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怪異殺しは機嫌を窺い、問題を提起する


「ずっと考えていたんだ。どうして生身一つで、魔術を施した魔術師と同等以上に渡り合えるのか」


 茜色の夕日が一日の終わりを告げようと言うころ。

 糸杉学園からの帰り道にて、唐突に瑞樹はそう話はじめた。


「それで? 答えは出たのか?」

「……あんたが習得した剣の技量は凄まじいものだ。恐らくは、揺り籠から墓場までの人生を、すべて剣に捧げ続けなければ――いや、その程度じゃあ足りないな。それをもう何度か繰り返して、ようやく足がかりが見えるくらいの領域に、あんたはいる」


 神妙な顔付きをして、瑞樹は語る。


「魔術師として認めたくはないけど。あんたが剣を振るえば、それが魔術になる。だから、魔剣でも妖刀でもないただの真剣で、魔術師に善戦できる、怪異が殺せる。ありえない存在は、ありえない手段でしか殺せないからな」


 毒を以て毒を制すように。

 ありえない存在は、ありえない手段でしか対抗できない。

 その手段は多岐に渡る。魔術、召喚術、結界術、錬金術、死霊術、などなど。俺はそのどれにも当てはまらない手段をもって、怪異を殺す術とした。

 人間には到達不可能な領域にいたり、己の技量を極限まで高めること。

 ご先祖様はその方法を導き出し、実践し、だからこそ淘汰された。


「あんたは……いったい何をしたんだ?」


 その問いに答えるのは簡単だ。

 だが、それを誰かに教えるつもりはない。


「悪いが、そいつは一族の秘伝なもんでな。教えてやれない」


 あんなことは、繰り返すべきではない。

 一族の復興を目標としてはいるが、アレは俺の代で終わらせる。後世に伝えてなるものか。

 あんな、あんなおぞましくて、凄惨で、非人道的な行いは、闇に葬らなければならない。


「――ま、瑞樹が俺の嫁になってくれるなら、考えてやってもいいがな」

「は――はぁ!?」


 教えるつもりは毛頭ないが、話題をすり替えるためにそう言ってやる。

 すると、夕日の所為か。みるみるうちに瑞樹の顔が真っ赤になった。


「あ、あんた……まさか。嫁探しをしてるって言うのは知ってたけど……その候補に私も入ってるのか!?」

「あぁ、当たり前だろ?」

「ふざけるなっ! 人を勝手に花嫁候補にしやがって! 絶対しないぞ! しないからな! 今すぐ候補から外せ!」

「まぁまぁ」

「まぁまぁ、じゃない! おい! 聞いてるのか!? おいって!」


 無事に話題のすり替えは完了したようで、騒ぐ瑞樹を置いて帰路を急ぐ。

 なにやら後ろのほうで喚き散らすような声が聞こえるが、聞こえていないことにしておこう。嘘は言っていないしな。

 それに、これくらい猛烈に拒否されると、なんとかして口説き落とせないものかと、逆に色々と思案してしまう。

 俺は意外と逆境に燃える質なのかも知れない。



 模擬試合があった日から一夜が明けた今朝。

 お目付役である瑞樹は今日も家を訪れ、俺を監視するために一緒に登校しているのだが。


「なぁ」

「ふんっ」


 どうやら瑞樹の機嫌を損ねてしまったようだった。

 先ほどから一向に目を合わせてくれない。

 並走はしてくれているものの、距離自体は必要以上に開いている。仕事だから仕様がない、と言った妥協の念が透けて見えた。

 理由は、考えなくても分かる。昨日の話題逸らしの方法が悪かったのだ。


「みず――」

「下の名前で呼ぶなっ!」


 やっと会話が成立した。

 いや、しているのか? これ。


「そう怒るなよ、悪かったって」


 一応の謝罪をしてみたものの、瑞樹の目は鋭いままだ。

 自分を抱き締めるように身を護り、必要以上に開いていた距離を更に広げる。

 まるで悪漢でも見ているような目付きだ。


「後でなにか埋め合わせはするからさ。だから、機嫌を直してくれ。早急に片付けなくちゃあならない問題があるんだよ」

