50.彼女は何も知らない
「この国の……王様?」
「はい。治癒してくださいますか?」
「えっ、そんなの……治すぐらい全然いいよ! なんだ、私へのお願いってそんなこと? 拍子抜けしちゃった……」
てっきりティルナノーグの王宮がしているみたいに、監禁されてずっと酷使され続けるのかと思っていたから、一気に力が抜ける。
私の言葉を聞いてか、エリスちゃんは、ほっとしたような表情を浮かべた。
「……よかった。引き受けてくださって、ありがとうございます。では早速、王の元へ案内しますわ。どうぞ、こちらへ」
エリスちゃんはそう言って、足早に歩きはじめる。
リオくんと顔を見合わせて、小さくうなずく。大人しくしていれば敵意はなさそうだし、とりあえず黙ってついていくことにした。
さっきの戦闘のせいで、壁と床がすごいことになっている。幻想的だった空間の面影もない。一歩歩くごとに大理石が砕けて、バキバキと嫌な音がした。
一つしかない扉を抜けると、長い廊下に出る。床には赤い絨毯が敷いてあり、どことなく高貴な雰囲気が感じられる。王がいるぐらいだし、ティルナノーグの王宮みたいな場所なのかもしれない。
さらりと流れるエリスちゃんの後ろ髪を眺めながら、気になっていたことをたずねてみることにした。
「プレジュの王様は、なんの病気なの?」
たずねると、エリスちゃんは振り返って、にっこりと笑った。
「老衰ですわ」
「ろ、ろうすい……? え、それって、病気じゃないんじゃ……」
「そうですね。でも、死なせるわけにはいかない方ですから。我が王を死なせたら、この世界は本当に終わりですわ」
よく分からない答えに、またリオくんと顔を合わせて、首をかしげてしまう。
さっきから、歴史の証人とか、世界が終わるとか、突拍子のないことばかりを言っているけど、一体どういう意味なんだろう。
「王様はいくつの方なの?」
「正確には分かりませんが、たしか三百歳は超えていたと思いますわ」
「さ、さんびゃくさいっ!?」
「はい。ノアアークより年上のはずですわ」
歩きながら、何てことないように、エリスちゃんは答える。
さらに混乱してしまう。聞きたいことが山ほどあって、何から聞いていいか分からない。まるで、この世界にきたばかりのときみたいだ。
「ね、ねぇエリスちゃん。プレジュの王様は三百年もどうやって、生きていたの?」
気になってたずねると、エリスちゃんは、にっこりと微笑んだ。
「元々、このプレジュ王国にも治癒能力者がいたのですわ。八十年ほど前に、ノアアークにさらわれてしまったようですけど。それから老いが進行して、今に至っていますわ」
「あ、そうなんだね……」
それを聞いて、少し悲しい気持ちになる。
やっぱり、どの国でも治癒能力者の扱いは変わらないんだな……。結局のところ、延命に利用させられる運命なんだ。
うつむいた私を見てか、エリスちゃんは、ふっと笑った。
「スズ様は、本当に顔に出やすいですわね。別に我が国は、当時の治癒能力者に対して、ティルナノーグのような酷い扱いはしていなかったと聞いていますわ。倫理に反することに、治癒能力者を利用したりもしていません。ただ、我が王には、生きていて頂かなければならない理由があった。だから延命処置を施していたようです。この世界が滅ぶまでと決めて」
神妙な表情でエリスちゃんは言った。ますます意味が分からなくて、混乱する。
「世界が滅びるまでって……どういうこと? それに、治癒能力者に延命させてまで、生きなければならない理由ってなに?」
「それは、スズ様が我が王を治して、王の口から語って頂きましょう。……それよりもスズ様。わたくし、あなたのことでずっと気になっていたことがあるんです。今、たずねてもよろしいですか?」
突然エリスちゃんが振り返って、そう言った。
足を止めて、射抜くような視線を私に向ける。
「え、なに……?」
「――まだ、隠していることはありませんか?」
「は……? 何のこと?」
本当に心当たりがなかったので、聞き返す。エリスちゃんは、まだ不審な目で私を見ていた。
「……あなたがノアアークに捕まった、あの日。わたくしの能力で、スズ様の能力をお調べしたでしょう。あなたが所持していた能力は、身体強化のレベル8と移動能力のレベル7、そして……治癒能力のレベル10。それは分かりました」
「はぁッ!?」
「えっ!?」
エリスちゃんがそう言ったと同時に、後ろを歩いていたエルマー様とリオくんが、同時に驚きの声を上げた。
――あ、やばい。治癒能力のレベルが4だって嘘ついてたこと、忘れてた……。
「治癒能力の、レ、レベル10だとッ!?」
「ス、スズさん、本当なんですかっ!?」
「うん……実は、そうなんだ……はは……」
