群の向こうに、朱色に染まった大きな夕陽が沈もうとしていた。下の方に水平に伸びた雲がかかっている。
その照らし出す赤い地面の上に、いくつかの彼らのシルエットが動いているのが見えた。
彼ら———。
「ロビタ」と呼ばれる「人工意識」を搭載した超省エネルギー型ソーラーロボットだ。その名前の由来は、なんでも20世紀の古典マンガの中からとったということで、名付け親はあのマイケル・ダンだとスワニは聞いている。
彼らは24時間休まず「後始末」を続け、それが終わった後はシャングリラのメンテナンスのために働き続けるのだという。
彼らの「意識」はその自分の運命を、どんなふうに捉えているんだろう。
ふと、スワニは変なことを思った。
あのロビタの身体に、意識を移住させることはできないのだろうか?
「後始末」を全て終えるまで、あのロビタのボディからこの地上の行く末を眺めてみたい。その上で、シャングリラに合流する——。そんな選択肢は許されないのだろうか?
提案したら、委員会は受け入れてくれないかな——?
スワニがそんなことを考えたのは、今日の夕陽があまりにも美しかったせいかもしれなかった。
「さて。」
誰に言うでもなく、スワニはちょっと大きな声を出し、パラペットの上に立ち上がった。
続きは明日にしよう。




