お袋さんには見せられないな
ライオン系獣人プレイヤーの二人組、ミスターGとミスターD。
彼らは傭兵として活動しており、銃器をほとんど使わず夜に紛れて弓矢と刃物でプレイヤーを襲うことから片方がゴースト、もう片方がダークネスと呼ばれ始め、次第に二人もそれを名乗るようになった。
今回の彼らは兄であるミスターGが航空機の操縦を、弟のミスターDが後部座席で機銃手をやっている。
手に入れたばかりの航空機の練習をしていたところいきなりこの<二十八番目の世界>に飛ばされた二人はまだ眠っていない。
「撃て!銃身が焼けるまで撃てぇ!ヒャーハハハ!」
「静かにしろよ……ヒャッハー!皆殺しだァー!」
冷静なフリをしているが兄のミスターGもハイテンションなのである。
リッジウェル邸の物置を走る老人、リッジウェル家の執事長トール。
リッジウェル邸の物置は物置というには大きすぎるものだった、二階建てで地下も存在し、そこにポーションなどの薬品が置いてある。
(最近すぐ息切れするな……俺も歳か……館長の気持ちが分かってきた気がする)
地下へ続く階段を目の前にした時、壁を突き破って三体のモンスターが入ってくる。
前に一体、後ろに二体のムーンビーストが槍を持っていた。
「はぁ、あまり年寄りをいじめてくれるなよ」
そう呟いて右手の手袋を外す、すると右手の平に刻まれた傷から赤黒く禍々しい光が漏れ出す。
「元”図書館員”として、代償を伴わない戦いを」
リッジウェル邸が襲撃されてから数十分が経過、シトは三階から二階に下りて窓から銃撃を行う、もう右手なしでの射撃にも慣れてしまった。
庭は警備隊とモンスターの乱戦になっており、この建物も一階までモンスターが侵入してきているため、階段にテーブルなどを置いてバリケードを作って食い止めている状態だった。
クリムとはメイドや執事たちと一緒にバリケードで戦い、ウルスラは馬車に使う馬が既にモンスターによって殺されているのを発見して戻って報告をした後、庭の戦闘に参加。
トールはポーションをシトに向かって投げ渡すと警備隊たちと共に庭での乱戦に参加、ウィルマとセリカは長女のロレッタを三階まで移動させるために介抱しているらしい。
馬が殺されているのは致命的で、モンスター相手に走りで勝負をしても勝てるはずはないし、なにより長女のロレッタが妊婦だというのが問題だった。
アイローゼ教会という宗教の施設で、いつでも出産に対応できるように準備をしている旅館と助産所を組み合わせたようなところファイロ帝国にあるらしい。
そこにロレッタを預けるためにウィルマが馬車でファイロ帝国へ赴いた帰りにクリムとシトを発見したという。
ある意味シトが拾われたのはロレッタのおかげかもしれないと思うと見捨てられず、もはや戦って勝つ以外に生き残る道がなかったのだ。
「クソ!クソ!死ね!死ね!」
トールが投げ渡してくれた治癒系のポーションで血は完全に止まった、出血によって意識が朦朧としたがそれも多少回復し、少なくとも生命維持には問題ない。
だが痛みを軽減する魔法の効果は薄れ、今は激痛と怒りがシトを支配していた。
「はぁはぁ……私こんなに怒りっぽかったっけ……」
右手を切断されれば大抵の人は怒るかもしれないが、それにしても怒りすぎな気がした。
自身の精神的な異常に気づける冷静さはあるのにも関わらず、モンスターが視界に入ると腹の底から怒りが込み上げてくる。
五発撃ちきったので小銃を置いて弾薬を纏めたクリップを弾薬盒から取り出す。
「……これが最後……」
九十発持っていた弾薬をよく片手で使い切れたもんだと自分に関心したが、現状で弾切れは最悪の事態だ。
