アウトサイダー
しばらくは女主人公のシトがメインです。
『ああ……覚えております……この光景を……こんなにも美しいのに……なぜこんなにも醜いのでしょうか……』
夕焼けが照らす浜辺、そこに佇む一体の怪物は見守る銃火器で武装した者達には目もくれず、ただじっと沈みつつある夕焼けを見つめながら呟いていた。
怪物の姿は腐敗した数百人の人間の体を一度溶かして混ぜ合わせたように手足が飛び出した体、体の正面には涙を流す大きな目が一つ、背中には巨大な鳩の翼が三つ、そして枝分かれしたように伸びた腕が二つ。
その腕には純白の炎が立ち昇る巨大な剣が握られていた。
全長十メートルはあろうかという怪物が剣を握る姿は戦う者のそれではなく、まるで溺れる人間が浮き輪を抱く様な、眠れない子供が布団を抱きしめる様な、そんな縋り付く姿に見える。
『こんな思いを……こんなことを……なぜ生を受けたのでしょうか……』
怪物は海に向かって多数の手足を動かして歩き出し、それと同時に抱きしめる剣の純白の炎が怪物の全身に広がり、そして少しずつ溶けるようにその体は徐々に小さくなって行く。
溶けた怪物の体はやがて人の形となり、両膝を付き腰まで海に浸かったその怪物だった者は今だ太陽を見ている。
『誰か……ほんの僅かでも……答えに辿り着けるように……』
力なく漏れた祈りのような声は緩やかな波の音に負け、誰にも届くことはなかった。
2118年、VRの技術が発達したこの時代では様々なゲームが楽しまれている。
剣と魔法でモンスターと戦ったり、歴史の教科書にあるような戦いを再現したり、ゾンビの溢れる終末で生き残ったり、宇宙人を相手にロボットを操縦したりなど。
ミリタリー&モンスター通称M&M、このVRMMOFPSは数あるVRMMOゲームの中の一つ。
ファンタジーな世界で剣や魔法で戦うのではなく、ファンタジーな世界で銃火器、航空機、戦車、軍艦などでモンスター相手に戦うゲームである。
機関銃が悪魔を貫き、戦闘機がドラゴンとドッグファイトをし、重戦車が巨人と相撲を取り、戦艦がドリフトしながらクラーケンに砲弾を叩き込む。
そんなゲームである。
セスデク:入金確認しました、ありがとうございます。
シト:こちらも確認しました ありがとうございした
セスデク:また機会があれば買ってください。
シト:その時はよろしくおねがいします
「やっと手に入れた」
西洋風で木造建築の大きめな邸、その二階の一室の椅子に座る一人の少女、シトというハンドルネームのプレイヤーが周りに誰も居ないのに声を出す。
九九式短小銃(初期型)と表示された浮かぶウィンドウを消し、手に持った銃を撫でながらうっとりとした表情で眺める。
九九式短小銃は有名な三八式歩兵銃の後継として開発され、M&Mでは簡単に手に入る部類だが、(初期型)と付いたものは10段階あるとされるレア度の中で星5であり、現在プレイヤーが確認している最高レア度が星7であることを考えるとなかなか希少なもの。
しかしレア度とはあくまで希少価値であり、強さではない。
「くくく、この対空照準器、この単脚、初期型にしかないこれ!これが欲しかったんだぁ!」
まるで動物を可愛がるように抱きしめくるくると回りながら喜び、そのままベッドへ倒れこむ。
「ふぅ……さっそく試し撃ちしたいけど、もう寝ないとなぁ……」
ベッドに倒れて上を向いたままのシトは手を天井に、自分の視界に出してウィンドウを開き、ギルドチャットを出す。
シト:そろそろ落ちるわ おやすみ
杏仁豆腐:私も寝る
スモア:おやすみ
シャルロートカ:おやすみー
レイパユースト:また明日
ウィンドウの左下にあるログアウトを押すと、視界が切り替わり、システムメニューに変わる、そしてスリープモードを押すと現実世界に戻る。
歯科の治療に使うようなユニットに人体改造でもするようなヘッドギアが取り付けられたものに座っており、そのヘッドギアを上に持ち上げ、ユニットと固定するためのベルトを外す。
肘掛けを動かしてユニットから降りるとゲームの中でもやったようにベッドへ倒れこむ。
(現実に戻った途端体がだるい……明日学校終わったらナノマシンマッサージ行こうかな……つーかなんでこの時代に歩いて学校行くんだよめんどくさいなぁ)
数十秒倒れたままだったが起き上がり、改めて布団に入って電気を消した。
(たまにはゲーム内じゃなく、現実で瑠子ちゃんに会いに行こうかな……)
他愛の無いことを考えているといつのまにか寝ていた。
そして気づかないうちに朝になり、目覚ましが鳴って朝食を食べ、学校へ行くはずだった――。
『やあ、おはよう』
どこまでも暗い空間、そこに一人、あるいは一体の何かが浮いていた。
(なんだこれ……夢?)
