54.スズ
――どうやって部屋まで戻ったのか、よく思い出せない。
あまりにも呆然としてしまった私を、王様が瞬間移動で送ってくれたような気がする。気がついたら、王宮の自室に、一人で立っていた。
すっかり見慣れた王宮の部屋は、しんと静まり返っている。ふらつきながら、大きなベッドに近づいて、倒れるように仰向けに寝そべった。
いつもはここにリオくんがいて、エリスちゃんやエルマー様が遊びにきてくれる場所なのに、まるで知らない場所にいるみたいだ。
部屋の中に、見張りはいない。それどころか、扉の前にすら見張りはつけられていなかった。
私はこの世界で、異常に重宝されている治癒能力者だ。それもたった一人しか存在しないレベル10なのに、この甘い監視は何だろう。本当に王様は、私を支配するつもりがないみたいだ。
「私が、妹だから……」
言われたことをひとりごちる。
今でも、信じられない。でも、そう考えると理解できなかった王様の行動に辻褄が合ってしまう。
高い天井を呆然と眺めながら、思い出したように両手を伸ばした。静かな部屋はとても息苦しい。話し相手がほしいと思った。
「……バロン、来て」
呟くように、バロンを召喚した。
思い起こせば、バロンは何かを知っていて、ずっとそれを隠しているようにみえた。だから、改めて話がしたいって思ったんだ。
黒い亜空間の中から、ニコニコ顔のバロンが現れる。バロンは嬉しそうに、勢いよく私に飛びついてきた。
「スズ~っ! もーいつも言ってるけど、呼ぶの遅いよっ! すぐに呼んでって言ってるじゃんっ!」
顔面にべたりと張り付かれたけど、はがす気力もなかった。
それに違和感を覚えたのか、バロンは私の膝の上に降りて、首をかしげた。
「あれ、どうしたの? なんか元気ないね」
「うん……元気、全然ないよ……」
「本当にどうしたの? 酷い顔してる。あれ、リオは?」
「……プレジュにいる」
「は? プレジュって、ここじゃない国のプレジュ王国のこと? なんでそんなとこにいるの?」
驚いた表情で、聞き返される。何から言えばいいのか分からない。
「バロン……あのね……」
ゆっくりと身体を起こして、私はバロンに話をはじめた。
エリスちゃんとエルマー様が、プレジュ王国の諜報員だったこと。リオくんと四人で出かけたら、二人に襲われてさらわれたこと。そこで、プレジュの王を治してほしいと言われたこと。そのあと、ノアアーク王が現れて、無理矢理戻されたこと。最後の召喚契約を結んでしまったこと。
バロンは、黙って聞いていてくれた。
顔をあげて、バロンを見る。
もしかして、バロンはずっと、私のことを知っていたのかもしれない。そんな気がした。
「……ねぇ、バロン。ゴフェルって知ってる?」
たずねると、バロンは驚いたように目を見開いて。それから大きな耳をぴんと立てて、うなずいた。
「……うん。よく知ってるよ。そっか、スズはゴフェルのことを知ってしまったんだね。あの人間――ノアアークが言った。そうだね?」
「うん……」
「アイツに、何を言われたの?」
「……私は元々、この世界の人間で、王様の妹みたいな存在だったって。でもある日、記憶を消して、王様から逃げ出したんだって言われた……」
「言われたのは、それだけ?」
バロンの言葉に、驚いた。
「え……それだけ、って。まだ何かあるの……?」
「どうしてゴフェルが、ノアアークから逃げ出したのかは聞いた?」
「ううん、それは何も聞いてないけど……」
「じゃあこの世界のことは?」
「この世界のこと……? そういえばエリスちゃんが、プレジュの王様のことを、この世界の歴史の証人だって言ってた。結局、助ける前にノアアークに連れ戻されちゃったから、何も聞けなかったんだ……。それが私と関係あるの?」
たずねると、バロンは神妙にうなずいた。
「――うん。あるよ。でも、今の元気がないスズに、全てを話すのは残酷すぎる。ぼくの口からは何も言えないよ」
きっぱりとバロンは、そう言った。
――ああ、またこれか。
もうこれ以上、知らないことが増えるのは嫌なのに。わけが分からないことが多すぎて、頭がおかしくなりそうだった。
「……もう今さら、何を言われても驚かないよ。お願い、教えて」
「いいや、教えない。以前スズに、ダンジョンの挑戦者が行方不明になることについて聞かれたときも言ったけれど、この問題は創造主たるぼくが語るべきことじゃない。どうしても知りたいなら、ちゃんとスズが自分で解き明かして、知るべきことだよ」