元々M&Mは探索を行って敵やダンジョン、資源を発見した後しっかりと準備をしてもう一度行くというプレイが多い。
様々なやりかたがあるが、シトの場合は軽装で壊れにくい武器を持って動き回るというものだったため、弾薬は多く持たなかった。
最後のクリップを小銃に押し込みボルトを動かす。
「九九式は残り五発、ルガーは予備のマガジンを合わせて三つ……」
シトは銃を携帯する時、安全装置があっても薬室に弾を装填せずに持ち歩いているため、拳銃をいつでも使えるように装填を行う。
小銃を肩にかけ、左手では少々難しいがなんとかホルスターから拳銃を取り出し、右の脇に挟んで左手でコッキングを行う。
ルガーP08はトグルアクション式という珍しいもので、装填と排莢を行う時に尺取虫のような動きをする。
そのおかげか片手でも思ったより簡単に装填できたが、手袋を付けていると引き金に指をかけずらい拳銃でもあった。
シトがなぜルガーP08を持ち歩いているかと言えば、日本軍が鹵獲や輸入をしたルガーP08に菊の刻印を施したM&MではレアなルガーP08(菊入り)だったというだけである。
「前まで持ち歩いてたオートリボルバーよりはマシかな」
人に譲った銃を想いながら拳銃をホルスターに収め、窓の外を見る。
警備隊はまだ戦闘を行っているが、空を旋回していた航空機の姿が見えない。
「音も聞えないしどこに……えぇ?」
発見できた、その白と黒の航空機はフラフラと揺れて落下していた。
墜落ではなく捨てられたようで、パラシュートが二つゆっくりと落下して来るのが見え、その大声はそれなりに離れているはずのここまで聞えてくる。
「よく女子供が撃てるな!」
「簡単だぜ!動きが鈍いからな!HAHAHAHA!」
シトは”ゾーリート愚連隊”というギルドに所属しており、レイドボスの討伐イベントでギルドリーダーが二人を傭兵として雇ったことがある。
飛行機に乗っていたからなのかいつもの弓矢は持っていないが、有名な映画のセリフを言いながらマシンピストルを乱射する二人のライオン系獣人、間違いなくゴースト&ダークネスだった。
「あの二人あんな性格なのに”ヒャッハーズ!”に入ってないんだよね」
ヒャッハーズ!というはっちゃけたプレイヤーが集うエンジョイ勢ギルドが存在し、そのギルドメンバーは全員あんな性格だった。
そんなことを思い出しつつ、シトはコンパス取り出す。
光の反射で合図を行う時は指で丸やピースなどの照準を作って対象を捉え、そこに光をあてるというのが正確な方法。
しかし今のシトは右手が無いので、銃剣を窓枠に突き立て、三十年式銃剣のJのような形状の鍔を照準代わりにして合図を送る。
「おっ、イエーイ!」
「イェア!」
二人はシトの合図に気づいて落下しながら手を降る。
これで少なくとも誤射には気をつけてくれるはずだ。
(飛行機に乗っててそんなに銃弾を持ち込んでるとは思わないけど、少しはモンスター倒してくれるよね)
緊急クエストなどで知らない人―顔は見た事あるが―と協力できるというのは何か嬉しいものがある。
残り少ない弾薬は確実に命中させたいので、二階からの射撃は中止して階段付近での防衛を手伝おうと考え廊下を歩き出す。
モンスターを殺すことを考えると怒りが沸いて来る。
(ああクソ!手が痛い!ないはずなのになんで痛いんだ!)
切断面の痛みを右手の痛みと勘違いしているのか、プラシーボ効果の類なのかはわからないが、右手に痛みがあった。
(怒りで痛みを忘れるなんて話を漫画で読んだ気がしたけど、私は怒り足りないのか?)