浮いているそれは白紙を繋ぎ合わせたような体型のわからないローブに身を包み、顔は存在せずただ真っ白で発する声は男と女、少年と少女、老人と老婆が同時に喋っているように聞える。
『彼らを助け、彼を助け、彼女を助けてあげなさい、帰りたければね』
「まったく意味がわからないんですけど」
『そうだろうね、まあ君がわからなくても誰かがわかることさ、他人任せにしたって良いんだからね』
「はぁ?」
『君は彼女の願いと私気まぐれに付き合わされる、運が悪かったのさ』
「変な夢だ……あっ、夢だって気づけるのすごくね?」
『これがただの夢なら凄かったかも、さて、もっとお喋りしたいけど、そろそろ行ってらっしゃいだ』
「はいはい行ってきま~す」
『じゃあね、また夢で合おう』
その瞬間全身が溶けてしまうのではないかというほどの光を浴びた。
(風強いなぁ……風?)
部屋には扇風機があったが点けてはいなかったし、そもそもここまで強い風の出るものではなかった。
その異常に気が付き目を見開こうとするが強い風のせいで乾き涙が出るがそれもまたすぐに乾く。
「ちょ!な、なんなの?!」
口を開くと意図したより大きく口が開かれる、そして辛くはあるが見る事ができた。
地上が見えた、綺麗な緑色広い草原、それがどんどん近づいて来るのを見ている。
それ以外に見えるのははるか遠くに森が、その手前に人工的な建物が一瞬だけ視界に捉えた。
少し余所見をしている間に地面はもっと近くなり、そしていよいよという時。
「待って!待って!ちょ!え……」
高速で落下し、地面に接吻する寸前にその体は停止した。
「はぇ?」
鼻の先に草が当たり、気の抜けた声を出した途端また落下が始まった。
「あだっ!」
しかし地面から数センチの高さから落下しても特に外傷はないし痛くもないが反射的に声を出してしまう。
状況が理解できず、何事かと思いながら立ち上がり、辺りを見回した。
(ここは……M&Mだよね?)
自分の体を見てみればM&Mのアバターの格好をしている。
上は黒い学ランを着て黒い学生マントを纏い手には白い手袋、下は黒いプリーツスカートと白いニーソックスに茶色い編み上げブーツ、頭には黒い学生帽が乗っかっている。
腰には歩兵用弾薬盒を巻いており、左側には三十年式銃剣、右側には無理やり付けたルガーP08のホルスター、そして背中には九九式短小銃を背負っていた。
帽子をとって前髪を見てみると真っ白な頭髪であることが確認できた。
「うん、間違いなくM&Mだなぁ……」
確信を得たシトは試しにゲームのUIを出すために右手を真っ直ぐ伸ばし指を二本立てて時計回りに動かす。
M&Mに限らずほとんどのVRゲームでUIを表示するには特定のアクションを行う必要がある、シトの場合は手を伸ばしてピースサインのまま時計回りに動かすというのに設定しているが、他にも指パッチンだったり、拍手を二回だったり、ぐわしなどに設定している者もいるが、基本的にうっかりやらないような動作に設定している者が多い。
(UIが表示されない……ってことはここ危険地帯なのかな?)
