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社畜OL、異世界へ異動する  作者: 理一
六章.作戦
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70.自己犠牲



「……だめです。そんなこと、わたくしは絶対に許しませんから」


 私が提案した作戦を聞いて、エリスちゃんは憤るような、強い口調でそう言った。

 これしかない。むしろ、これ以外に方法はない。そう思った作戦だ。

 何しろ成功率が百パーセント。これが大きい。

 だから、そんなことを言われると思わなくて、まじまじとエリスちゃんを見てしまった。


「え、どうして……? 正直、この方法しかないと思うんだけど……」

「スズ様。自己犠牲はもうやめてください」


 紫色の大きな瞳を真っ直ぐに向けられて、はっきりと告げられる。

 自己犠牲。

 言われた言葉が頭の中で反響する。

 そんなつもりは全くなかった。本当にこの方法しかないと思っただけだ。


「……エリスちゃん、本気で言ってるの? よく考えてみてよ。これ以上の方法があると思う?」

「そうですね。冷静になって考えれば、スズ様が提案なさった方法は最善の手でしょう。ですが、わたくしは絶対に嫌です。これはわたくしのわがままですわ」


 エリスちゃんらしくない、感情的な言葉だった。

 エリスちゃんは眉根を寄せたまま、私から目を逸らさない。その表情は怒っているように見えた。


「……わたくしはこの先も、ずっとスズ様の友人でいたいと思っております。そしてスズ様も同じ気持ちでいてくださると思っておりました。しかしスズ様は違ったのですね」


 そう言われて、驚いた。

 エリスちゃんが私のことを、友だちだと言ってくれるなんて、思わなかったんだ。


「ううん、違わないよ。私もエリスちゃんと、ずっと友だちでいたいと思ってる」

「……なら、どうしてそんな提案をするのですか? もう二度と会えなくなる、それが友人と言えますか?」

「会えるよ! 全部終わったら、エリスちゃんとリオくんに会いにいく。約束するから」


 明るく笑ってそう言うと、エリスちゃんは大きな目を見開いて驚いて。それから悲しそうに目を伏せた。


「……スズ様の優しさは残酷ですわ。そんなことは、ありえません。スズ様も我が王の話を聞いていたでしょう。元の世界は、わたくしたちが想像しているよりも、はるかに広いんです」

「……そんなの実際のところ分からないよ」

「いいえ、実際に外の世界を生きていた王が言うのですから、間違いありません。ですから、スズ様がそれをなさるというのなら、わたくしは全力であなたを止めます。リオ様も同じ気持ちでしょう」


 エリスちゃんに強く言われて、言葉に詰まる。

 リオくんを見ると、真っ直ぐに私を見つめたまま、小さくうなずいた。きっとエリスちゃんと同じで、この作戦に反対なんだ。

 エリスちゃんとリオくんは強い。私よりはるかに。

 二人が全力で止めにくるつもりなら、私は絶対にそれをさせてもらえないだろう。


「……エリスちゃんは、この世界を元に戻したいんじゃないの?」


 納得できなくて、呟くようにたずねる。エリスちゃんは真剣な表情のまま、うなずいた。


「もちろん、戻したいと思っています。けれど、スズ様を無くすのは嫌です」

「……何を言ってるの? 今まで、たくさんの人たちが犠牲になってきたんだよ。ここで止めなきゃ、ヴィラーロッドの疫病みたいに、辛い思いをする人がまた出てくるかもしれない。なのに、確実な方法をとらないっていうの?」

「何度も言わせないでください。スズ様がそれをするつもりなら、わたくしは絶対に止めます」


 エリスちゃんは、迷いのない目できっぱりとそう言った。

 ……やっぱり納得できない。

 しん、と静まり返って、ピリピリとした重い空気がただよう。私はエリスちゃんから目を逸らさなかった。どうしても譲りたくなかったんだ。


「……バロンに相談したい。いい?」

「かまいません。外の世界とダンジョンの関係を知っている、唯一の方ですから」


 エリスちゃんがうなずいたので、すぐに召喚の構えに入る。

 この世界のこと。そしてダンジョンのことも知っているのは、バロンしかいない。だから、バロンに話を聞いてもらうのが一番いいと思ったんだ。

 だけど、召喚を試みても、バロンから反応がない。

 つい数時間前に、テッドシー様によって戦闘不能にされたばかりだから、まだ回復していないんだろう。


「バロン、お願い。……来て」


 しつこく召喚し続けると、十数回目でやっと亜空間が現れた。ぐったりとした様子のバロンが力なく降ってきたので、慌てて受け止める。やっぱりテッドシー様から受けた傷が回復していないんだ。


「バロン、大丈夫!? 無理矢理、呼び出してごめん……」

「うう……大丈夫、と言いたいところだけど、もう少し回復に時間がかかりそうだよ」

「す、すぐに治すね!」

「いや、大丈夫だよ。精霊はね、一度ダンジョンに戻ったら、ダンジョン内でしか回復できないんだ。それより、ぼくに話があるから呼び出したんでしょ? 悪いけど、少しだけしか話せないよ。すぐに返送されそう……」

