馬泥棒
「あんた……アウトサイダーか?」
村人が自分から話しかけるというのは奇妙であり、発したアウトサイダーという名称は聞いた事がない。
(この地方のNPCは私の種族をそう呼ぶ設定でもあるのかな?)
M&Mは様々な種族を選ぶ事が可能で、報酬などで選択可能な種族を増やしたりできるが基本的に能力に差はなく、あったとしても銃の前では無力でありアバターの外見以外あまり気にする事がない。
しかし特定の種族でのみ発生するクエストというのも少数ながら存在はするらしく、あえて珍しい種族でプレイする者は多い。
シトはその類のクエストだと思った。
NPCとの会話は録音された音声を再生するだけなので勝手に話し始めるはずだが年老いた村人は呆然とした様子で何も喋らない。
「なんだよアウトサイダーって」
「あ、あんた別の世界から来たんじゃろ……?」
独り言のつもりが会話が成立している気がして、話しかけてみる。
「あのーよくわからないんですが別の世界って?」
「伝説の通りじゃ……この世に怪物が現れ人々を襲う、そして怪物を退治するために別の世界から兵隊がやってくる、そやつらはでっかい音の鳴る槍を持ち奇妙な格好をしていると……」
(ボケてんのかなこのおじいちゃん)
これはどう見てもNPCではなかった、それぞれ違う顔で表情が変わり会話が可能、作り物とは思えない中身の詰まった人間だ。
プレイヤーが村人ロールプレイを楽しんでいるのだろうかと思っていると、新たに西側からグールが多数接近しているのが見えた。
「多くない?」
村で発生する緊急クエストにしては数か多すぎた。
この程度の規模の村ならばせいぜい十体くらいのはずだが、今見えているグールは明らかにニ十体はいた。
シトは混乱しつつも一番狙いやすいグールに照準を合わせて発砲する。
ダァン!
ダァン!
弾を撃ち尽くしたシトは素早く弾薬盒からクリップを取り出し装填する。
そしてもう一度狙いを定めようとすると後ろから悲鳴が聞える。
振り返ると東側からさらに十体ほどのグールが接近しつつあった。
東側に逃げていたのであろう村人は村に逃げ帰ってくる、しかし前方からも接近するグールを見て脚を止めるか迷っている。
(こりゃ無理だ、逃げよっと)
自分が村に来る前、落下して来た方に向かって走り出す、しかし。
「グルァァ!」
「えっ!」
家の窓からグールが飛び出しシトに襲い掛かった。
最初に暴れていたグールはシトが撃ち殺した三体以外にもおり、家の中に侵入していた。
おそらくは家の中の村人を殺し終えた後、外にいるシトが見えたのだろう。
とっさに銃を構えようとするが間に合わない、それなら殴ってやろうと銃床をグールに向かって振りかぶる。
グールも右腕をシトに振りかぶり、おおよそ相打ちになるであろう思っていると――。
グシャ!
嫌な音と共に目の前のグールが吹き飛んだ。
何事かと思い吹き飛んだグールの方を見ると、そこには馬に乗った騎士がいた。
「無事か?!」
その騎士は馬から降りてシトに問いかけ、そして次々と馬に乗った騎士達がグールに対して槍や剣を突き刺しているのが見えた。
シトは東側の十体のグールを見てすぐに逃げてしまったため見えていなかったが、騎士達は東側から来ていたのだ。
「あー……はい、助かりました」
「そうか、よかっ――」
良かったと言いかけた騎士はシトの姿を見て一瞬動きを止め、なにを感じたのか乗っていた馬に引っ掛けていた盾を左手に持ち、右手はスターフルーツみたいな形のフレイルを構えた。
フルフェイスのヘルメットから窺うことはできないが、警戒のようなものをシトは感じ、銃口は向けていないが、銃床を肩に当てて構えてしまった。
少しの間無言で睨み合う、すると構えている騎士の後ろから、別の騎士が声をかけた。
「ダイソン!何をしている?」
「スケイルズ団長、アウトサイダーです、さっきの大きな音はこいつでしょう」
スケイルズと呼ばれた騎士もまたフルフェイスのヘルメットを被っている、フェイスシールドに一つの目のような模様があるが表情はわからない。
しかし手に持ったロングソードを構えていることからやはり警戒をしている。
(あの持ち方なんだろ?)
