インシアの酒場2
杞憂だったらいいんだけど。
昨日行った酒屋が閉まってたのが心に引っかかっている。
バーで飲んで宿屋まで戻ってきたコゼットは、勿体無いけど回復の魔法で酔いを治す。
宿屋の裏口から出て、裏道を通ってバーの近くに素早く戻ることにした。
店はまだやっている。
アンクレットの力を借りて、遠くから店内の声に集中して声を拾う。
「マスター、嘘はいけないよ。嘘は」
「え?何のことでしょう」
「さっき外から来たお姉さんに不法移民がどうとか吹聴していた話だよ」
「あれは事実じゃないか。インシアに元からいた住民で今のこの現状を喜んでいる者などいない」
「ほう、ジャン様を否定するんだな。これだけの町に発展できたのは誰のおかげだ」
「元の住民は静かに森の恵みを享受して生活できればそれでよかったんだ。見ろ、森の街なのに大切な木のほとんどは失われて禿山になっていて見る影もないじゃないか」
「町の発展を非難するのか?町への反逆の罪として逮捕する。個人の意見をみんなの声のように言いふらすのは問題だな。牢に入って再教育を受けてまともな人間になるんだな」
「やめろ、触るな・・・」
揉み合う音がする。抵抗しているのだろう。
「最後のチャンスだ。さっきの姉さんが明日以降ここに来た時に、今日の発言は勘違いでジャン様がいかに素晴らしい方か言うなら執行を留保してやろう。当然、俺たちは見てるがな」
「・・・分かった。幼い子供がいるんだ。今、いなくなるわけにはいかないんだ」
「随分とお利口さんになったじゃないか。最初からそうしていればいいものを。この街が誰のものかよく考えるんだな」
とりあえず、マスターに被害がなくてよかった。明日はバーに行ってマスターの話をうんうん聞いてこの問題は終わらせよう。それにしても強引なことだ。あまりジャンには関わりにならない方が良さそうだ。
◆
翌日予定どおり、バーが開くと同時に店内に入る。待たせても悪いしね。
「マスター、今日もオススメのお酒をお願い」
「ははは、昨日の今日ですからね、そんなに変わりませんよ」
そう言いながらレモン酒を出してくれた。これだよ、これ!しっかりレモンの風味がして美味しい。
「美味しいです」
「それはよかった。レモンもこだわりがあるんですよ」
「今日もこの町を見て回りましたが素晴らしい町ですね」
コゼットから話しやすいように話題を振る。
「ええ、この発展を享受している町の一員としては誇らしい限りです。昨日はネガティブな話をしましたが本心ではなく、本当はこの町の発展に感謝しているんです」
「そうでしょうとも。素晴らしい発展です」
よし、これでノルマ達成だ。あまり長居して違う話で迷惑をかけても悪い。くいっとレモン酒を飲み干して立ち上がる。
「急ぎでなければもう1杯いかがですか?」
あれ?マスターから勧められた。あの後、まだ何かあったのかな?
「ええ、嫌いじゃないのでいただきます」
今度はグレープフルーツのような酸味のあるお酒だった。お酒の下に紙が入っている。
『キングエスクバードの勇者コゼット様と伺いました。インシアに元からいる住民の移住を手助けしていただけないでしょうか。みんなの意志はすでに確認済です。助けてください』
人数にもよるけどグランレッド村なら受け入れてもらえる可能性が高い。新しい村だから人手も欲しいだろうし、ジャンの監視の目もあそこまでは届かないだろう。でも子供もいるとなると距離的に歩きは厳しい。バレずに移住するにはどうしたらいいかな?露骨にジャンと敵対もしたくない。
「美味しかったわ。明日また来るわね」
そう言ってコゼットは席を立った。マスターとの話が聞かれてるだけに不用意なことは言えない。
どうしたら移住を手助けられるか考えよう。悩ましい問題を抱えてしまった。