セリカに使ってもらった[センドロリーギ]という鎮痛魔法は一定時間経たないと再度使用しても効果がないらしい。
シトが廊下を歩いているとセリカが階段から降りてくるのが見えた。
長女のロレッタを三階まで移動させ、ウィルマはロレッタのところに残ったのだろう。
セリカがこちらに気づき、歩み寄ってくる。
「あっ!」
だがその後ろから二体のグールが接近するのが見え、シトは全力で走る。
ここから銃を撃てばセリカに命中する危険があり、なおかつボルトアクションライフルは連続で撃てないためもし外せば間に合わないかもしれない。
必死なシトの姿を見たセリカも後ろに危険があると察し、振り向きながらシトの方へ走り出す。
「オラァ!」
大口を開けて飛び掛るグール、それに対してシトは自分の右腕をあえて噛み付かせ、そのまま地面に叩きつけて押さえつける。
小銃をセリカの方に向かっているもう一体のグールに向けて発砲。
弾丸はグールの左脇から入り右肩から出て窓まで貫通した。
「ぐぁっ!クソ!」
一体は倒した、しかし押さえつけているもう一体のグールはシトの右腕をより力を込めて噛み、グールの右腕はシトに足で押さえつけられているが自由な左腕の爪はシトの右肩から肩甲骨の辺りまで突き刺さっている。
シトは左手に持った小銃を手放し、ホルスターから拳銃を取り出して押さえつけているグールの胴体に乱射する。
「死ね!死ね!」
マガジン一つ分を撃ちきると拳銃を手放して銃剣を抜き、グールの目を突き刺す。
グールは絶命し顎の力が抜けるのを感じた。
「痛い痛いヤバい!」
「う、動かないでくださいね!」
セリカはシトに刺さったグールの左手の爪を一気に引き抜き、グールの口を開いてシトの右腕を解放した。
「[スペリオルヒーリング]」
セリカの治癒魔法を受けたシトの傷は血が止まりかなりの速度で塞がった。
治癒魔法は切断などの元々あった肉体が失われた怪我に対しては止血程度しかできないが、刺し傷や切り傷などの広げられてできた怪我には非常に有効。
「はぁはぁ……あの、痛いんだけどどうにかなりません?」
ただし傷を塞げても痛みは消せない。
「ごめんなさい、再使用にはまだ時間が……それに今ので魔力をほとんど使い切っちゃいました」
「あそう……まあいいや、ところで今のグールってどこから来たんです?階段から来たわけじゃないみたいだし」
「恐らく北側にあるリフトかと……」
「リフト?」
「荷物や食事を上の階まで運ぶためのもので、箱や椅子で塞いでメイド長が見張っていたのですが……突破されたかもしれません」
クリムやシトのために用意された食事などを運ぶのに使用されたリフトは頑張れば人間一人は通れる大きさがある。
「じゃあそこの様子を見に行きましょうか」
「はい……ですがメイド長は元ファイロ帝国書記官鳥親衛隊です、もし彼女が倒されたとしたら……」
「強い敵がいるということですか……私だけで行きますんでセリカさんは助けを呼んで来てください」
「わかりました、リフトはこの廊下の突き当たりを右に行って左側二つ目の部屋です、どうかご無事で」
セリカは一礼すると助けを呼ぶために階段を下りて行く。
シトは拳銃のマガジンを交換してホルスターに収め、小銃を持って排莢を行う。
「痛いし怖いし……嫌なっちゃうなぁ」
ウィルマに拾われなければ右手は無事だったのではないかと今更考えたが、こんなこと誰も予想できないだろうと思い偶然って怖いなと考えながら廊下を走った。
「あとどれだけ戦えば良いのでしょうか」
「アウトサイダーの方々のおかげでかなり減りましたが……どう思います警備隊長」
ウルスラは魔法で自身を強化して格闘術でカウンターを狙うという防御と持続に特化した戦闘スタイル。
トールは魔法により遠距離から対象の体力を奪ったり、直接触れることでエネルギーを流し込み攻撃をしたり回復したりする能力を主に使用している。
「[アドモーテンイニミクス]」
警備隊長の振り下ろしたハルバートはムーンビーストの持っている槍ごと頭を叩き割る。
「舞い降りたアウトサイダー達のおかげで勝機は見えた、我々にできるのは命尽きるまで戦うのみ」
全身を覆う甲冑とフルフェイスのヘルメットのせいで表情はわからないが、それなりに積み重ねたはずの年齢を感じさせない発言と乱れない呼吸の音が周囲にいる者を安心させ、同時に士気を高めた。
「そうですね、しかし……」
トールが声を出しながら視線を動かした先にはおおよそ六十体ほどのモンスター、そしてそのモンスターを次々となぎ倒す二人のイカレた獣人。
「この前よぉ!彼女のアソコに鼻突っ込んでへへっ、こう言った、おおっホントでけぇな!おおホントでけぇな!」
左手にマシンピストル、右手にシャベルを持ったライオン頭の男二人が冗談を言いながら次々に発砲と打撃、斬撃を行う様は非常にシュールだった。
「彼らは何なのでしょう」
「気狂いだ、放っておこう」
モンスターの大半はグールでありモンスターの中でもグールはかなり弱い、数が多いと厄介だが半分以上は爆撃と機銃掃射で倒されたため警備隊だけでも勝ち目があった。
問題なのは減ったと言っても数はリッジウェル邸の戦闘員より多いので全てを抑えることはでない、そのため早めに庭のモンスターを掃討して館の援護に向かう必要があることだ。
(早くウィルマのところに行きたい……私に甘えたくてたまらないに違いない)
ウルスラはウィルマの顔を思い浮かべるだけで力が沸いてくるような気がしていた。
(可愛くて食い意地が張ってて、わがままだった頃も可愛かった……おっと)
少し思い出に耽って油断してしまったが、目の前でこちらを窺うグールを視界に捕らえ、拳を固めて構える。
その時だった。
ダァン!