ロングソードを構えてはいるが握っているのは刀身だった、それは刃よりも打撃が有効な相手、もしくは非殺傷の攻撃を行う時に使われるものであったが、シトはそれを知らない。
恐怖を感じたシトは少しずつ下がり、ダイソンとスケイルズはゆっくりと距離を詰めようとする。
しかし既に多数のグールが村に侵入しており、運が良いのかグールが一体ダイソンに飛び掛り上乗りになる。
スケイルズは迷うことなくシトを無視し、ダイソンに上乗りになったグールの首にロングソードの鍔を引っ掛け引き剥がそうとする。
ダイソンもただ乗られるのではなく、グールと自分の体の間に盾を滑り込ませた。
「団長!」
「ああ!」
スケイルズは右手でロングソードの握りを、左手で刀身を持って狙いを定め、グールに突き刺す。
貫通したがダイソンの持つ盾に当たり止る。
グールに乗られたダイソンとそれを助けようとするスケイルズを見たシトは、一目散に二人をスルーしてダイソンの馬に飛び乗る。
M&Mにおいて馬は最も使われる乗り物。
M&Mには時代制限というシステムが存在しており、ダンジョンや一部のエリアは限定された時代や種類の武器や乗り物しか使えない事がある。
そういった場合に備えて事前情報ありきでダンジョンに行ったりする時以外は制限されている事の少ない古い武器などを持ち歩くのが基本。
特に乗り物などは未知のエリアで車やバイクが使えるとは限らないため移動のほとんどは馬か徒歩になる。
そのため馬はM&Mのプレイヤーで乗れない者はいない、それどころかブリーダーとして稼いでいるギルドが存在している。
「よいしょ!」
シトは鞍にしっかりと跨り手綱を握る、その時グールが一体向かってくるのが見え、一度手綱を放し銃を構えて即座に発砲する。
ダァン!
すると馬は急に鳴き声を発しながら暴れるように東へ走り出した。
「うぇっ?!」
後ろから「馬泥棒!」という声が聞えるがそんなことを気にする余裕はなく、咄嗟に振り落とされまいと銃を持っていない左手で鞍を掴む。
(この子ガンシャイ持ち?)
M&Mの馬や犬などプレイヤーが飼える動物にはガンシャイというステータスを持つ個体が存在し、そういった個体は銃声に怯えてしまうためブリーダー達を悩ませている。
訓練によって屈服させる事も可能だが、非常に面倒なため「このシステムいらねぇだろ」と言われている。
(でもM&Mの馬にしては挙動がリアルだなぁ、というか股が痛い……痛い?)
ずっと全力で走っていた馬は疲弊し、ゆっくりと脚を曲げるとその場に座り込み倒れてしまう。
馬から降りたシトは自分の内股に触れる、すると確かに鞍と擦れて傷が付いたであろう痛みがあった。
M&Mに限らずVRゲームではほとんど痛みを感じない、しかし今は現実で怪我をした時と同じ感覚がある。
今度は辺りに誰もいない事を確認し、傷を確かめるために自分のスカートを捲った。
(暗黒化規制はされてるのかよ)
暗黒化とはM&Mに多く存在する規制システムの一つであり、スカートなどの服装をしているプレイヤーの下着が見えないようになるシステムであり、これを有効にしていると露出した時黒い靄になる。
18歳未満は自分の以外無効にできず、他人のも無効にしても無効にしているプレイヤー同士でしか見る事はできない。
18歳未満のシトは当然他プレイヤーの暗黒化は有効になっているし、自分のも別段見る機会はないので有効になっている。
「明らかに現実っぽいのに、もう何がなにやらだなぁ~……」
肩にかけた小銃を手に持ち替え安全装置をかけてその場に座り込んだ。
溜め息を吐きつつ空を見上げる、すると日がかなり落ちているのが分かった。
ここに落ちて来た時既に日が傾いていたのか、自分では気づいていないだけで相当な時間が経ったのかは分からない。
周囲を見渡すと今までと同じく草原が広がっているがある場所に気が付く、道が北と南へ向かって伸びていた。
そこは舗装されたというよりは何かが頻繁に通るため地面が掘り返され自然と出来上がったような道だった。
「あの道どっち行ったら良いと思う?」
「ヒヒィン……」
「ああそう」
馬に話しかけても意味はないが気を紛らわすために何か言葉を発したかった。
「まぁいいや、もう少し休んだら移動しよう、ね?」
