10 意識のありか
翌日の「講義」は予定通り、午後のティータイムに始まった。
幸いなことに天気は晴れで、ソーラークッカーはふんだんにお湯を供給してくれた。
「こりゃあ、上手くいくとジャパニーズ式の風呂に入れるかもしれませんねぇ。」と誰かが言って、笑いが起こった。
テーブルの周りに皆が集まったのを確認すると、マイケルは話し始めた。
「さて、明るい光の中で昨日の続きといきましょうか——。皆さんの不安のタネである首筋のチップの話ですが・・・」
そこにシャロンが待ったをかけた。
「少し待ってください。私はまだ、引っかかってることがあって・・・」
昨日のように「敵意」のこもった目はしていないが、しかしそこには不安と動揺が川藻のように透けて見えた。
「もし、一昨日マイケルさんが言っていたように、肉体側にも『意識』の形が残っているなら・・・、それは・・・」
少し言い淀んだが、意を決したようにその言葉を口にした。
「コピーを作って、本体は矛盾しないように『殺した』ということにはならないんですか? マイケルさんや、ムムニイさんやカラムさんたちは、あちらにもいるんでしょ?
どちらが本物なんですか? 向こうにいるのはただのコピーじゃないんですか? 魂はどちらにあるんです?」
一気にそう言うと、シャロンは目を少し潤ませているようだった。クルムがちょっとオロオロしている。
その質問は、昨日ムムニイが躊躇した質問そのものでもあった。
「どちらも本物です。」
マイケルは淀みなく、はっきりとそう言い切った。
「魂がどこにあるかは、それが有るのかないのかも、僕には分かりません。でも、あちらとこちらを行き来している僕は、はっきり断言できます。両方とも本物の僕です。」
「行き来している!? 」
数人が異口同音に聞き返した。
「そうです。あまり言わないできましたが、もう構わないでしょう。昨日もそうでしたが、あちらのマイケルBとここにいるマイケルAは、2ヶ月に1度ほどセンターで合流して経験を共有するようにしているんです。
僕の感覚として言うなら、それはどちらも間違いなく僕なんです。」
「やっぱり、委員会のメンバーは特権階級なのね?」
と、シャロンが非難するような口調で言う。
「そう言うんなら、そうかもしれません。何人かの技術者がこちらにも来ていることは話しましたよね? 彼ら——まあ僕もですが——の役割は、ジョーモン・コミュニティでの経験をシャングリラに供給することなんです。
その見返りに、向こうでの最新情報を持ち帰ることもできるわけで、それがコミュニティの有利な運営にも役立ちます。ポイントの計算にもね。
まあ、そういう意味では、このコミュニティは特権があるのかもしれませんね。なにしろ、僕がここにいる。」
マイケルがあまりにも抜け抜けと言ったので、カラムが少し笑ったが、シャロンの表情を見てすぐに笑いを抑えて下を向いた。
「なぜ、ジョーモン・コミュニティの経験がシャングリラに必要なんです?」
トオルという大柄な男性が、初めて質問を挟んだ。その質問は、ほぼ全員が疑問に思っていたことなのだろう。うなずく人が多かった。
「シャングリラで人々がする『経験』は、実際には誰かの意識にあった『経験』を抽出して別の人の意識に供給するものなんです。シャングリラ・システム自体には、外界から『経験』を取得する機能がありませんから。」
それはなんとなく移住前から説明を受けていたから、頭では理解している。ただ、頭では分かっていても、実際にそれがどんなふうに感じられるのかは、こちらのムムニイAには想像もつかなかった。
「それは・・・」と、ついムムニイは話に割って入ってしまった。
「それは、この肉体側のムムニイAが感じるように感じられるものなんですか?」
「同じですよ。『意識』にとっては区別はつきませんし、区別する意味もありません。『経験』を提供する身体のシステムが違うだけなんですから。」
「まあ、なにしろ30億人、最終的には50億人になるわけですから——、つまり50億人分の『経験』の蓄積があるわけですから、1人の人が新たに経験することがなくなって日々が退屈になるようなことはないんですが・・・。
それでもシャングリラという身体が新たな『経験』をするようなことは、ないわけです。そういう機能も、今のところは用意されていませんしね。
ですから、ジョーモン・コミュニティで委員会の技術者たちがする『新しい経験』は、シャングリラという身体にとっては極めて貴重なものになるんです。」
「今のところ——ということは、将来的にはそういう機能を持たせることも想定しているんですか?」
と、トオルが質問した。
「委員会の一部では、それは検討されています。まあ、そうは言ってもそれは1万年か2万年くらい先の話になるだろうとは思いますが——。」
「1・・・万年・・・ですか?」
「シャングリラでは誰も死にませんから。人口も増えませんしね。」
停滞。
という言葉が、ムムニイの脳裏に浮かんだ。
それは、ひどく退屈な日々になっていくのではないか?