M&Mには基本的に三種類の地帯が存在する。
一つは安全地帯、プレイヤーはダメージを受けずモンスターも侵入できない、基本的には街や村、ギルド拠点などであり、ギルド拠点の場合はダメージを受けないプレイヤーをギルドメンバーに限定したり、同盟のギルドや特定のプレイヤーにも安全権を与えたりできる。
二つ目は警戒地帯、プレイヤーはUIを開いて予め専用のスロットにセットしたアイテムを取り出したり、チャットやボイスチャットもできるが、モンスターに発見されるとUIは開けなくなる。
三つ目が危険地帯、プレイヤーはUIを開けず装備の変更ができない、チャットやボイスチャットの使用もできないので他のプレイヤーと連絡を取るには通信機や伝書鳩やモールス信号を使う必要がある、もちろんモンスターもいるし新たに出現する事だってある。
(どうしよ、死のうかな?……いや、落ちる時に村見た気がするしそこ行ってみるか……デスペナルティ嫌だし)
警戒地帯でもUIを開ければ安全地帯にテレポートできる、逆に安全地帯から警戒地帯にテレポートを行う事はできない。
(えーと……村が見えたのは北か)
ポケットに入っているコンパスで方角を確認し、念のため九九式短小銃のボルトを動かし薬室に弾を込めた状態で安全装置をかけ、手に持って移動を始める。
草原とはいえここは平坦ではないようで、上空から見えた村は現在見えない、そのためまずは草原の中でも高い場所へ行ってから村の正確な位置を把握する。
(しかしなんか違和感があるなぁ……ん?バッタ?)
歩く度に飛び跳ねるものを見つける。
(バッタなんてM&Mにいたっけ?)
バッタのようなモンスターはいたが、なんの害も無いただのバッタなど見た記憶がなかった。
それを見たことによってさらに違和感が増し、他にも違和感を探し始める。
(よく考えれば匂いがあるし……口もなんか変な感じする)
今度は口に違和感を感じて舌を動かす、すると違和感の正体がわかった。
手に持った銃を肩にかけてポケットのコンパスをもう一度取り出し、光を反射して信号を送るために付いている鏡を使って自分を映す。
そこに映っているのは自分の歯だった、しかしそれは肉食動物のように尖っていてギザギザの歯、それを舌で触ると痛みというほどではないが確かに妙な感覚がある。
(私のキャラは歯がギザギザだったけどこんな感覚は今まで無かったはず)
舌で歯を触りながら鏡を動かす、そして今度は自分の目を見てみる。
シトのアバターの目は、白目であるはずの部分は黒く、黒目の部分は黄色くなっている。
(視界に問題はないわねぇ……まいっか)
気にしていても仕方がない、そう思ってコンパスをポケットにしまうとまた歩き始め高所へ登った。
ある程度高い所まで登り辺りを見回すとそこには今まで見た事のない景色が広がっていた。
「綺麗……」
つい口に出してしまうほどの景色だった。
美しい緑色の草原が広がり遠くには森や山が連なる、緩やかな風が吹き顔に冷たさを感じるが照らす太陽は暖かく、運ばれてくる緑の匂いを嗅ぐとつい深呼吸をしてしまう。
「これ、ゲームだよね?」
言ってみたが返事をする者などおらず、答えを出せないままモヤモヤした気持ちを抱えて村の方に向かって一直線に進む。
十分も経たないうちに村がよく見える距離にまで近づいた。
村は木造の家がいくつも建ち、村の中心であろう広場には井戸が見える、しかし妙なのは村人らしき連中が慌しく走り回っていることだった。
そして何をしているのか近づくにつれて理解し、シトは走りだす。
(村人がモンスターに襲われてる!ってことは緊急クエスト!)