馬を撫でながら横に寝て体を休める。
(というか私疲れてるし)
VRゲームは大抵の場合体を動かさない、M&Mも同様のため疲労などは感じないはずであるが、思えば村に向かって走った時も呼吸が乱れるのを感じた。
もはや妙な現実味に違和感を感じるのは当然のことのように慣れてしまった。
横になってゆっくりと目を閉じると風が吹き体を冷やされる、シトは体を胎児のように丸めてマントを掴んだ。
『やあ』
「あ、アンタは……」
『随分早く寝たんだね』
そこには白紙の者がいた。
男と女、少年と少女、老人と老婆が同時に喋っているかのような声で話しかけてくる。
「アンタいったいなんなんですか?」
『私が何者かなんてどうでもいいさ、知った所でなにかあるわけでもないし、その気になれば知れることだし』
「それじゃあ私に何の用が?私に何が起こってるの?」
『君達に用があるのは私じゃないよ、何が起こってるかは君も気づいているだろう?ただ認めたくないだけで』
「……これはどうせ夢、馬鹿馬鹿しい」
『まあ確かに夢だけど、目を覚ましてもそこは自分の部屋じゃないよ?君達が異界に召喚された事実は変わらない』
「なんで私を連れて来たんですかね?」
『今後現れる……君達風に言うとすっごく強いワールドレイドボスを倒して欲しい』
「私じゃないとダメ?」
『君に拘ってるワケじゃない、君じゃなくても彼女の望みを叶えることはできる、私はこの<二十八番目の世界>に連れて来ただけだし』
「にじゅうはち?それってどう――」
『おっと、お目覚めの時間だね、話すぎたのか君の睡眠が浅いのか、まあ他の子にも聞いてみるといいさ、さようなら、もう会うことはないだろう』
目を覚ますと空は綺麗なオレンジ色で、既に日没であることをすぐに理解させられた。
そして辺りを見回すとさっきまで――寝る前まで――いた馬がいなくなっていた。
「お馬さんどこいったんだ……」
ゲームでは放っておいても勝手にどこかへ行く事はなかった、しかしこの<二十八番目の世界>とやらではそれが通用しない。
(とりあえず生き物にはゲームの感覚を当てはめない方が良いかな)
少なくとも今まで見た村人やグールや騎士や馬は明らかにゲームのために作られた存在ではなかったし、夢の中で出会った白紙の者の言葉で納得はできないが現状を理解できる。
(ゲームの世界……というよりもゲームのシステムが通用する世界?)
考えても答えを出せそうに無いことは考えないようにして、今するべきことを考える。
あの白いヤツは「他の子」「君達が」「君じゃなくても」など自分以外にもM&Mプレイヤーが存在している可能性を感じさせた。
(一人じゃ不安だし他にも誰かいないか探そう、安全地帯か警戒地帯に行ければUI開いて確認できるかもしれないし)
明るいうちに早く移動しておこうと思い寝る前に見えた道まで行き、立ち止まり小銃を持つ。
「弾頭の方に行く」
シトが小銃のボルトを引くと未使用の弾薬が飛び出し地面に落ちる。
落ちた弾の弾頭は南側、正確には南東を向いていた。
落ちた弾薬を拾いポケットに入れて南側へ続く道を歩き始める。
二時間後――。
「疲れた……」
シトは体力がある方だと思っていたが歩き疲れてしまった。
加えてシトの持つ九九式短小銃は3.8キログラム、弾薬盒は前盒を一つ取り外しているため後盒と合わせて九九式普通実包を九十発を持っている。
VRゲームに疲労という概念はなく、持ち物の重量は移動速度以外影響しなかった。
しかし現実となった今ではもっと考慮すべきことかもしれない。
(完全に日が落ちたなぁ、それでも明るいけど)
夜でも空は以外に明るい、星もだが月が異様に明るく大きく見えた。
立ち止まって空を見上げていたが、綺麗な光景への感動より疲労感の方が強い。
思えばゲームからログアウトした後に寝てすぐにこっちの世界に来たのなら馬に逃げられた時しか寝ていない。
そんな事を考えていると向かい側から灯りが近づいて来るのが見え、すぐに道を外れて膝をついて銃を構えた。
モンスターであることを考えての行動だったが、しばらくしてその正体がわかり銃を下ろす。
「馬車?」
馬車の手綱を握った者の隣に座っている者がカンテラを持っており、その光が見えていたようだ。
(どうしよう……声かけようかな?)
