09 チートスキルで家を建てる②
午前中に埋め立てを終え、昼からは家に使うための材料を集めた。
俺のことを認めてくれたのか、オーク達の態度は午前中よりかなり協力的になっていた。
「なあ勇者! これはどうすればいい?」
「勇者……いや、兄貴! この辺りで採れる材質なら、もっといいものがあるぜ!」
そのおかげで作業はかなり捗り、あっという間にすべての材料を揃えられた。
オークたちに教わりながら、自分の足で建材を集めていくのは楽しい。
「兄貴! それで、完成予想図なんかはあるのか?」
「一応、イメージと一緒にこういうものを作ってみた」
スキルを使って書いた設計図と、完成予想図。
マグマの上にそびえたつのは、真っ黒な外壁に塗られたおどろおどろしい城だ。
「せっかくだし、牛魔王が住んでいそうな御殿をイメージした。マグマ沼の真ん中に立ってるなら、そんな感じの建物がしっくりくるだろう?」
「おおお……さすが俺たちの兄貴! 痺れるセンスだぜ!!」
「かっけーよ兄貴!」
「そ、そうか……ちょっと子供っぽいかとも思ったんだが」
たぶん初めての暗黒大陸生活に、俺は浮かれているらしい。
もしこの住処が恥ずかしくなったら、また作り直せばいいし。
「兄貴、この中庭に露天風呂を作るのはどうだ?」
「……露天風呂……」
自宅の庭に露天風呂。
その響きに、俺は内心で目を輝かせた。
せっかくマグマの上に住むんだし。
冷え込む夜に、露天風呂に入って温まるとか、最高に贅沢だ。
肝心の建築だが、人力でやっていると三ヶ月ぐらいかかりそうなので、ここはスキルの力を利用する。
(いずれ時間を見て、あえての人力にも挑戦したいな……)
そんな想いも抱えつつ、俺は詠唱する。
「建築スキル発動!」
◇ ◇ ◇
――そして出来上がった家は、なかなか満足な出来だった。
「すげえ!! 兄貴、一日でこんな御殿を完成させちまうとは!」
「ありがとう。手伝ってくれたみんなのおかげだ」
「兄貴、お疲れでしょう! さっそく温泉を楽しんだらどうですかい!」
(あれ? シャルロッテがいないな……)
彼女にもお礼を言いたかったんだが。
(でも、確かに泥だらけだ……)
俺はオークたちの言葉に甘え、正真正銘の一番風呂を堪能してくることにした。
その前にもう一度、自らの家を振り返る。
「……うん」
これが俺の家だ。
そんな実感をかみ締めながら、俺はさっそく風呂に入る支度を始めたのだった。
◇ ◇ ◇
「っあー……」
肩まで乳白色の温泉に浸かった瞬間、自然とそんな声が出る。
中庭の一角に作ったのは、俺が足を伸ばしてもまだ余る、円形の露天風呂だ。
風呂を囲むようにおいた石を枕にし、ちょっと熱めの湯に体を浮かべて、俺は静かに目を閉じた。
(……いい。すごくいい……。この温泉、最高だ……。今度飲み物を持ち込んで、茹るまで浸かってやろう)
そんなことを考えていたときだ。
「旦那さま……」
ひとりきりだと思い込んでいたから、唐突に声をかけられて死ぬほど驚いた。
「うわっ!」
勢いよく振り返ったせいで、ばしゃりと飛沫が上がる。
湯煙の向こうから姿を現したのは……。
「シャルロッテ……!?」
やたらと透けたドレスを身にまとったシャルロッテが、恥ずかしそうに立っているのを見て、さらに動揺する。
(お、おいうそだろ……)
俺は、慌てて視線を逸らした。
湯煙が立ち込めているのが、唯一の救いだ。
あんな恰好もろに見たら、さすがに気まずい。
「おまえ何してるんだよ……。あ、風呂入りたいのか!? なら、すぐ出るからちょっと外で待っていてくれ……!」
「旦那さま、そうではない」
シャルロッテは出ていくどころか、温泉のふちに正座をすると、慎ましやかに三つ指をついた。
「わらわが今から、旦那さまのお背中を、お流しいたしまする」
「はぁ!? い、いや、いいから!! ……っておい……!?」
湯につかっていた俺の腕を、シャルロッテがきゅっと掴んでくる。
「妻の務めをしっかり果たしたいのじゃ……。だから断るのはなしじゃ……」
小さくてしょんぼりした声でそう言われ、反論できない。
「……。……わ、わかった……。じゃあお願いするよ……」
結局シャルロッテに押されて、背中を流してもらうことになってしまった。
いったん湯から上がり、風呂椅子用の平らな石に腰掛ける。
「それでは旦那さま、失礼するぞ」
「ああ、よろしく」
人面糸瓜のスポンジで、ごしごしと背中をこすられる。
だが、その手つきがなんだかぎこちない。
(……もしかして緊張しているのか……?)
