怪異殺しは機嫌を窺い、問題を提起する
Ⅰ
「ずっと考えていたんだ。どうして生身一つで、魔術を施した魔術師と同等以上に渡り合えるのか」
茜色の夕日が一日の終わりを告げようと言うころ。
糸杉学園からの帰り道にて、唐突に瑞樹はそう話はじめた。
「それで? 答えは出たのか?」
「……あんたが習得した剣の技量は凄まじいものだ。恐らくは、揺り籠から墓場までの人生を、すべて剣に捧げ続けなければ――いや、その程度じゃあ足りないな。それをもう何度か繰り返して、ようやく足がかりが見えるくらいの領域に、あんたはいる」
神妙な顔付きをして、瑞樹は語る。
「魔術師として認めたくはないけど。あんたが剣を振るえば、それが魔術になる。だから、魔剣でも妖刀でもないただの真剣で、魔術師に善戦できる、怪異が殺せる。ありえない存在は、ありえない手段でしか殺せないからな」
毒を以て毒を制すように。
ありえない存在は、ありえない手段でしか対抗できない。
その手段は多岐に渡る。魔術、召喚術、結界術、錬金術、死霊術、などなど。俺はそのどれにも当てはまらない手段をもって、怪異を殺す術とした。
人間には到達不可能な領域にいたり、己の技量を極限まで高めること。
ご先祖様はその方法を導き出し、実践し、だからこそ淘汰された。
「あんたは……いったい何をしたんだ?」
その問いに答えるのは簡単だ。
だが、それを誰かに教えるつもりはない。
「悪いが、そいつは一族の秘伝なもんでな。教えてやれない」
あんなことは、繰り返すべきではない。
一族の復興を目標としてはいるが、アレは俺の代で終わらせる。後世に伝えてなるものか。
あんな、あんなおぞましくて、凄惨で、非人道的な行いは、闇に葬らなければならない。
「――ま、瑞樹が俺の嫁になってくれるなら、考えてやってもいいがな」
「は――はぁ!?」
教えるつもりは毛頭ないが、話題をすり替えるためにそう言ってやる。
すると、夕日の所為か。みるみるうちに瑞樹の顔が真っ赤になった。
「あ、あんた……まさか。嫁探しをしてるって言うのは知ってたけど……その候補に私も入ってるのか!?」
「あぁ、当たり前だろ?」
「ふざけるなっ! 人を勝手に花嫁候補にしやがって! 絶対しないぞ! しないからな! 今すぐ候補から外せ!」
「まぁまぁ」
「まぁまぁ、じゃない! おい! 聞いてるのか!? おいって!」
無事に話題のすり替えは完了したようで、騒ぐ瑞樹を置いて帰路を急ぐ。
なにやら後ろのほうで喚き散らすような声が聞こえるが、聞こえていないことにしておこう。嘘は言っていないしな。
それに、これくらい猛烈に拒否されると、なんとかして口説き落とせないものかと、逆に色々と思案してしまう。
俺は意外と逆境に燃える質なのかも知れない。
Ⅱ
模擬試合があった日から一夜が明けた今朝。
お目付役である瑞樹は今日も家を訪れ、俺を監視するために一緒に登校しているのだが。
「なぁ」
「ふんっ」
どうやら瑞樹の機嫌を損ねてしまったようだった。
先ほどから一向に目を合わせてくれない。
並走はしてくれているものの、距離自体は必要以上に開いている。仕事だから仕様がない、と言った妥協の念が透けて見えた。
理由は、考えなくても分かる。昨日の話題逸らしの方法が悪かったのだ。
「みず――」
「下の名前で呼ぶなっ!」
やっと会話が成立した。
いや、しているのか? これ。
「そう怒るなよ、悪かったって」
一応の謝罪をしてみたものの、瑞樹の目は鋭いままだ。
自分を抱き締めるように身を護り、必要以上に開いていた距離を更に広げる。
まるで悪漢でも見ているような目付きだ。
「後でなにか埋め合わせはするからさ。だから、機嫌を直してくれ。早急に片付けなくちゃあならない問題があるんだよ」
