前編
前編、中編、後編の三部作構成となっています。
町から遠く離れた北の森は、木々が空高くまでのびきって、びっしりと枝葉をのばしています。そのため北の森は、一年じゅう太陽も月も、空が全く見えないことで知られていました。
これほどまでに奥深い森ですが、もちろんそこにも生き物たちは暮らしています。フクロウです。かれらは少しの明かりでもしっかり目が見える、夜目がきく生き物なので、一年じゅう暗い森の中でも、じゅうぶん暮らしていけるのでした。そして、いつしかこの北の森は、たくさんのフクロウたちが暮らしている、フクロウ森として知られるようになりました。
「ホーゥッ! ホーゥッ! ホーゥッ!」
フクロウ森に、遠くまでよく聞こえる、鋭い鳴き声がひびきわたりました。
「おや、めずらしい。緊急の集まりのようだな。いったいなにがあったんだろう?」
森にすむフクロウたちは、その大きな目をしぱしぱさせて、それからバサバサと飛んでいきました。集会場は、森の中で最も高い、セイタカノッポ松の中腹に作られています。たくさんのフクロウたちが、いっせいにその集会場へ入っていきました。
「おぉ、まぶしいな」
うす暗い森の中の集会場なのに、中はとても明るく、フクロウたちは目を細めます。森のあちこちから採ってきた、ツキヨタケを壁に植えこんであるため、中はまさに真昼のような明るさだったのです。そして集会場の中心に、フクロウたちの長老、オウルじいがいました。
「やぁ、みんなそろったか。それじゃあ始めるとしよう」
「オウルじい、いったいどうしたんだい? まさか、みんなでお茶会しようなんてことじゃないよな?」
緊急の集会なんて、本当に何年ぶりでしょうか。だから他のフクロウたちも、興味深げにオウルじいを見ていました。
「ふぅむ、口で説明するより、実際に見てもらうほうが早いじゃろう」
オウルじいは重い羽をばたつかせて、それから集会場から出ていきました。他のフクロウたちも、そのあとに続きます。
「こっちは、時計樹のあるほうだよな?」
若いフクロウたちに聞かれて、オウルじいは羽を広げながらうなずきました。
森で最も幹の太い木に、フクロウたちは時計をぶら下げていたのです。空が見えないフクロウ森では、いったい今が何時なのかわからないので、時計がぶら下げられている時計樹は、フクロウたちにとってとても大切な木なのでした。
「あの時計は、ずっと昔、わしがまだお前たちのような若鳥だったころに、この森に迷いこんだ人間からもらったものなんじゃ」
オウルじいが若いころに、イノシシを追って一人の若い猟師が森に迷いこんだのでした。けがをして動けなくなっている猟師をかわいそうに思い、オウルじいをはじめとした若いフクロウたちが、食べ物やまきを運んで、猟師を助けてあげたのでした。猟師はお礼に、自分が持っていた大切な懐中時計をオウルじいたちにくれたのです。
「それまではわしらは、昼と夜の区別もなく、いったいいつが何時なのかわからず、眠くなったら眠って、起きるのもそれぞれバラバラ、お茶を飲むのだって、みんなを集めるのに一苦労だった。しかしその猟師がくれた懐中時計のおかげで、狩りの時間やお茶の時間、寝る時間だってみんないっしょにすることができたんじゃ」
なつかしそうにいうオウルじいに、他の若いフクロウたちがさらにたずねました。
「それで、いったい懐中時計になにがあったんだい?」
「それなんじゃが、ほれ」
ようやく時計樹にたどり着くと、オウルじいがくちばしで木を指しました。他のフクロウたちも、思わず「あっ」と声をあげます。
「針が、なくなってる!」
懐中時計のガラスのふたが取れて、長針と短針がどこかに消えてなくなっていたのです。あとに残った秒針も、壊れてしまったのでしょうか、止まって動かなくなっています。
「いったい誰が、どうして針を?」
「わからぬ。みんなも知っての通り、朝起きる時間になり、懐中時計の時間を見るのはわしの仕事じゃ。だからわしは、今日も同じように時間を見ようとした。そしたら、こんな紙が時計にはってあってな」
オウルじいが、みんなに小さな紙きれを回しました。そこにはこのようなことが書いてあったのです。
『しばらく旅に出ます。探さないでください 長針と短針より』
「針が、旅に出るだって? そんなことって」
「もちろんそんなことはないじゃろう。じゃからわしは、誰かがいたずらかなにかで、懐中時計のガラスのふたを外して、長針と短針を外したんじゃないかって思っておるんじゃ」
オウルじいの言葉に、みんな黙りこくってしまいました。オウルじいはそんなみんなの顔を、一匹ずつ目を皿のようにしてじっと見ていきましたが、やがてふぅっとため息をつきました。
「やはり、わしらフクロウのしわざではないようじゃな。しかし、他にこの森にはつばさを持つ生き物はおらんし、リスやネズミなども、時計樹には登ってこんから、やはり長針と短針が旅に出たということじゃないだろうか」
「オウルじい、でも、針が旅に出るって、いったいどこに?」
「わからぬ。じゃが、今年はあの若い猟師がやってきて、ちょうど五十年になる。じゃから、なにかが起こるかもしれんとは思っとったんじゃが……」
オウルじいのあきらめたような言葉に、若いフクロウたちは苦々しげに顔を見合わせるのでした。
中編は本日1/9の18時台に投稿予定です。