真剣な口調でそう言われて、いよいよ泣きそうになる。
膝を抱えて顔をうずめた。
「解き明かせって言われても……こんな状態で、どうしろっていうの……? もう、何もできないよ……リオくんのこと、どうしたらいいんだろう……」
つぶやいた声は、震えていた。
今日一日でいろんなことがあった。
今まで仲良くしていた、エリスちゃんとエルマー様に襲われて、プレジュにさらわれて、ノアアーク王に妹だと告げられた。
もう、頭がおかしくなりそうだった。リオくんをこの国に戻してあげたいけど、方法だって思いつかない。
「――ねぇ、どうして私は、王様から逃げたの? 具体的には言わなくていいから、教えて」
たずねると、バロンは少し悩んで、口を開いた。
「……ゴフェルはね、すっごく良い子だったんだ。だから、ノアアークを止められなかったこと、自分がしてしまったことへの罪の意識から、毎日泣いていたよ。だけどある日、ついに耐えられなくなって、この世界から逃げたんだ。別にそれが悪いことだと、ぼくは思わないよ」
「何それ。バロンが何を言っているのか、全然分からないよ……」
「ねぇ、スズ。顔を上げて。スズはこれからどうしたいの? ぼくに聞かせて」
「もう何もしたくない。私が何か罪を犯していたってこと……? そんなのやだよ……」
そう言って、顔を上げた。そのときだった。
「――もう、スズッ!」
突然、バロンに大きな声で名前を呼ばれる。
その瞬間、バロンがものすごい勢いで飛びかかってきて、私の顔を強打した。
「い、痛ぁっ!」
やわらかい毛で覆われていると言えど、勢いがあったせいで地味に痛くて思わずうめく。
バロンは、キッと強く私を睨んだ。
「さっきからジメジメして! 全然スズらしくないよっ! ゴフェルが何をしたとかどうでもいいじゃん! スズはどうしたいわけっ!?」
勢いよく叫ばれて、言葉に詰まる。
どうしたい、って。そりゃリオくんを何とかしたいに決まってる!
この世界のことだって知りたいし、私が何をしたのかだって……怖いけど、知りたいよ。
でも、急にいろんなことがあって混乱してるんだよ。本当はこの世界の人間で、王様の妹だって言われたら、誰だって混乱するでしょ!
恨みがましい視線を向けても、バロンは強く私を睨んだままだった。
「ゴフェルはね、すっごく内気で泣き虫な女の子だったよ! 自分の考えすら、自信を持って言えないような。でも、君は今、内気な女の子かい!?」
「う、内気ではないかも……」
「どうみても内気じゃないよっ! 活発で、異常に度胸のある女の子でしょっ! 断言する。君はもうゴフェルじゃない。スズっていう別の人間だよっ!」
バロンは、柔らかいクリーム色の毛逆立てて、強い口調で言った。さらに言葉は止まらない。
「こんなところでジメジメと悩んでるなんて、全然スズらしくないっ! ぼくが気に入った人間の女の子は、もっとかっこよかったはずだよっ!」
勢いよく叫んだバロンの言葉に、はっとした。
――そうだよね。もう起きたことを後悔したり、分からないことでいつまでも悩んだってしかたない。
こうしてジメジメしながら過ごす時間がすっごく無駄だ。めちゃくちゃ無駄! プレジュに取り残されているリオくんに顔向けできない。
私は、深呼吸をした。
それから、まだ震えている両手で、自分の頬を思いきり叩いた。頬がじんじんとしびれて、目が覚めたような気がした。
「ありがと、バロン。目、覚ます!」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、バロンはにっこりと笑って、私の肩に飛び乗ってきた。
「やっといつもの顔に戻ったね! そっちの方が、ぼくは好きだよ!」
「迷惑かけてごめん。ねぇ、バロン。私、リオくんをこの国に戻してあげたいの。それに、この世界のことをもっと知りたい。ゴフェルが何をしたのかも。私はこれからどうしたらいいかな? 答えられる範囲でいいから、教えて」
「そんなの、決まってるよ。全てを知っている人間が、プレジュにいるんでしょ?」
バロンはそう言って、にやりと笑った。
「歴史の証人――プレジュの王に、もう一度会いに行かないとね!」
シリアス展開は終わりですー。次話からは明るいスズでがんばります。




