怪異殺しは天才と会い、妖刀を得る
子供のおもちゃ箱。
朽ち果てた外見をした雑居ビルへと入り、玄関ホールを抜けた先に俺達を待ち受けていたのは、大規模なおもちゃ箱と化した散らかり放題の空間だった。
ありとあらゆるガラクタが所狭しと押し込められた、酷く乱雑で大雑把な散らかりよう。それが幾つかの部屋の壁を取っ払って繋げたような大空間のすべてに広がっている。
足の踏み場もないとはまさにこのことで、本当にここに人が住んでいるのかと再度、疑いたくなった。
けれど、その中心地におもちゃ箱の主はたしかにいたのだった。
「こんにちはー。私は括里理緒、話は聞いてるよーん」
白衣を身に纏う、同い年くらいの少女。
それは医者というよりは、科学者と言った風体だ。
散らかった空間の中心地、そこだけが綺麗に片付けられたオアシス。
まるで子供が手の届く範囲だけを整頓し、片付けをしたと言い張っているかのような場所に、彼女は椅子の上で胡座を掻いて座っていた。
「なんでも刀をご所望だとか。希望を聞かせてもらえるかなー?」
理緒はとても華奢で可憐な少女だ。
鉄を打ち続ける体力も気力も、あるようには思えない。
だが、組織が俺をこの場所に連れてきたのなら、きっと彼女は用意するのだろう。俺が希望した通りの真剣を。
「そうだな……とにかく、よく斬れて頑丈な奴がいい。何体斬っても切れ味を損なわないような、そんな刀がいい」
「なるほど、なるほど。他に希望は?」
小刻みに頷きながら、更に理緒は問うてくる。
「他に? いや、ない。と言うか、刀にそれ以上なにを望めって言うんだ?」
よく斬れて頑丈な刀。それが刀の――剣の理想系だ。
それ以上となると、俺には必要性が見出せないものばかりが頭に浮かぶ。
「ふーん、キミは他のお客と比べるとずいぶん欲がないんだね。みんな口を開けば止まらないくらい希望を言ってくるよー。例えば、魔術の補助機能だとか。破魔能力の付与だとか。魔力の貯蔵機構だとか。他にもまだまだ」
そう言う理緒の表情は、しかし楽しそうなモノだった。
無理難題を言われると愚痴を言っているように見えて、その実はそれに挑戦することを楽しんでいるようにも見える。仕事が楽しくて楽しくて仕様がない、といった風にも受け取れる。
きっと彼女の性質と、この職業は、とても相性がいいのだろう。
「それを踏まえて、もう一度きくけど。本当に他にはいらない?」
「あぁ、いらない。すくなくとも今はな」
きっと、いま適当に希望したところで、その付属機能が使われることはない。
俺が刀に求めていることは、刀であること以上にないのだから。
もし付属機能を付けることになるとすれば、それは必要に迫られてのことになるに違いない。
「そっか、そっか。なら、保留ってことにしておくねー。――と、なると……」
理緒は椅子から立ち上がり、ふらふらとガラクタの山へと向かう。
どうやらあの中に、俺の希望に合う刀があるらしい。
ガラクタの山に埋もれていて、管理体制が杜撰に過ぎると思うのだが、本当に希望した通りの刀が出て来るのだろうか。
彼女のことを何も知らないからか。
彼女の行動の一つ一つに小さな不安が積もる。
「なぁ、瑞樹」
「……なんだよ」
また下の名前で呼んだな。と、すこし嫌そうな顔をしつつ、しかし瑞樹は返事をしてくれた。
「理緒ってどんな奴なんだ?」
「どんな奴かって? そうだな、そう聞かれると、天才って答えるしかないかな」
天才。
「理緒は創作意欲のバケモノだ。何かを造り出すためなら、どんなことでも学ぶ。実際に魔術も錬金術も、理緒はすぐに習得したしな。それもクラスで言えばスペードのレベルまで」
あの歳でそれだけの知識と技術を習得する。
並大抵の努力では為し得ない偉業だ。
人が苦とするものを楽しむ。
その精神性が、理緒を天才たらしめている所以だろう。
結局のところ、物を言うのは心だ。
折れない心こそが、何かを成し遂げるために必要不可欠なものである。
「魔術師にして錬金術師か」