緊急クエストは稀に発生するもので、基本的に村が襲われるか誰かが行方不明になったなどの内容が多く、クエストをクリアするまでに被害が少ないほど報酬が良くなる。
報酬の内容は大抵の場合設計図かダンジョンの情報などで、これらは他のプレイヤーに高く売れることがある。
村に近づくと地面に生える草は徐々に減り、完全に草が無くなったそこが村の境界線だと分かった。
村に入ると井戸のある広場で村人数人が鍬や斧などを持ち、モンスターに振りかざすのが目に入る。
(あのモンスターはグールかな?)
毛の抜けたネズミと犬を掛け合わせたような頭、ヒヅメのように割れた足、四本の指に鋭い爪と牙、ゴムのような皮膚、人間に近い体格ながら前かがみになっていて二足歩行。
M&Mでは地下のダンジョンなどでよくみかけるモンスターであり、こうやって地上で出現するのは珍しい。
今視界に入っているグールは三体、一体は村人に襲い掛かりマウントを取っている、一体は鍬を持つ年老いた村人と睨み合い動かない、一体は村人二人に挟まれどちらも近づけない様子だった。
となればまず狙うのは鍬を持った村人と睨み合って動かないグールだ。
弾丸がグールを貫通して村人に当たらないように射線を確認した後、九九式短小銃の安全装置を解除し銃床を肩に当てて構える。
距離にして十メートル、睨み合って動かないと言っても微動だにしないわけではない、シトはこの距離でグールの頭に命中させる自信はないので自分から見てグールの真ん中に照準を合わせる。
ゆっくり息を吐いて止める、そしていつまでも動かないでいてくれる保障はないのでさっさと引き金を絞った。
ダァン!
「グァァァ!」
発射された弾丸は見事にグールの胴体に命中し、グールは悲鳴を上げ体を掻き毟り倒れ付した。
(今まで使ってた三八年式実包に比べると九九式普通実包は音と反動が少し重いかも……というかM&Mの銃声ってこんなに耳に響くもんだっけ?火薬の匂いもするし)
ボルトを引いて排莢を行うとガシャリという気持ちの良い音が鳴る。
(うんうん、やっぱりボルトアクションはこれが良いよなぁ……ん?)
撃たれて倒れたグールは致命傷を負ってもがき苦しんでいた。
また、銃声でこちらに気づいた村人達は驚愕の表情を浮かべてこちらを見ている。
(撃たれたグールが苦しんでる?村人は全員違う顔……)
本来なら再起不能の傷を負ったモンスターはドライアイスの煙のようになり消えてなくなるはずだ、それに村人も村長などの会話が可能なNPCを除けばコピペしたようにみんな同じ顔のはずだった。
しかしグールはまるで本当の生き物のように少しの間苦しんだ後に絶命し死体は残ったまま、村人の顔はみな若かったり年老いていたりする。
(おかしい、妙にリアルだ……でも流血表現は規制されてる)
グールにマウントを取られ腕に噛み付かれている村人の腕から流れるのはシトの目には血液ではなく赤い色のドライアイスのような煙だ。
そんな事を気にしていると村人二人に挟まれているグールが目標を変えてこちらに向かってくる。
「やっぱグールのデザインはキモいなぁ」
ダァン!
走って近づいて来るグールに向かって発砲、胴体を狙ったがグールが前かがみになったせいで頭に命中し、そのまま背中まで貫通した。
コッキングを行いながら残ったグールの元まで歩く、村人は苦痛に表情を歪めている。
シトは村人に覆いかぶさるグールの頭に銃口が当たらない程度の距離、貫通して村人に弾丸が命中しないように発砲。
ダァン!
(村人殺すと報酬出ない事あるんだよね)
ふぅと息を吐いて排莢を行い、他にグールがいないか探そうと歩き出す。
すると年老いた村人が恐る恐るといった表情でこう言った。
「あんた……異世界人か?」
「え?」
そんなに書き溜めはなく遅筆なので週に一度を目指して書いてます。