「……なんだよ、問題って」

「昨日、無茶しすぎたんでな」


 周囲に人気がないことを確認し、背負っていた竹刀袋から刀を取り出す。

 長年、愛用してきた刀だったが、先の模擬試合で少々、無茶な使い方をした。刀身の片面だけが浅く抉られたように削れている。

 こうなってしまうと刀として十分な機能を果たせない。


「つまり?」


 すこしだけ鞘から抜けた刀身を見て、今一ぴんとこない瑞樹はそう言う。


「新しい刀が欲しいんだよ。由々しき事態だからな、得物がないって言うのは」


 こんな時に怪異に遭遇したら面倒臭いことこの上ない。

 素手でもある程度は戦えるようにしてあるが、ありえない存在はありえない手段でしか殺せない。戦えはしても殺すには足りない。

 そう言う状況を避けるためにも、新しい刀は必要だ。


「……わかった。上に話を通しておく」


 そう短く言葉を切って、瑞樹は先に歩き出す。

 どんなに不機嫌でも話はきちんと聞いてくれるんだな。

 瑞樹の背中を眺めつつ、そんなことを思いながら俺もその後に続く。

 そうして一日は始まりを告げ、時刻は放課後まで過ぎていく。


「――上から連絡が来た。あんたの希望通り、新しい武器をくれるってさ」


 かなり時間が経ったとあって、いつも通りの口調で瑞樹はそう話してくれた。

 今朝、連絡してもう返事がくるとは組織も準備がいい。

 まぁ、得物は消耗品だし、不測の事態に備えていて然るべきなのだが。それにしても決定がはやい気がするな。

 俺に敵意がないことは証明されているとはいえ、瑞樹と言う監視がついている以上、武器の受け渡しなどもっと慎重になると思っていたんだがな。


「ほら、行くぞ。急がないと日が暮れる」

「あぁ、行こう」


 瑞樹に急かされて学校を後にする。

 夕日に照らされた道を歩いて渡り、闇がすこし濃くなるころには目的地に辿り着いていた。


「ここが?」


 瑞樹につれて来られた場所、そこは小汚い雑居ビルだった。

 剥がれ落ちた看板。ひび割れた外見。這い上がる蔓や蔦。曇りきった硝子窓。

 そのどれを抜き出してみても廃墟の二文字に繋がるような、そんな朽ち果てた建築物。

 話によれば、ここに武器やら何やらを取り扱う人物が住んでいるらしい。


「どんな変人なら、ここに住もうと思うんだ?」

「忘れたのか? こっちの世界じゃあ建物の外見なんて当てにならないって」

「あぁ、そう言えば」


 魔術に関係するものは、すべて隠蔽されている。

 学園しかり、訓練場しかり、なら、ここも偽装工作がなされていて当然だ。普遍的な建物の皮を被らされている。

 まぁ、それがこの見た目というのも可笑しな話だが、一般人を寄せ付けないという意味では適切なのかも知れない。

 廃墟マニアとか、不良とか、そう言う人種を逆に集めてしまうかも知れないが。


「なら、早速、会うとするか」


 新たな得物との邂逅に胸を躍らせ、朽ち果てた雑居ビルへと足を踏み入れる。


「――ほー、これはまた」


 真っ先に目を引いたのは、入り口の正面にある階段だ。

 途中で二叉に分かれる構造は、創作物でよく見掛ける洋館の玄関ホールを想起させられる。各所に燭台が配置されており、壁に貼り付けられた絵画もまた、それらしい雰囲気を醸し出している。

 雑居ビルに入ったと思ったら洋館にいた。

 そんなデタラメな話が、たしかな現実としてここにある。


「まるで瞬間移動したみたいだな」

「そうか? 私は特に何も思わないけどな」

「そりゃ、仕組みを知っているのと、そうでないのとなら感じ方も違うだろ」


 手品の披露も、仕掛けを知っていれば驚かないのと一緒だ。


「そう言うもんか? まぁいいや。目的地は二階にある一室だ、さっさと済ませよう」


 玄関ホールを横断し、二叉の階段に足を掛ける。

 まだ見ぬ得物との出逢いを期待しつつ、俺達は二階を目指して階段を上った。

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