二足のわらじをこうも綺麗に履かれると、見事としか言いようがないな。
「更に、傀儡師でもある。理緒が自作したオートマタやゴーレムは、もの凄い高値がつくんだ。その注文が各方面から引っ切りなしやって来る」
二足かと思ったら三足だった。
びっくりだ。
「ちなみにどれくらいの値段が?」
「目玉が飛び出るほど」
「そいつは凄い」
瑞樹の話を聞く限りでは、なんでもこなせる万能の人と言ったところか。
バケモノじみた創作意欲に潤沢な資金が加われば、出来ないことのほうが少なくなる。理想を現実に組み上げる実力があるなら、それはそれは仕事が楽しくてしようがないだろう。
そんな彼女が造り上げた刀。
そう聞くと俄然、期待が高まってくる。
「んー……っと、あった! これこれ」
瑞樹と話している間、ずっとガラクタの山と格闘していた理緒は、ようやく目当ての刀を探り当てた。
ずるりと掴んだ得物を引きずり出し、それを携えて理緒はこちらに歩み寄る。
「お待たせー。はい、これがご所望の品だよ。その名も妖刀、紅桜」
妖刀、紅桜。
手渡されたそれを鞘から抜き払い、その全形を見る。
しなやかに伸び、微かに反る美しい刀身。手に馴染むような最適な重量。振るえば鳴く風斬り音は、それだけで切れ味の鋭さを物語っていた。
刃に一点の曇りなく、それは刀として申し分ない出来だった。
「紅桜には、魔力転換炉と修復機構を仕込んであるの。転換炉が怪異ないし自身の血を魔力に変えて、それを動力として修復機構が刀身の損傷を正しく復元する。これによって紅桜は半永久的な戦闘継続を可能とするのだー!」
自慢気に、腰に手を当てて、声高に理緒は解説した。
「なるほど。つまり、戦っている間は絶対に刃こぼれしない訳か」
「究極的なことを言えば、折れても血さえ用意すればくっつくってことだよーん。どう? 希望通りのモノが出て来たでしょ?」
「あぁ、これなら文句ない」
俺が生きている限り、この紅桜が刀としての機能を失うことはない。
剣客にとってこれほど理想的な得物もないだろう。
共に生きて、共に死ぬ。文字通りの意味で生死を共にする相棒が俺にも出来た。今はそれを素直に嬉しく思う。
「ちなみにー、紅桜にはまだ機能拡張の余地があるから。付属機能が欲しくなったら、また来てねー。キミは面白いから、特別価格にしておくよー」
「あぁ、その時はまた頼む……ん? 待てよ。金?」
すっかりと頭から抜けていたけれど、紅桜の代金は幾らなんだ?
そこまで思考が至ったとき、ふと脳裏を過ぎたのは瑞樹の言葉だ。
目玉が飛び出るほどの金額。
それを思い出した瞬間、嫌な汗が一気に噴き出した。
「……ちなみに、これ幾らだ?」
「んふふー、知りたい?」
その笑顔が、いまは怖い。
「タダだよ、タダ。名目上は支給品扱いだ、金は組織が払うことになってる」
「もー、瑞樹ちゃんすぐネタばらしするー」
「悪いな」
莫大な借金を背負い込むことにならず、ほっと一息をつく。
嫁探しもまだ、ままならないんだ。
その上に借金なんて致命的な減点要素を抱え込むのは勘弁願いたい。危うく相手を道連れにする質の悪い地雷が完成するところだった。
「いつもなら黙って見てるけど、そうも行かなくなったんだ」
「行かなくなった?」
瑞樹の口調から不穏な気配を感じつつ、そう聞き返した。
「あぁ、たったいま連絡が来たんだ。救援依頼って奴。私達はこれから援軍として怪異討伐に向かう。相手はスペードの生徒二名でも殺しきれない強敵だ、新調した得物を試すなら打って付けだろ?」
たしかに、そんな言い方をされては試さずにはいられない。
「相手にとって不足無し。早速、救援に向かおう」
「いってらっしゃーい。理緒ちゃんの工房にまた来てねー」
理緒の気の抜けるような声を背に、俺達は雑居ビルを後にする。
周囲はすでに夕闇に染まる黄昏時。所謂、逢魔が時という奴で、一説によればこの時間帯が一番、怪異が顕現しやすいらしい。
そんな昔に聞きかじった知識を頭に思い浮かべつつ、アスファルトの地面を踏み締めた。