大きな音が鳴り響くと同時にウルスラが向かい合っていたグールが倒れた。
(シト様……じゃないよな?)
大きな音ならライオン頭の二人や館にいるクリムやシトが出せる。
しかしライオン頭の二人は先ほどから使っている銃は拳銃弾を使用、クリムは散弾を使用。
シトは少し前から撃つのをやめていた。
ウルスラに弾薬の違いはわからなくとも音の違いはわかる。
(音はシト様のやつに似ているが……なに?!)
ウルスラと向かい合っていたグールが倒れたのを始めとして、次々と周囲のグール達が銃声と共にテンポ良く倒れ始めた。
銃声は五回で途切れ、数秒経つとまた五回、それは数分間続き、しばらくすると一人の女性が姿を現した。
「こんなことに遭遇するならもう少し弾薬を持っていても良かったかもしれませんね」
狙撃銃を背負い、青いコートと三角帽子を被った女性はまるで散歩でもするかのように軽やかで優雅な歩き方だった。
正面の門から堂々と歩き、飛び掛ってくるグールを一瞬も気に止めず左手に持ったソードオフショットガンで撃退し、装填を行いながらライオン頭の二人に近づく。
「あの信号弾を撃った方はどこにいらっしゃるのでしょうか?」
「あの館の二階にいたよ、多分建物の中でNPC守ってるんじゃねぇかな」
「そうですか、私は散弾銃しか弾が残っていないので建物の援護に向かいますね、それではごきげんよう」
二人に一礼した女性は館へ再び歩き出した。
「兄弟よ、気づいたか?今の人PKだ」
「ああ、さっきの銃声からして持ち歩いてる弾薬は二十発程度の軽装、狙撃銃を使った待ち伏せが前提の先手必勝一撃必殺スタイルのPKだ」
「いや、あのショットガンのエングレーブってPK上位プレイヤーの報酬じゃん?」
「そういえばそうだった」
シトはリフトのある部屋の扉を開ける。
かなり広めの部屋、そこには二体のグールと一人の女性がいた。
女性は右手にサーベルを持ち、腰の後ろに構えている左手はオレンジ色の炎が宿っている、彼女がメイド長だろう。
対して二体のグールは通常のグールよりも大きめの体格で、長い爪は短く切り揃えられており、一体は剣を握りもう一体は斧を握っていたが、なによりの特徴は黒いオーラを纏っている事だった。
黒いオーラを纏うのは単純な雑魚モンスターの強化版であり、今回の場合プレイヤーにはオーラグールと呼ばれている存在。
「オーラグールが二体……マズいな」
オーラグールは肉体の硬度も増しており、今持っている武器では九九式短小銃でなければ効果はない。
「あなたは……おっと!」
メイド長は一瞬シトに気を取られ、その隙を後ろのグールに突かれ剣を振り下ろされたが、サーベルで受け流すようにして回避する。
それと同時に目の前にいるもう一体のグールの足元にサーベルを振りかざしながら移動して距離を取りシトの前に背を向けて立つ。
「手を貸していただけますか?」
「片手でよければ」
「十分です、どれくらいやれますか?」
「少しの間抑えてくれれば一体はやれます」
「わかりました、ではいきます」
メイド長は炎の宿った左手でサーベルの刀身をなぞる、するとサーベルの刀身が炎を纏い、左手からは炎が消えていた。
シトの戦闘能力が未知数なためグール達は慎重にシトとメイド長を観察していたが、メイド長が動いたことで攻撃を行った。
二体の内どちらかが攻撃を受けても残った方がメイド長に攻撃を加えられる。
つまりさっさとメイド長を殺してしまおうという考えなのだろう。
剣を持ったグールはあえてメイド長のサーベルを受け、刀身を握り締めた。
「差し上げます」
だがメイド長はサーベルを手放して刀身を握り締めたグールを蹴り飛ばし、もう一体の振るう斧を回避すると同時にグールの両手を包むように握る。
そして子供の餅つきを手伝うかのようにグールの斧を床に刺す。
一瞬の出来事だが、一体のグールは魔法の炎で手にサーベルが張り付き、一体のグールは斧が地面に刺さり使用できない常態が生まれた。
ダァン!
