後編
「ぶはぁっ!」
若フクロウは、ついに雪の屋根を突破しました。顔をつきだし、最初に感じたのは、その空気があまりにすがすがしく、新鮮だったことへの驚きでした。
「うっ、おぉ……」
それ以上は言葉になりませんでした。若フクロウが目にしたのは、あまりに高い青い空と、その空をおおうように浮かぶ、もこもことした雲の山でした。どこまでも遠く、そして大きく見える空の様子を、若フクロウは大きい目をさらに大きく見開いて、何時間も見続けているのでした。
「……あぁ、あれが……」
雲にかくれていたのでしょう、黄金に燃える太陽が、ゆっくりと雲の下から顔を出してきました。今までツキヨタケのほのかな明かりや、ときたまフクロウ森に現れる、小さなほたるの光で満足していた若フクロウにとって、それはたとえようのないほどに美しく、きらびやかで、そしてなぜか胸がしめつけられるような苦しみも感じるのでした。
「……こんなに、広かったんだ、この森の外は」
「そうじゃ、本当は他の若い者たちにも、この素晴らしさを感じてほしかったんじゃが……」
ふいにオウルじいの声がしたので、若フクロウは驚きとなりへ首を向けました。もこもことした雲が、だんだんとオウルじいのすがたに変わっていったのです。声を出せずにいる若フクロウに、オウルじいの声が聞こえてきました。
「よくぞやりとげたな。お前の飛ぶすがたを見ていたが、立派だったぞ」
「オウルじい、あんたいったい……?」
「なに、わしもあの懐中時計と同じく、壊れるときが来たというだけじゃよ。……そう、長針と短針が旅に出たというのも、わしのうそじゃ。……いや、うそではないのかもしれないな。フクロウ森に長い間、時間を教えてくれた懐中時計、それが壊れて、時間をきざむのではなく、時間を探すたびに出たというだけじゃ。そしてそれはわしも同じ。……だが、最後にお前さんが、無事にたどり着けるかどうかだけ、見届けようと思った、だからこうして再びめぐり会うことができたんじゃ」
「それじゃあ、オウルじい、あんたは」
目を皿のように大きくする若フクロウに、オウルじいはホォッホォッと、楽しげな鳴き声をあげて続けました。
「悲しむ必要はない。わしはただ、あのフクロウ森の暗さが耐えられんかっただけじゃ。これからはこうして、雲となってあたたかなお日さまの光を浴びて、空を自由に飛ぶことができる。……そしてそれはお前さんもそうじゃ」
「でも、おれ、フクロウ森に戻らないと」
「今でこそ、フクロウたちは時間を失い、あわてておるが、わしがあの猟師に懐中時計をもらうまでは、ずっと時間などわからずに暮らしておったんじゃ。みなもすぐに慣れるじゃろう。……もちろん、お前さんが、それでも戻りたいというのなら、わしは止めん。じゃが、この広くあたたかく、そして澄んだ世界で暮らしていきたいと思うのなら……」
オウルじいの言葉が終わらないうちに、若フクロウはつばさを大きくはためかせ、木のてっぺんからオウルじいの雲めがけて、羽ばたいたのです。オウルじいは再び、ホォッホォッと笑いました。
「そうじゃ、この広く深く、どこまでも続く空を飛ぶがよい。飛んで飛んで、飛び続けろ。時間にも、空間にも縛られず、どこまでもいつまでも、お前だけのつばさで飛ぶのじゃ。若者よ」
オウルじいに答えるかのように、若フクロウは「ホォーッ!」とよくひびく声で鳴くのでした。