二人に問い詰められて、仕方なくうなずく。
二人とも、信じられないような目で、私をまじまじと見ていた。
「どうりで再生力が強すぎると思ったぜ……。おい、エルレイン! こんな大事なことを何で黙ってたんだよッ!」
エルマー様に叫ばれて、エリスちゃんは顔をしかめた。
「……エルレイン、さんでしょう? 口のきき方に気をつけなさい。あなたみたいな馬鹿に伝えたら、漏洩しかねないので、伝えておりませんでしたの。さすがにレベル10だと知られたら、外出許可なんて下りなかったでしょうし」
冷たく答えられて、エルマー様は口をつぐむ。
エリスちゃん……相変わらずエルマー様に辛辣すぎる……。
「スズさんすごいですね……っ! だから、何百人もいた疫病の人をまとめて治すことができたんですね……っ!」
リオくんはリオくんで、目を輝かせて私にそう言った。うう、まぶしい。てかリオくんだってレベル10じゃん……。
エリスちゃんは大きなため息を吐いて、私たちに冷たい視線を向けた。
「……わたくしが言いたいのは、そのことではありませんわ。話を戻してもよくて?」
「あっはい、お願いします」
そっけなく言われて、すぐに返事をした。
「単刀直入におたずねしますが、まだ能力を隠し持っているのではないですか?」
「えっ?」
予想外のことをたずねられて驚いて。すぐに私は首を振った。
「ううん。ダンジョンで手に入れたのは、三つだけだよ」
「……本当ですか? 感知能力でスズ様の能力をお調べしたとき、その三つ以外に、何か不気味な感覚がありましたの」
「え。不気味な感覚ってなに?」
「わたくしが聞きたいですわ。まだ本人が知らない能力があるような、不思議な感覚でした。わたくしは名前さえ分かれば、所持能力を調べることができるのですが、あんな感覚は初めてでしたわ。……スズ様、何かを忘れているのではありませんか?」
――何かを忘れている。
その言葉に、どくんと心臓がはねあがった。
うーん、と考えるふりをして、すぐに笑って首を振った。
「いやー私ただのOLだったしなぁ……」
「元の世界では、何をしていらしたのですか?」
「うーんとね、説明が難しいんだけど、会社っていう大きな組織で働いていたよ。私は……ちょっと普通じゃなかったから、特別枠で雇ってもらえて、毎日毎日、一生懸命だったなぁ」
元の世界の思い出に、いいことなんて一つもなかったけど、この世界にきた今は、当時のことが何だか懐かしかった。
「では家族は?」
そうたずねられて、また心臓がどくんと跳ねた。
……思い出したくないことを、思い出してしまう。
震える手を、ぎゅっと握って、口を開いた。
「実を言うとね、覚えてないんだー!」
「……どういうことですか?」
「私、十三、四歳ぐらいのときにね、記憶喪失で、何も覚えていないところを保護されたの。だから、正確な年齢も分からないし、親のことも分からない」
この話を自分からするのは初めてで、明るく言おうとしたけど、声がふるえた。
学生時代は、発言のはっきりしなかった私は奇異の目で見られたし、会社に入ってからも、特別枠で入社した私はあまりいい目で見られなかった。まぁ営業成績が悪かったのが大きかったんだろうけどね……。
「そのことと、何か関係があるのかもしれませんね……」
「え?」
「また後で話しましょう。着きましたわ。ここが我が王のお部屋です」
立ち止まった先に、大きな扉がある。金色の装飾品が飾り付けられた、豪華な扉だ。
エリスちゃんはノックをして、扉をそっと開けた。
「失礼します、王よ」
落ち着いた声でそう言って、エリスちゃんが中に入る。私たちも続いて中に入った。
中心に、大きなベッドがある。
かなりの高齢に見える老人がそこで眠っていて、身体中から透明な管が繋がっていた。
老人は目を閉じたまま開かない。わずかな呼吸だけは確認できる。そんな状態だった。
「もう意識もなく、ずっとこの状態です。いつ息絶えるか分からない状態ですわ」
「う、うん……もう長くない。私には分かるよ……」
治癒能力を所持しているせいか、老人の寿命がはっきりと分かって、思わずつぶやく。
それを聞いてか、エリスちゃんは胸に手を当てて、安心したように息を吐いた。
「間に合ってよかった……。スズ様、我が王にどうか延命処置をお願いします」
「わかった。やってみるね……!」
そう言って、老人に向かって両手を伸ばす。
力を注ごうとした――そのときだった。
突然、部屋に黒いもやが現れた。
そのもやの中に人影が現れて、やがて姿を現す。
目を見開いて驚いた。現れたのは、ノアアーク王。ティルナノーグの王様だったからだ。
「――その老人を治してはいけませんよ?」
王様は、不気味なほど美しい顔で微笑んで、そう言った。




