酩酊港街
書き方が少し変わっています
「ようこそ、ヴァルハラへ」
「ヴァルハラ?」
「ええ、ここは戦死者の安息地、外側の者の訓練所」
わけのわからない単語を並べられてもなんのこっちゃなので質問を続けることにした。
「私は貴女のヴァルキュリヤの一人、エイルの名を授かった者です」
「は、はぁどうも、シトです」
「これからよろしくおねがいしますね」
エイルという女性の微笑みは非常に美しく、つい警戒心が緩んでしまう。
緩やかな風に流れる金色の髪、防具の隙間から覗く白い肌、慈愛に満ちた瞳は見ているだけで虜にされそうだ。
「どうぞこちらへ」
「は、はい」
エイルは巨大な邸へ歩き、言われるがまま付いて行く。
橋を歩き邸の巨大な扉の前にエイルが立つと、誰も触れていないのに勝手に開き始める。
中にはエイルと同じような格好をした美しい女性達が道を作るように並んでいる。
周囲に視線を奪われながらも目の前を歩くエイルに着いて行くと、古代ローマのようなとても広い浴場があった。
「ええっと……これはつまり」
「脱いでください」
死んだと思ったらよくわからない所に来て美女に裸になれと言われる。
単語を並べるとここが天国ということなのか。
「恥ずかしがらなくても良いんですよ、お手伝いします」
エイルの手がシトの服を脱がせ、横に控えている別の女性がその服を受け取る。
なぜか抵抗する気にはなれなかったが、装備を全て取られるのは少し抵抗があった。
武器を持たないことがここまで不安だとは思わなかった。
「あれ?私の右手がある?」
今更自分の体が治っている事に気づいた。
切り落とされたはずの右手や左足がくっ付いており、内臓が出ていたであろう腹部も綺麗に治っている。
「本当によく戦いましたね、さぁ行きましょう」
エイルの鎧や服が砕けるように輝いて消え、お互い裸になると手を引かれて浴場へ歩く。
綺麗な石で作られた床は冷たさを感じさせず、むしろ暖かかった。
エイルの足が湯に浸かり、私も両手を引かれながら足先から湯に入る。
熱すぎない温度であり、簡単に肩まで浸かることができた。
「あのっ……結局ここはなんなんでしょうか?」
「そうですね、どこから話しましょうか」
こんなに広い風呂だというのにわざわざ私に密着して体を洗うように触ってくる。
なんだかいやらしいお店みたいだ。
「ヴァルハラはアウトサイダーと呼ばれる別の世界から来た戦士のためにある空間、戦死者を癒し、鍛え、送る」
「天国とか地獄ってやつ?」
「それとはまた違います、戦死したアウトサイダーが蘇りもう一度戦うために休憩したり、訓練をする場所なのです」
今までの一方的な堅苦しい単語は使わず、私にもわかりやすいように話し始めた。
「アウトサイダーにはそれぞれ専用のヴァルハラが存在し、私達ヴァルキュリヤも専用に存在しています」
「それってエイルさんは……」
「ええ、私はシト様のもの、エイルというのも正確には名前ではなく役職、私はあなたのエイルであり別のアウトサイダーにもエイルがいます」
つまり他の死んだアウトサイダーもエイルという役職のヴァルキュリヤと風呂に入っているのか。
「シト様は今回が初めての死、それに加え勇敢に戦われて死にましたので訓練はせずゆっくりとお寛ぎください」
だんだんと私を触る手つきがいやらしくなってきた気がする。
手や足と背中にしか触らないが、明らかに誘っている。
「そっ!その触りすぎじゃあ……」
「これは失礼しました、ですが必要とあらば遠慮なく我々をお求めくださいね」
そう言ってエイルは私の体を触るのをやめた。
ヴァルキュリヤというのはアウトサイダーが望めばそういういやらしい事もしてくれるらしい。
「とっ、ところで初めての死とか勇敢にってどういうことですか?」
「ヴァルハラは勇敢に戦われた者には癒しを、そうでない者には訓練を与えます、初めて死んだ時はヴァルハラの説明をしたらすぐに蘇っていただくのですが――」
そこで言葉を切って私の右手と左足を触った。
「死んでも蘇るということも知らずにあそこまで戦う勇敢な者は非常に少ないでしょう、ですから癒しを与えようとシト様のヴァルキュリヤ全員で決定いたしました」
右手と左足を奪われたことに凄く怒ったし、どうせ死ぬなら道連れにしてやろうと戦ったのが良かったのか。
