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社畜OL、異世界へ異動する  作者: 理一
六章.作戦
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63.ゴフェルの罪

 


 部屋が、しんと静まり返る。

 ノアアーク王について話し終えたローレン王は、テーブルの上のティーカップを手にとり、お茶を一気に飲み干した。

 私も思い出したように、ティーカップを手に取り、一口飲む。

 エリスちゃんが淹れてくれたお茶は、すでに冷めきっていて、香りもなくなっていた。それでも、何だかなつかしい味だった。


 少し落ち着いて、ローレン王が話したことついて考える。

 ノアアーク王が、リオくんやエリスちゃんを殺そうとしたのは、この世界に存在するレベル10を自分だけにするためだったんだ。

 たった一人の至高の存在として、永遠に君臨するために。


 ……なんて、身勝手なんだろう。気分が悪くなる。

 だけど、不思議と同情もした。

 これは想像だけど、幼いころに、うんと苦労して、いろんな人に虐げられて、価値観や倫理観が壊れてしまったんじゃないかな。そんな気がした。


「……では次に、ゴフェルについて話そう。スズ、いいね?」


 ローレン王にきりだされて、心臓がどくんと跳ね上がる。

 小さく息を吐いて、持っていたティーカップをテーブルの上に置いた。


「はい。お願いします」


 はっきり言うと、ローレン王はうなずいて口を開いた。


「――ノアアークと共にダンジョンを攻略したゴフェルもまた、報酬としてある能力を手にいれていた」

「ゴフェルも、ですか……? でも、私は治癒能力と、移動能力、身体強化しか持ってないですけど……」


 不思議に思って、首をかしげる。

 私が元々ゴフェルだったのなら、ゴフェルの能力を知らないなんてこと、ありえるんだろうか。

 すると、ローレン王の隣に座っていたエリスちゃんが私を見て、口を開いた。


「……王よ。わたくしも、王宮でスズ様の能力をお調べしたときから、ずっと不思議な何かを感じておりました。スズ様の身体の奥に、壮大な力が眠っているような、そんな不気味な気配がしたのです。……それがあの能力だったのですね」


 エリスちゃんは神妙にそう告げる。

 エリスちゃん、そんなこと思ってたんだ……。そういえば、私をさらったときも、そんなようなことを言ってたような……。

 自分の両手をじっとみる。自分じゃ何も感じないし、分からないけど。


 そのとき、膝に乗っていたバロンが、私の手のひらの上に飛び乗って、にっこりと笑った。


「スズ! 心配しなくていいよ。ゴフェルの能力は、君にはもう使えないから」

「あ、そうなの? 同じ身体なのに?」

「ゴフェルは綺麗に、自分の記憶を消したからね。覚えていないものは使えないよ」

「記憶を、消したって……どうやって?」


 よく分からなくて、首をかしげる。

 正面に座っている王は、神妙な表情のまま、深くうなずいた。


「それが、ゴフェルの手にした能力だった。記憶を操作する能力。レベルは10だった」

「……は? え? レベル10?」


 驚いて聞き返すと、ローレン王はぎこちなく笑った。


「嘘みたいな話だろう。笑ってしまうよ。ゴフェルとノアアークは、奇跡的にダンジョンを攻略し、奇跡的に二人がレベル10の能力を入手した。その悪魔のような奇跡から、この世界は生まれたんだ」

「……ゴフェルは、その能力で何をしたんですか?」


 おそるおそるたずねる。

 ローレン王は、私を真っ直ぐに見て、口を開いた。


「――ゴフェルは、ノアアークが世界を断絶したとき、人々の記憶を書き換えたのだ」

「……記憶を書き換えた、ですか?」


 ずっと知りたかったゴフェルの罪を、今、私は聞いている。なのに、分からないことばかりで、混乱してしまう。

 釈然としない表情をしているだろう私に、ローレン王は話を続けた。


「二百年以上前のあの日、ノアアークが世界を断絶し、この世界は隔離された。もちろん、突然の出来事に人々は混乱した。膨大に広がっていた世界が、突然狭くなったのだからな。だが、人々に騒がれることは、ノアアークにとって都合が悪いことだった」

