11 素顔
このところ、ミウムが若返っているように感じる。下手をすれば、30代くらいに見えないこともない。
「ミウム。おまえ、化粧上手くなった?」
そう聞かれたミウムは悪戯っぽい目をして見せた。
「実は、やってないの。」
「え?」
「あなた、最近鏡見たことある? ヒゲ剃りした?」
そう言われてムムニイは自分の顎を触った。ざらついている。
しまった!
そういえば、ここに来てから眠らなくてよくなったから(眠くならないのだ)いつの間にか、すっかり朝の身支度を忘れてしまっている。
ミウムが笑い出した。
「意識だけになるって、こういうことなのね。」
きょとんとしたムムニイにミウムが笑いながら言う。
「今、私がヒゲのこと言うまで、あなた無精ヒゲなんか生えてなかったわよ。それが言った途端、ザワって生えるんだもん。可笑しいったら・・・!」
ミウムはまだ笑っている。よほど可笑しかったらしい。
「鏡見てごらんなさいよ。あなたも若返ってるわよ。」
言われてムムニイは洗面所に行ってみた。そういえばしばらく来てなかったな、ここ——。
洗面所の鏡に映っているムムニイは50代ではなく、40代くらいに見えた。
「ここでは、自分がなんとなくイメージしている自分の姿になるみたいね。」
そう言って、ミウムがムムニイの肩に手を置いて、いつの間にか豊かなふくらみを取り戻している胸をムムニイの背中に押し付けた。
「ほら、そんな無精ヒゲなんか消しちゃって——。髭生やしたいなら別だけど?」
背中の乳房を感じながら、ミウムの笑顔を見ているうちに、いつの間にかムムニイもミウムにつり合った30代くらいの姿になっていた。むろん、髭はない。
なるほど。ここでは、自分の姿は自分がイメージしている姿になるのか——。だから、なんか若い人が多いような感じがしたんだな——。
だったら、トランスジェンダーの人ももう悩まなくていいわけだな——。などと思いながら、ムムニイはふと変なことを思いついた。
髭を出したり消したり、眉毛を太くしたり細くしたりできるんだろうか?
鏡の前でやってみたが、そう簡単ではなかった。まして、鳥や猫など、別の生き物の姿になるのは無理だった。一瞬、変身し損ねたバンパイアみたいになって、すぐ元に戻ってしまった。
そんな試みをミウムに見つかって、腹を抱えて笑われた。
「そういえば、以前街中で見かけたアニメのキャラクターそっくりの顔つきをしたコスプレイヤーって、あれは相当努力して『自分』をイメージしてたのかもしれないねえ。」
「成り切っちゃえば、できるんじゃないかしら? ものすごく好きなファンなら。」
「コスプレ会場で、誰が一番そっくりか——なんていうコンテストが始まったりしてな。美容整形もいらないな——。」
ミウムはちょっと微妙な微笑みを見せた。
「たぶん、しばらくすると、みんな自分の顔に戻ってくると思うわよ。」
ムムニイのもとに、最近知り合った経済学者のカラムを通して、意外な人物からの接触があったのはミウムとのそんな会話の3日後だった。
誰もがその名を知る、超のつく有名人。委員会の最高顧問であり、このシャングリラの設計者でもある——あのマイケル・ダンである。
ムムニイは最初、カラムがからかっているんだと思った。
「会いたいって? なんで、私なんかに?」
「私だって驚きましたよ。一応、『経済学者』っていう肩書は付いてても、ただの無名の准教授ですし、有名になるような論文を書いたこともないんですからね。」
カラムは少し興奮気味に話した。
「なんでも、サバイバーズベイビー世代の人たちに直接ここでの感想や生活についてをインタビューして、この先の研究の資料にしたいっていう話らしいです。奥さんもよかったら一緒に来てください、ってことでしたよ。
ハカタ・シティの一角に美味しいフグ料理の店を知ってるからご馳走するって。
だから、『いやいや、そこまでいらっしゃるなら、こちらがご馳走しますよ』って言っておきましたよ。
だって、あのマイケル・ダンに奢ってやるなんて経験、めったにできるもんじゃありませんからね!」
「ははは・・・。」
とムムニイもつられて笑った。
なにしろ、今では食べられなくなったフグ料理も、その辺のカップ麺と変わらない値段なのだ。
ここ、シャングリラならではの贅沢なお茶目というものだろう。