63.ゴフェルの罪
部屋が、しんと静まり返る。
ノアアーク王について話し終えたローレン王は、テーブルの上のティーカップを手にとり、お茶を一気に飲み干した。
私も思い出したように、ティーカップを手に取り、一口飲む。
エリスちゃんが淹れてくれたお茶は、すでに冷めきっていて、香りもなくなっていた。それでも、何だかなつかしい味だった。
少し落ち着いて、ローレン王が話したことついて考える。
ノアアーク王が、リオくんやエリスちゃんを殺そうとしたのは、この世界に存在するレベル10を自分だけにするためだったんだ。
たった一人の至高の存在として、永遠に君臨するために。
……なんて、身勝手なんだろう。気分が悪くなる。
だけど、不思議と同情もした。
これは想像だけど、幼いころに、うんと苦労して、いろんな人に虐げられて、価値観や倫理観が壊れてしまったんじゃないかな。そんな気がした。
「……では次に、ゴフェルについて話そう。スズ、いいね?」
ローレン王にきりだされて、心臓がどくんと跳ね上がる。
小さく息を吐いて、持っていたティーカップをテーブルの上に置いた。
「はい。お願いします」
はっきり言うと、ローレン王はうなずいて口を開いた。
「――ノアアークと共にダンジョンを攻略したゴフェルもまた、報酬としてある能力を手にいれていた」
「ゴフェルも、ですか……? でも、私は治癒能力と、移動能力、身体強化しか持ってないですけど……」
不思議に思って、首をかしげる。
私が元々ゴフェルだったのなら、ゴフェルの能力を知らないなんてこと、ありえるんだろうか。
すると、ローレン王の隣に座っていたエリスちゃんが私を見て、口を開いた。
「……王よ。わたくしも、王宮でスズ様の能力をお調べしたときから、ずっと不思議な何かを感じておりました。スズ様の身体の奥に、壮大な力が眠っているような、そんな不気味な気配がしたのです。……それがあの能力だったのですね」
エリスちゃんは神妙にそう告げる。
エリスちゃん、そんなこと思ってたんだ……。そういえば、私をさらったときも、そんなようなことを言ってたような……。
自分の両手をじっとみる。自分じゃ何も感じないし、分からないけど。
そのとき、膝に乗っていたバロンが、私の手のひらの上に飛び乗って、にっこりと笑った。
「スズ! 心配しなくていいよ。ゴフェルの能力は、君にはもう使えないから」
「あ、そうなの? 同じ身体なのに?」
「ゴフェルは綺麗に、自分の記憶を消したからね。覚えていないものは使えないよ」
「記憶を、消したって……どうやって?」
よく分からなくて、首をかしげる。
正面に座っている王は、神妙な表情のまま、深くうなずいた。
「それが、ゴフェルの手にした能力だった。記憶を操作する能力。レベルは10だった」
「……は? え? レベル10?」
驚いて聞き返すと、ローレン王はぎこちなく笑った。
「嘘みたいな話だろう。笑ってしまうよ。ゴフェルとノアアークは、奇跡的にダンジョンを攻略し、奇跡的に二人がレベル10の能力を入手した。その悪魔のような奇跡から、この世界は生まれたんだ」
「……ゴフェルは、その能力で何をしたんですか?」
おそるおそるたずねる。
ローレン王は、私を真っ直ぐに見て、口を開いた。
「――ゴフェルは、ノアアークが世界を断絶したとき、人々の記憶を書き換えたのだ」
「……記憶を書き換えた、ですか?」
ずっと知りたかったゴフェルの罪を、今、私は聞いている。なのに、分からないことばかりで、混乱してしまう。
釈然としない表情をしているだろう私に、ローレン王は話を続けた。
「二百年以上前のあの日、ノアアークが世界を断絶し、この世界は隔離された。もちろん、突然の出来事に人々は混乱した。膨大に広がっていた世界が、突然狭くなったのだからな。だが、人々に騒がれることは、ノアアークにとって都合が悪いことだった」
「……混乱がおさまらないと、統治しにくいから、ですか?」