「……混乱がおさまらないと、統治しにくいから、ですか?」

「もちろんそれもある。だが、一番都合が悪かったことは、今後何百年経っても“世界は元々広かった”と語り継がれて、そこに君臨し続けるノアアークへの疑念が永遠に消えないことだった。それを防ぐために、ゴフェルは断絶した世界にいた全員の記憶を、ノアアークの都合のいいように操作したんだ」


 それを聞いて、ようやくゴフェルの罪を理解した。

 口元を手で抑える。


「当時、この世界にいた人、全員、ですか………?」

「正確には、私以外の人間全てだ。私は偶然にもこの世界で唯一、ノアアークとゴフェルの手から逃れた。現在まで生きているのは、治癒能力者を除けば私しかいない」


 ローレン王はきっぱりとそう告げる。

 エリスちゃんが、絶対に死なせてはいけない人だと言っていた意味が、分かった気がした。


「……もう二百年以上前のことなのに、当時の様子を、はっきりと覚えているよ」


 何も言えなかった私に、ローレン王は再び話しはじめた。


「ゴフェルは、泣いていた。泣きながら人々の記憶を改ざんしていた。ごめんなさい、許してほしいと、まだ幼かった小さな体を震わせて、大罪を犯していた。記憶を消して改ざんすることは、自我を消すことを意味する。ゴフェルの面影もない君がその証拠だ。殺人にも等しい」


 殺人に等しい。

 そう言われて、ようやくゴフェルの重い罪を理解した。

 

「この小さな世界が生まれてすぐに、ゴフェルは姿を消した。妹が王宮内にいると噂されていたが、実際は違った。そうだね、バロン?」


 突然話を振られたバロンは、私の膝からテーブルの上に飛び移った。ローレン王の近くまで歩き、それから振り返る。まっすぐに私を見た。


「うん。世界をおかしくしてすぐに、ゴフェルは泣きながら、ぼくの元にやってきたよ。きっと自分が犯した罪の意識に耐えられなくなったんだろうね。あんなに気弱な性格なのに、再びダンジョンに飛び込んで、またぼくに会いにきたんだ」

「バロンに、会いに……?」

「ノアアークとゴフェルが攻略したダンジョンは、ぼくが管理していたダンジョンだったからね」


 静かにバロンはそう告げた。

 それから、再び口を開く。


「攻略は失敗でいい。だからどこか、ここじゃない遠い世界に、私を飛ばしてほしい。ゴフェルはそう言ったんだ。どうしてだろうね。普通なら鼻で笑っちゃうんだけど、世界をおかしくしたノアアークへの苛立ちもあって、ゴフェルの要求をのんであげたんだ。ちょっとしたノアアークへの仕返しだね」

「……バロン、はじめて私を見たとき、そんなそぶりなかったのに」

「そうかな? けっこうびっくりしたけどね。あーまたこの子戻ってきちゃったって思ったもん」


 バロンはどこか困ったような表情を浮かべて、そう言った。


「ぼくが了承してすぐに、ゴフェルは泣きながら、ありがとうって言っていたよ。それからすぐに能力で、自分の記憶をきれいさっぱりと消したのさ」

「記憶を、消した……」

「そう、ゴフェルは自我を消した。つまり自分を殺したんだ。そして、君が生まれたんだよ、スズ」


 バロンの話を、まるで私とは関係のない話を聞くように、聞いていた。

 実際、突拍子のない話ばかりで、実感が何もわかない。

 バロンはにっこりと笑って、再び私の膝に飛び乗ってきた。


「スズ、びっくりした? 絶望したかい?」

「……ううん。正直、何も覚えてないし、実感が湧かないっていうのが感想かも」

「そっか! じゃあ、最初から心配する必要なんて、なかったんだね。やっぱりスズは根性すわってる。それでこそ、ぼくが気に入った女の子だよ!」


 バロンはうれしそうにそう言って、すぐに真剣な表情で私を見た。


「だけどね、スズ。君は、この世界を元に戻すべきだ」


 唐突に言われた言葉に顔をあげる。


「ノアアーク王が断絶した世界を、元に戻すってこと? 私が?」

「そうだよ。君が、やるべきだ。ゴフェルはノアアークと一緒に、この世界をおかしくした大罪人だ。だからこそ、君が、この世界を正しい世界に戻すべきだ」


 バロンははっきりと言った。


「ゴフェルはノアアークを止められなかった。だから、君がやるべきなんだよ、スズ!」



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