「……なんだよ、問題って」
「昨日、無茶しすぎたんでな」
周囲に人気がないことを確認し、背負っていた竹刀袋から刀を取り出す。
長年、愛用してきた刀だったが、先の模擬試合で少々、無茶な使い方をした。刀身の片面だけが浅く抉られたように削れている。
こうなってしまうと刀として十分な機能を果たせない。
「つまり?」
すこしだけ鞘から抜けた刀身を見て、今一ぴんとこない瑞樹はそう言う。
「新しい刀が欲しいんだよ。由々しき事態だからな、得物がないって言うのは」
こんな時に怪異に遭遇したら面倒臭いことこの上ない。
素手でもある程度は戦えるようにしてあるが、ありえない存在はありえない手段でしか殺せない。戦えはしても殺すには足りない。
そう言う状況を避けるためにも、新しい刀は必要だ。
「……わかった。上に話を通しておく」
そう短く言葉を切って、瑞樹は先に歩き出す。
どんなに不機嫌でも話はきちんと聞いてくれるんだな。
瑞樹の背中を眺めつつ、そんなことを思いながら俺もその後に続く。
そうして一日は始まりを告げ、時刻は放課後まで過ぎていく。
「――上から連絡が来た。あんたの希望通り、新しい武器をくれるってさ」
かなり時間が経ったとあって、いつも通りの口調で瑞樹はそう話してくれた。
今朝、連絡してもう返事がくるとは組織も準備がいい。
まぁ、得物は消耗品だし、不測の事態に備えていて然るべきなのだが。それにしても決定がはやい気がするな。
俺に敵意がないことは証明されているとはいえ、瑞樹と言う監視がついている以上、武器の受け渡しなどもっと慎重になると思っていたんだがな。
「ほら、行くぞ。急がないと日が暮れる」
「あぁ、行こう」
瑞樹に急かされて学校を後にする。
夕日に照らされた道を歩いて渡り、闇がすこし濃くなるころには目的地に辿り着いていた。
「ここが?」
瑞樹につれて来られた場所、そこは小汚い雑居ビルだった。
剥がれ落ちた看板。ひび割れた外見。這い上がる蔓や蔦。曇りきった硝子窓。
そのどれを抜き出してみても廃墟の二文字に繋がるような、そんな朽ち果てた建築物。
話によれば、ここに武器やら何やらを取り扱う人物が住んでいるらしい。
「どんな変人なら、ここに住もうと思うんだ?」
「忘れたのか? こっちの世界じゃあ建物の外見なんて当てにならないって」
「あぁ、そう言えば」
魔術に関係するものは、すべて隠蔽されている。
学園しかり、訓練場しかり、なら、ここも偽装工作がなされていて当然だ。普遍的な建物の皮を被らされている。
まぁ、それがこの見た目というのも可笑しな話だが、一般人を寄せ付けないという意味では適切なのかも知れない。
廃墟マニアとか、不良とか、そう言う人種を逆に集めてしまうかも知れないが。
「なら、早速、会うとするか」
新たな得物との邂逅に胸を躍らせ、朽ち果てた雑居ビルへと足を踏み入れる。
「――ほー、これはまた」
真っ先に目を引いたのは、入り口の正面にある階段だ。
途中で二叉に分かれる構造は、創作物でよく見掛ける洋館の玄関ホールを想起させられる。各所に燭台が配置されており、壁に貼り付けられた絵画もまた、それらしい雰囲気を醸し出している。
雑居ビルに入ったと思ったら洋館にいた。
そんなデタラメな話が、たしかな現実としてここにある。
「まるで瞬間移動したみたいだな」
「そうか? 私は特に何も思わないけどな」
「そりゃ、仕組みを知っているのと、そうでないのとなら感じ方も違うだろ」
手品の披露も、仕掛けを知っていれば驚かないのと一緒だ。
「そう言うもんか? まぁいいや。目的地は二階にある一室だ、さっさと済ませよう」
玄関ホールを横断し、二叉の階段に足を掛ける。
まだ見ぬ得物との出逢いを期待しつつ、俺達は二階を目指して階段を上った。