心配になって振り返ると、ゆでだこぐらい真っ赤になったシャルロッテが、かちこちになってスポンジを握りしめていた。
「シャルロッテ?」
「ひゃわ!?」
声を掛けただけなのに、シャルロッテが肩を跳ねさせる。
その拍子にスポンジが彼女の手から落下した。
「あわわ、スポンジが、スポンジが……」
「俺がとるよ」
「よいのじゃ……! 旦那さまは動くでない……!」
「あ、ああ……。……でもおまえ、大丈夫か?」
「ももも、もちろん大丈夫に決まっておる……! 小さいころ、父上のお背中を流すのは、わらわの役目だったゆえ、背中流しに関してわらわは熟練者じゃ!」
「そ、そうか……」
でも、やっぱりどう考えても緊張しているらしかった。
父親以外の背中を流したことが、初めてなのかもしれない。
そんなことを考えていると……。
「……大きなお背中じゃな……」
そう呟く声が聞こえ、ぴとりと小さな手が俺の背中に添えられた。
(なんだか……なんだか、やたらと恥ずかしくなってきたな……)
「あー……ありがとう。もう十分だ。俺はこのまま出るから、シャルロッテはあたたまってきたらいい」
「それなら旦那さまも一緒に……」
「いや……」
「妻の務めをしっかり果たしたいのじゃ。だから断るのはなしじゃ……」
またさっきと同じ言葉で脅された。
「どうしてもわらわを残して、先に出るというのなら……抱きついて引き留めるまでじゃ!」
「うわ……!?」
背後から両腕を回して、シャルロッテが俺にしがみついてくる。
湿った薄い服越しに、柔らかいふくらみの感触がした。
「わ、わかった……! 入る入る! 一緒に入るから放してくれ……!」
「本当じゃな?」
シャルロッテの腕の力が弛んだので、慌てて抜け出し、湯に飛び込む。
(まったくとんでもないことをしでかす女だ……)
「旦那さま、わらわも今入るゆえ、しばしの間、目をつぶっていてくだされ。裸を見られるのは、恥ずかしいのじゃ……」
「ああ……」
大胆なんだか、初心なんだか、よくわからない。
湯につかったまま、目をつぶっていると、しゅるしゅると衣擦れの音が聞こえてきた。
「もう目を開けても大丈夫じゃ」
言われて目を開けると、シャルロッテが寄り添うようにして、俺の隣に座っていた。
ちょっと距離が近いが、湯が乳白色なので、一応、安心していられる。
「夫婦水入らずで混浴……。ふふ、最高の気分じゃな……」
「……いや夫婦じゃないぞ?」
「裸の付き合いをしておいて何を言っておる。それにそなたの背中を流す役も、これから一生わらわに任せると言うてくれた……!」
言った覚えはないぞ。
「……そもそも、魔王が決めた話だろ? 結婚なんて大事な問題、親の言いなりにならなくていいよ」
「そんなことはない!」
シャルロッテが、ばしゃっと湯を跳ねさせて俺に向き直る。
「わらわに許婚が出来たと父に言われた日から、ずっと、どんなお方なのだろうと想像してきたのじゃ。父上を倒すほど強い、わらわの旦那さま……」
「だからって、知らない相手だろ?」
「でも、旦那さまはやっぱり素敵なお方であった。罠に掛かったわらわを助けてくれて……わらわの作ったご飯をおいしいと言って下さって」
「だって、俺の罠だったし……ご飯は実際に美味しかったし」
シャルロッテはもじもじと俯く。
「それに、凍えるわらわに手ずからスープを作ってくれた。帰ったほうがいいとは案じても、帰れと追い出すことはなさらなかった。……そのお気持ちが、わらわはとっても嬉しかったのじゃ」
そこまで言うと、口元までお湯の中に潜ってしまうシャルロッテ。
恥ずかしいのか、ぶくぶくと泡を作って、顔が赤いのをごまかしている。
(うーん……。意思は固そうだ……)
「そんなに好きになられるようなことをした覚えはないんだけどな……」
「そうやって、やさしさを当然のように持っておられるところがずるいのじゃ……」
ぶくぶくぶく……。
なんて答えればいいのかわからなくなって、俺は不自然な咳払いをした。
「……てか毎日背中を流すって、シャルロッテ、この家に毎日顔を出すつもりなのか?」
「何を言っておる? わらわも今日からここに住むのじゃ」
「な!?」
「夫婦なのだから当然の話だろう?」
「ええ!?」
「オークたちも、家のことを住み込みで、色々と手伝わせるつもりじゃ。この大御殿を維持していくには、人手が必要であろう?」
「まあ、たしかに……」
ちょっと張り切って、でかい家を作りすぎた自覚はある。
「ふつつかな下僕共じゃが、オークたちのこともよろしく頼む」
「あ、ああ……」
なんだかいっきに大所帯になってしまった。
(まあ彼らの手を借りて建てた家だからな……。そんなことを考えていると……)
こんなふうにして、暗黒大陸二日目の夜は、更けていったのだった――。