銃声が室内に響く。
斧を持ったグールは横にメイド長がいるので危険と判断し、サーベルで両手が塞がったグールを狙った。
貴重な弾薬だが惜しんでいる余裕はない、今はこのチャンスで確実に倒すことが大事だと思い何度も銃撃を行う。
オーラグールは7.62x51mm弾を五発耐えたという話があり、シトの使用している九九式普通実包は7.7mmなので比較は難しいが、少なくとも簡単には倒れてくれないだろう。
「死ね!大したアイテムドロップしないクセによォ!」
「グアァァァ!」
三発打ち込むとオーラグールはその場に倒れた。
残った一発を倒れたオーラグールに撃つか一瞬迷ったが、一体はやれるとメイド長に言い、メイド長もそれを良しとしたので温存する必要はないと考え発砲した。
「グッ……」
銃弾が顎に命中し後頭部から出て行くと倒れたオーラグールは完全に停止した。
それを見たメイド長は素早くサーベルを手に取り、今だ斧を引きぬけないオーラグールと向かい合う。
だがその時――。
「……ァッ!」
四発の弾丸を受け、頭部も損傷しているはずのオーラグールは最後の力を振り絞りメイド長の膝裏に蹴りを入れた。
「なっ?!」
大した力ではなかった、痣を作ることすらないであろう貧弱な蹴り。
だが膝裏、関節の方向に蹴りを入れられ少しバランスを崩したメイド長の隙をもう一体のオーラグールは見逃さなかった。
オーラグールは斧を引き抜くを一旦諦め、素手でメイド長の左腕を掴む。
「しまっ――」
そのままメイド長をシト目掛けて投げつけた。
「きゃっ!」
二人は衝突した。
シトは壁に背中を打ちつけ、メイド長は頭部を強打して左腕が曲がってはいけない方に曲がっている。
「ぁぁ頭が……」
シトは後ろが壁だったため立っていられたが、投げられて頭部にダメージを負ったメイド長は視界が安定せず、サーベルを杖のようにして立ち上がろうとするがすぐに動けない。
そんな二人をオーラグールが待つはずがなかった。
「あっ」
シトはオーラグールが床に刺さった斧を引き抜くのが見えた。
そしてその構えは斧が届く距離ではないにもかかわらず大きく振りかぶっている。
「くそ!」
シトはすぐに察した、現在シトとメイド長は直線で並んでおり、オーラグールは斧を投擲して二人同時に殺そうとしている。
「グルァ!」
オーラグールが斧をシトとメイド長目掛けて投擲した。
風を切る音を出しながら飛んで行く斧は確実に二人を捕らえている。
「ごめんなさい!」
しかしシトは少し移動し、メイド長を思い切り蹴り飛ばした。
シトに蹴り飛ばされたメイド長は再び床に倒れ付したが、幸いにも斧は命中しなかった。
だが少し移動したとはいえ、幅の広い斧から完全に避けることはできなかった。
「あああああ!またかよ……ちくしょう!あーもう!あー!あー!うんざりだ!」
メイド長を蹴り飛ばした左足は完全に切断されて地面に落ち、大量の赤いドライアイスの煙のようなものが流れ出していた。
シトは←多くね?