「もちろんそれもある。だが、一番都合が悪かったことは、今後何百年経っても“世界は元々広かった”と語り継がれて、そこに君臨し続けるノアアークへの疑念が永遠に消えないことだった。それを防ぐために、ゴフェルは断絶した世界にいた全員の記憶を、ノアアークの都合のいいように操作したんだ」
それを聞いて、ようやくゴフェルの罪を理解した。
口元を手で抑える。
「当時、この世界にいた人、全員、ですか………?」
「正確には、私以外の人間全てだ。私は偶然にもこの世界で唯一、ノアアークとゴフェルの手から逃れた。現在まで生きているのは、治癒能力者を除けば私しかいない」
ローレン王はきっぱりとそう告げる。
エリスちゃんが、絶対に死なせてはいけない人だと言っていた意味が、分かった気がした。
「……もう二百年以上前のことなのに、当時の様子を、はっきりと覚えているよ」
何も言えなかった私に、ローレン王は再び話しはじめた。
「ゴフェルは、泣いていた。泣きながら人々の記憶を改ざんしていた。ごめんなさい、許してほしいと、まだ幼かった小さな体を震わせて、大罪を犯していた。記憶を消して改ざんすることは、自我を消すことを意味する。ゴフェルの面影もない君がその証拠だ。殺人にも等しい」
殺人に等しい。
そう言われて、ようやくゴフェルの重い罪を理解した。
「この小さな世界が生まれてすぐに、ゴフェルは姿を消した。妹が王宮内にいると噂されていたが、実際は違った。そうだね、バロン?」
突然話を振られたバロンは、私の膝からテーブルの上に飛び移った。ローレン王の近くまで歩き、それから振り返る。まっすぐに私を見た。
「うん。世界をおかしくしてすぐに、ゴフェルは泣きながら、ぼくの元にやってきたよ。きっと自分が犯した罪の意識に耐えられなくなったんだろうね。あんなに気弱な性格なのに、再びダンジョンに飛び込んで、またぼくに会いにきたんだ」
「バロンに、会いに……?」
「ノアアークとゴフェルが攻略したダンジョンは、ぼくが管理していたダンジョンだったからね」
静かにバロンはそう告げた。
それから、再び口を開く。
「攻略は失敗でいい。だからどこか、ここじゃない遠い世界に、私を飛ばしてほしい。ゴフェルはそう言ったんだ。どうしてだろうね。普通なら鼻で笑っちゃうんだけど、世界をおかしくしたノアアークへの苛立ちもあって、ゴフェルの要求をのんであげたんだ。ちょっとしたノアアークへの仕返しだね」
「……バロン、はじめて私を見たとき、そんなそぶりなかったのに」
「そうかな? けっこうびっくりしたけどね。あーまたこの子戻ってきちゃったって思ったもん」
バロンはどこか困ったような表情を浮かべて、そう言った。
「ぼくが了承してすぐに、ゴフェルは泣きながら、ありがとうって言っていたよ。それからすぐに能力で、自分の記憶をきれいさっぱりと消したのさ」
「記憶を、消した……」
「そう、ゴフェルは自我を消した。つまり自分を殺したんだ。そして、君が生まれたんだよ、スズ」
バロンの話を、まるで私とは関係のない話を聞くように、聞いていた。
実際、突拍子のない話ばかりで、実感が何もわかない。
バロンはにっこりと笑って、再び私の膝に飛び乗ってきた。
「スズ、びっくりした? 絶望したかい?」
「……ううん。正直、何も覚えてないし、実感が湧かないっていうのが感想かも」
「そっか! じゃあ、最初から心配する必要なんて、なかったんだね。やっぱりスズは根性すわってる。それでこそ、ぼくが気に入った女の子だよ!」
バロンはうれしそうにそう言って、すぐに真剣な表情で私を見た。
「だけどね、スズ。君は、この世界を元に戻すべきだ」
唐突に言われた言葉に顔をあげる。
「ノアアーク王が断絶した世界を、元に戻すってこと? 私が?」
「そうだよ。君が、やるべきだ。ゴフェルはノアアークと一緒に、この世界をおかしくした大罪人だ。だからこそ、君が、この世界を正しい世界に戻すべきだ」
バロンははっきりと言った。
「ゴフェルはノアアークを止められなかった。だから、君がやるべきなんだよ、スズ!」