騎士はあまりアウトサイダーとやらに良い印象がないのか警戒の色が強かった、村人は珍しいものに出会ったかのような反応だった。
話しかけていきなり刺されるということもあるかもしれない。
だが全ての者が警戒心を抱いているとは限らないし、下手をしたら野垂れ死にもありえる。
人間は一日に2リットルの水が必要とされ、シトの場合は歩いて汗を流したためもっと必要な可能性がある。
大よそ三日間水を飲まなければ内蔵の機能が低下、死に至る可能性が高まる。
もっとも十八日間飲まず食わずで生きていた人物もいるらしいし、現在のシトは人間ではないため一概には言えないが。
(村人の発言からして銃の概念は通用するかもしれないし、最悪の場合脅せる……よね?)
ゲームとして銃をモンスターやプレイヤーに対して撃つのは慣れているが、<二十八番目の世界>というのが現実だと認識した今は銃口を向けることすらできるか怪しい。
5ポンドほどの力を指先に入れるだけで生き物が死んでしまうのだから。
(まあでも、これが現実なら私が撃ち殺したグールだって生き物だったわけだし……もう手を汚していると思えば……うん無理だ)
小銃に安全装置をかけて背中に背負い、帽子を取って背負った小銃の銃口に引っ掛け、両手を挙げて道に出て立ち止まる。
するとカンテラを持っている者がすぐに反応を見せ、手綱を握る者に話しかけると馬車が止まりカンテラを持ったまま馬車から降りて近寄ってくる。
「あーえっと……はじめまして、私は――」
「またアウトサイダーか」
以外な言葉に呆気にとられていると「ちょっと待ってろ」と言って馬車に戻って行ってしまった。
(「また」ってことは少なくとも一度はアウトサイダーに会ってるのかな?)
少し経つと馬車が動き出しやがて目の前まで来て止まり、さっきのカンテラを持った者は馬車の後ろから歩いてくる。
先頭の馬車しか見ていなかったため気づかなかったがどうやら後ろにも馬車があったようだ。
「後ろの馬車へ行け、お嬢様が会ってくれるそうだ」
「お嬢様?」
カンテラを持った者は頷き、親指で後ろへ行けとジェスチャーをしている。
シトは銃口にかけた帽子を手に持って頭を下げながら横を通り後ろの馬車へ行き、ノックをしようかと迷っていると内側から馬車のドアが開き、三人の女性が視界に入る。
一人目は扉を開けたメイド服を着た女性で、異様に白い肌とキャップからはみ出た髪は薄っすらと緑を感じさせる金髪、耳の尖りからエルフであることが見て取れる。
二人目はメイドエルフの隣に座っている女性、仕立ての良い緑色のドレスを着ており、綺麗な金色の長髪で整った顔立ち、シトより年下に見えるがその品の良さが窺える。
三人目は二人目の向かい側に座っている女性、白いシャツと青っぽいロングスカート、カーディガンを着ている。
それだけなら普通なのだが、とても長い黒髪が伸びる頭には黒い動物の耳が生えており、長い前髪で見えにくい目は青と緑のオッドアイ、猫背だが胸の大きさは隠せていない。
しかしなによりシトの目を引きつけたのは体に装備したチェストリグ、腰のホルスター、そして隣に置いている散弾銃だった。
シトが固まっていると、脚を組んでいた二人目の女性がシトの姿を眺めるように見た後にこう言った。
「座ったら?」