「今回のシト様の戦いでは一日の滞在が可能です」
別のヴァルキュリヤと思われる女性が持ってきた氷の入っている水差しを受け取ったエイルは私にコップを持たせて水を注ぐ。
「ヴァルハラは時の流れが異なっておりますので、一日ここにいても今すぐに蘇ってもヴァルハラに来た時と同時刻に蘇ります」
ぎりぎりまでここにいた方が得ということか。
「なるほど……ところであの白紙を継接ぎしたようなアレなんなんですか?」
夢の中に出てきた存在。
おそらくあの白紙の者が私達をこの世界に連れてきた。
ここで情報が手に入れば良いと思ったが、エイルは首をかしげていた。
「白紙を継接ぎというのはわかりません、私達ヴァルキュリヤは自分の役割と仕えるアウトサイダーのことしか知らないものですから」
「そうですか……」
結局何も分からず、入浴を楽しんだ後に食事をして寝室に案内された。
寝巻きはなにやら肌触りの良いローブのようなものを貸してくれた。
VRゲームでもこういった環境を楽しむことはできたが、これが実際に存在するものだと思うと気分が違う。
服や装備はすぐ横に整えて置かれており、弾薬の類は消費したままだったので銃剣を鞘ごと枕元に置いておく。
(体は健康だけど、精神的に疲れたなぁ……)
変な世界に飛ばされてモンスターと戦って死んだ。
「死んだんだよね……」
あまり実感が湧かない。
ただあの寒いような感覚が残っており、切断された右手を見ながら考える。
しっかりと戦えばヴァルハラで美女に囲まれ、逆に戦わずに死んだら訓練をさせられる。
ヴァルハラとはアウトサイダーを戦わせるために存在するようなシステムだ。
あの白紙の者が私達をこの世界に連れてきたのは何のためなのか、この世界で戦わせるのは何のためなのか。
「シト様」
「んぁ……?」
私は起こされて初めて自分が寝ていたことに気づいた。
「えーっと、あなたは――」
「スケッゴルドです、復活のお時間です」
「そんなに寝てたの」
「ええ、それはもうぐっすりと」
急いで服を着て装備を身に着ける。
スケッゴルドに着いて行き、外へ出るとおそらく全員であろうヴァルキュリヤが揃っていた。
皆が頭を下げてこう言った。
「またのお越しを」
ただの見送りの挨拶なのか、それともまた戦死しろということなのか。
後者だとしても彼女達ヴァルキュリヤはアウトサイダーのために作られたシステムの一部のようなもの、悪意はないと思いたい。
足元に光が現れ、死んだ時と同じように吸い込まれる。
『バインドされたリスポーン地点を選択してください』
「えっ」
暗黒空間でいきなりゲームを思い出させるシステムメッセージウインドウが現れる。
どうもM&Mのゲームシステムとこの世界は妙なところで噛み合っているみたい。
M&Mでは最大で三つまでの復活地点を設定することができ、それをバインドと呼ばれている。
しかし今回現れたのは、今まで設定していた三つの内二つがなくなっていた。
選べるのは『一番近くの安全地帯』『酩酊港街』だった。
「酩酊港街が選べるの?」
酩酊港街とは港湾冒険者組合というギルドの連合組織が作り上げた街であり、私も復活地点の一つとしてバインドしていた。
そこが選択可能ということはあの街もこの世界に来ているということなのか。
試しに酩酊港街をタッチしてみると、酩酊港街にある自宅の扉が目の前に現れた。
「大丈夫だよね?」
少し不安だがドアノブに手をかけて扉を開く。
扉の中は真っ暗だが、ゲームの時はこれを通ると復活と転移が完了する。
「大丈夫、大丈夫」
そして扉を通ると急に目の前が明るくなり、みたことのある光景が広がっていた。
酩酊港街の自宅の玄関を通ったところだ。
後ろを振り返ると酩酊港街だった。
「へ、へへ……知ってる場所だ!」
見た事のある場所にいるというだけで嬉しさと安心感が溢れてくる。
「おかえりなさい、マスター」
「ひっ!」
急に後ろ――家の中――から声をかけられてビックリした。
振り返るとこれまた見た事のある顔があった。
黄色い髪、球体間接、サイバー系のメイド服を着た人形のような美少女。
「キャロライン?」
私が作成したNPCだった。
「あれ?マスター帰ってきたんだ~」
横の部屋から出てきたのもまた私が作成したNPC。
紫色の髪、赤い瞳の和風メイド服を着たこれまた美少女。
「コンスタンス……」