56.作戦開始
夜が明けて、朝になる。
しんと静まりかえる自室のベッドを、そっと降りた。
カーテンを開けて、窓を開けると、気持ちのいい風が舞いこんでくる。落ち着かせるように、深呼吸をすると、少しだけ頭が冴えた気がした。
あのあとすぐに、バロンには、ダンジョンに帰ってもらった。
バロンは嫌がったけど、ノアアーク王はバロンのことをあまりよく思っていないみたいだから、一緒にいると心象が悪くなりそうだと思ったんだ。
――プレジュの王様が亡くなるまで、あと十四日しかない。
それまでに私は、ノアアーク王に外出を許してもらって、王宮の外に出て、付けられているだろう護衛を撒いて、プレジュに行き、そして、王様を治癒しなければならない。
……うん。改めて考えても、難易度がおかしい。
でも、何もしなかったら、何も解決しないし、何も知ることはできない。バロンの言うとおり、私自身が、何とかするしかないんだ。
気合いを入れるために、両頬を思い切り叩く。ばちんといい音がして、目を開けた。
「――よし。私にできることを、やるしかないんだ! とにかく王様に媚びる!」
自分に言い聞かせるように、強くそう言った、そのときだった。
突然、どたどたと二人分の激しい足音が聞こえて、扉の方を向く。
すぐに、扉が勢いよく開かれて、見知った二人が現れた。驚いて口を開く。
「リ、リリア様とライカナ様っ!? どうしたんですか、そんなに慌てて……」
部屋に現れたのは、女性騎士のリリア様とライカナ様だった。
リリア様は、真っ直ぐに私を見つめたまま、ボリュームのあるツインテールを揺らして、つかつかと歩み寄ってくる。
いつも花が咲いているように、明るい表情をしているリリア様が、見たことのないような険しい表情をしていて、ちょっと腰が引けてしまう。ど、どうしたんだろ……。
両肩を掴まれて、可愛い顔がぐいっと近づいてくる。リリア様は口を開いた。
「――エルマーがプレジュの人間だったって本当なの?」
たずねられて、はっとする。
そ、そうか……! まだ昨日のことだし、二人は知らないんだ!
何て言おうか悩んだけど、嘘をついてもすぐにバレそうだし、正直に答えることにした。
「は、はい、本当です……」
「スズちゃん、昨日またさらわれたって聞いたけど、エルマーにさらわれたってこと!?」
「え、えっと……まぁそうですね、はい……」
鼻と鼻が当たるんじゃないかってぐらい、近くに顔を寄せてくるリリア様に向かって、小さくうなずく。
リリア様は、怒りで顔をゆがませて。
そのあとすぐに、強く抱きしめられた。
「うわーんスズちゃん、辛かったねっ! あんのクッソ野郎……ッ! 絶対許さん……ボコボコにぶん殴って消し炭にしてやる……ッ!」
「んぐっ! く、くるしいです、リリアさま!」
強い力で大きな胸に顔面を押し付けられて、息ができなくなる。もがいても、リリア様は離してくれなかった。
「リリア。スズが死んでしまう」
そばでライカナ様が冷静に言って、やっとリリア様は慌てて離してくれた。
「あっ、ごめんね。つい……」
「ゲホ……ッ、い、いえ……っ! 二人とも、心配して来てくださったんですよね! ありがとうございます。でも私は大丈夫ですよ!」
笑ってそう言うと、リリア様は泣きそうな顔をした。言葉は少ないライカナ様も、心配そうに私を見てくれている。
二人ともいい方だなぁ。私が騙されていたことを、自分のことみたいに怒ったり、心配してくれている。絶対に悪い人たちじゃないと思う。
……たぶんだけど、騎士の中で油断できないのは、以前エルマー様が言っていた、古株組の三人――テッドシー様、ミミズク様、モーガン様だけな気がする。何となくだけどね。
「ねぇ、スズちゃん。何であいつ……スズちゃん――治癒能力者を狙ってたの?」
リリア様に神妙にたずねられて、どう答えようか悩む。さらわれた理由ぐらいは、正直に答えることにした。
「プレジュの王様が亡くなりそうなんです。だから、延命させてほしいって頼まれただけですよ。確かにさらわれたときはかなり手粗でしたけど、向こうで乱暴なことはされなかったです。いつものエルマー様でしたよ」
……もしエルマー様が王宮に戻ってくることがあったら、リリア様に殺されてしまいそうだ。それを心配して、できるだけ庇ってそう答えた。
するとリリア様は、不思議そうに首をかしげた。
「え、そんだけの理由? それで、向こうの王様、治してあげたの?」
「い、いえ……。治す直前に、ノアアーク王が来て、連れ戻されてしまったので……」
何て説明していいのか分からずに、言葉をよどませる。
リリア様とライカナ様は、驚いた表情で顔を見合わせた。
「え……それぐらい別によくない? プレジュとは貿易だってしてるんだから、恩売れるじゃん。陛下ってイケメンなのに、意外とケチだねー」