「わ、分かった。手短に話す。あのね――」


 バロンに、私が考えている作戦を説明した。

 話し終えると、バロンは私の手の上で、よろよろと身体を起こした。


「……ダンジョンにノアアークを入れる。よく気が付いたね。それはいいと思う。いいと思うっていうか、ほぼそれしか方法がないんだ」

「それしか、方法がない?」

「うん。この隔離された世界を元に戻す方法は二つ。一つ目はノアアークを殺すこと。これはほぼ不可能だ。理由は言わなくても分かるよね?」


 たずねられて、うなずいた。


「……強すぎるってことだよね」

「そうだよ。あいつが管理しているこの世界で戦うのは、あまりにも分が悪すぎる。奇跡が起きても勝てないよ。だから、やるならもう一つの方法しかないんだ。それがスズが言った、ノアアークをダンジョンに入れることだよ!」


 話しているバロンの身体が、透明になっていく。

 もう返送されるまで、時間がないのかもしれない。

 バロンは私を見上げた。


「……時間がない。スズ、よく聞いて。ダンジョンっていうのはね、世界と世界の間に存在している、世界から独立した存在なんだ。だから、ノアアークがダンジョンに入った時点で、この世界を管理できなくなって支配は解ける。一つの大きな世界に戻せるよ」


 それを聞いて驚いた。

 じゃあなおさら、私が提案した方法をやるべきだって思ったんだ。

 ノアアークをダンジョンに押し込むなんて、そりゃ殺すよりは簡単かもしれないけど、それでも難易度は高いんだから。


「でもね、スズ。スズが提案した方法は、ぼくも反対だよ」

「……バロンまで。どうしてそう思うの?」

「もう、ここには戻ってこれなくなるからだよ。そんなの嫌でしょ?」


 バロンは神妙に告げる。

 小さく震えたままの手をぎゅっとにぎる。私は明るく笑った。

 

「大丈夫。どこに行っても、私はここに戻ってくるつもりだから」

「スズ。分かってないフリはもうやめなよ。君だって本当は分かってるはずだ。この世界は、広いってもんじゃない。人間の短い一生を使っても、世界の全てを回ることなんて絶対にできない。それぐらい広いんだよ」


 エリスちゃんと同じことを言われて、口をつぐんだ。


「……でも、私、不老不死になっちゃったんだよ? だから、いつかはさ……」

「スズはそうでも、リオやエリスは違うだろ?」


 分かりきったことをたずねて、当然の答えを返された。

 バロン、それにエリスちゃんとリオくんの視線が真っ直ぐに私に向けられている。

 

 ……自己犠牲。

 その通りだと思った。


 本当は、ちゃんと理解してるんだ。それをしたら、ここに戻って来れなくなるってことを。

 だけど、分かっていないふりをして、心の中で自分の想いを殺していた。

 私だって本当は、エリスちゃんやリオくんに会えなくなるのは嫌だ。それにエルマー様、リリア様、ライカナ様、ミリアちゃんとだって、このまま別れたくない。


「――ごめんスズ、もう駄目だ。ぼくはダンジョンへ戻るよ」

「バロン! ごめんね、無理矢理呼び出して」

「いいよ、スズのためだもん。……ねぇ、スズ。さっきは反対だって言ったけど、ぼくは君がどんな選択をしたとしても、応援してるから」


 そう言われて、驚いた。


「……反対だって言ったじゃん」

「もちろん、反対だよ。でも、ぼくはね。ぼくの好きな人間の女の子がどんな選択をするのか、そっちの方がすっごく楽しみなんだ! だから、ぼくはスズを待ってる。君と初めて会った場所で。じゃあまたね、スズ」


 そう言い残して、バロンの身体は消えた。

 力尽きて、ダンジョンに返送されてしまったんだろう。


 辺りが再びしん、と静まりかえる。

 少しの間考えて、私は顔をあげた。

 ――うん。決めた。

 もう自分の意思は、曲げない。


「……エリスちゃん、リオくん。新しい作戦を考えたよ。聞いてくれる?」


 そう言ってすぐに、亜空間から小型のナイフを取り出す。

 高い位置に結んでいるポニーテールを手にとって、思いきり付け根を切断した。


「ス、スズさん……ッ!?」

「スズ様!? 何をなさっているんですか……ッ!」


 重なった二人の声が、広い場所によく響く。茶色の髪の束が地面にぱさりと落ちた。

 ……ちょっと勢い余って切りすぎたかな。肩に少しかかるぐらいの長さだろうか。ま、まぁいいや……。

 両手で髪を整えて、大きく頭を振った。二人を見ると、信じられないような目で私を見ている。

 今までの不穏な空気を消すように、二人に向かって、にっこりと笑った。


「どうかな、似合ってる?」

「す、すごく似合ってます……! じゃなくて! いきなり何をしているんですか、スズさん!」


 混乱しているリオくんの言葉には答えず、今度は騎士の上着を脱いだ。

 すると、リオくんはますますぎょっとした表情をした。


「ス、スズさん……ッ!?」

「……リオくん。時間がない。もうしばらくしたら、今度はノアアークがここに来ると思う」


 脱いだ上着をリオくんに差し出して、私はいたずらっぽく、笑ってみせた。


「だから、すぐに練習してくれる?」


 


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