「たしかに、デメリットの方が多いな。明らかに悪手だ。美形だが、意外とケチだな」
「は、はは……ケチなのと顔は関係ないと思いますけど……」
言いたい放題の二人に、乾いた笑いを漏らしてしまう。
やっぱり、リリア様とライカナ様は、古株組の騎士に比べて、王宮への忠誠心が薄い気がするなぁ……。
「じゃあリオちゃんは? プレジュにいるってモーガンが言ってたけど、何で?」
「え、えっと……それは、ですね……」
やっぱり、リリア様たちは何も聞かされていないんだ。
そしてモーガン様は、リオくんの状況を知っている。ってことは、王様に深く精通してるんだろう。
首をかしげている二人に何て言えばいいのか悩む。そもそも、プレジュの王様とノアアーク王の因縁は、私だってよく分かっていないんだ。
「……リオくんが、その……王様を怒らせちゃったんです……」
「えっ、リオちゃん何したの!?」
「えーっと、ですね、エリス……えっと、諜報員だった侍女の子が王様に攻撃されたとき、かばっちゃったので……」
「えっ? だから王宮に帰らせてもらえないの?」
「ま、まぁ……そんなところです……」
本当の事情は言えないので、ごまかしつつ、そう答える。
二人は、ますます怪訝そうに眉をひそめた。
「前から思ってたけど、陛下ってリオちゃんに厳しすぎない? スズちゃんに何か遭ったらリオちゃんを罰するとかいうのも、ぶっちゃけ意味わかんないし」
リリア様は不満げにそう言って、ライカナ様はうなずいた。
リリア様は神妙な表情のまま、再び私を見る。
「……でもスズちゃん、これからどうするの? リオちゃんをこのままにしておけないよね?」
「もちろん何とかしますよっ! 王様にリオくんのことを許していただくために……ですね……」
「許していただくために?」
リリア様とライカナ様がじっと私を見て、首をかしげている。
何て言おうか、少し迷って。
「お、王様に、媚びようと思っているんですっ!」
しまった。バロンに言われたことをそのまま言ってしまった。
私の言葉に、二人は一瞬きょとんとして。それからすぐに、まるでおもしろいオモチャを見つけたかのように、目を輝かせはじめた。
「なにそれ、楽しそうっ! 私も、スズちゃんが陛下に媚びるの手伝う~っ!」
「うむ。私も手伝うぞ!」
「あ、えっと……今のは、ですね……」
やばい、言葉を間違えたかも。
焦って目を逸らしたけど、リリア様はぐいっと私に近づいて、楽しそうに笑った。
「ねね、知ってる? 陛下って、意外に甘いものが好きらしいよ!」
「へぇ……たしかに意外ですね。でも、それが何か?」
特に必要なさそうな情報に、首をかしげる。
「キッチン借りてさぁ、みんなでケーキ作らない!? スズちゃん、陛下に超気に入られてるから、手作りのケーキ持っていって、これでリオちゃん許してくださーいって言えば、イチコロで許してくれるよ!」
「――――は?」
予想外の提案に、ぬけた声をあげてしまう。
けれど、リリア様は楽しそうな表情を崩さなかった。
「うーん! 我ながら名案っ!さっそく行こ行こーっ!」
「う、うわっ、ちょっと! リリア様!?」
強く腕を引かれて、無理矢理部屋から連れ出される。ライカナ様も、まんざらでもなさそうな表情で後ろからついてきていた。
うう……相変わらず、強引だなぁ。さっきまで、あんなに私の心配してくれてたのに……。
キッチンに着くと、中にいた数人の侍女さんたちは驚いた表情で私たちを見た。
「み、みなさま! いけません、こんなところに……!」
一人の侍女さんが慌てた様子でそう言った。
そりゃそうだよな……。私はともかく、リリア様とライカナ様が来る場所じゃないよ……。
だけどリリア様は、気にする様子もなく、侍女さんに笑いかけた。
「ちょっと、ケーキを作ろうと思って!」
「ケ、ケーキですか……? 何種類かご用意がありますが、部屋までお持ちいたしましょうか?」
「ううん! そういうんじゃなくて、スズちゃんが作らなきゃ意味ないのっ! というわけで、キッチン貸してくれない?」
リリア様が侍女さんたちに向かって、にっこりと笑いかける。
妙な威圧感に、侍女さんたちはごくりと唾を飲んで。それから、深くおじきをして、キッチンを出て行ってしまった。ご、強引すぎる……。
きれいなキッチンに、三人になる。リリア様とライカナ様は、振り返って私を見た。
「よーしっ! さっそく作っちゃうぞーっ!」
「まかせたぞ、スズ」
「えぇ……」
楽しそうに目を輝かせている二人に、私はつい、あきれた声を漏らしてしまった。
新章入りました。スズがプレジュに行くためにがんばります。
ちなみに、リリア様とライカナ様は、36話~38話ぐらいに登場した、お姉さん騎士です。




