08 チートスキルで家を建てる①
自分の住む家を、自分で建てる。
これぞ、スローライフの醍醐味ではないだろうか。
鍛冶スキルを使い、辺りの溶岩から精製した鍬を手に、俺はこれから自分の家を建てる領地を見渡した。
熱されて赤くなったマグマが煮えたぎる沼。
(ここが、俺の領地になるんだ)
「旦那さま。どうやってこんなところに家を建てるのだ?」
「うん。全知スキルによると、まずは地盤改良だな」
暗黒大陸のマグマ沼は、人間界のマグマとは性質が違うようだ。
「冷えても完全に固まらないことも多いから、これをやることで地盤沈下を防がないと……」
「わが旦那さまは、マグマすらも支配するのか!」
シャルロッテはきらきらした目で俺を見るが、買い被りすぎだ。
「方法さえ分かれば、誰にでもできるよ。マグマが固まりやすくなる素材を混ぜて、上から五トンくらいの力で殴ればいいんだ」
「……それは、五トンくらいの体重の者が飛び跳ねることでも、事足りるのか?」
「……」
俺は驚いて、思わずシャルロッテの体を眺めた。
すると、シャルロッテははっとしたあと、真っ赤になって否定する。
「ち、違うぞ!? わらわの体重は五トンもない、確かに先ほどスープをおかわりしたが、旦那さまのお嫁さんになるべく日々体型には気を使って……と、というか、いかに妻のものといえど、女性の体重を想像するなんて失礼じゃ!」
「ご、ごめん。つい」
ぽかぽかと殴ってくるシャルロッテの腕は確かに華奢で、そんなに体重があるとは到底思えない。
「そうではなく、わらわのオークたちを集めればどうかと思ったのじゃ。身に着けている鎧も含めて、それなりになるゆえ……!」
必死に言い募る様子は、さきほどまでオークを従えていた少女からは想像できないものだった。
なんというか……いたいけな女の子を苛めてしまったようで、どうしたらいいか分からない。
「それじゃあ、そっちは任せようかな……」
「本当か!」
うれしそうな様子にほっとする。
「任せておけ! わらわが見事、旦那さまのために取り仕切ってやろう!」
そう言ってはしゃいだ様子のシャルロッテに、全知スキルで獲得した方法を説明する。
その間に俺のほうは、護岸や埋め立てに使うための火廣岩石を用意する。
地盤改良をすることで地盤沈下を防ぐことができ、護岸によって土砂の流失を免れるらしい。
護岸とは、防御壁のようなものだ。
そして最後に護岸内部を埋め立てていくという流れだ。
まず俺はオーク達の手を借りて、錬成に用いる玉鋼と火廣岩を集めに向かった。
オークたちの道案内を頼り、沼地を下って、固まった溶岩による岩の密集地にたどり着く。
奥まった場所を目指すにつれ、肌で感じる空気が変化した。
「久々の探索エリアだな……」
魔物が巣食ってしまった場所は、こうして空気の淀み方が変わるのだ。
人間界ではそんな場所、ごく一部だったから、そこを探索エリアと呼んでいた。
もちろん、俺が前世から持ち込んでしまった言葉だ。
いまはすっかりこの世界でも定着している。
俺にとっては、未知の探索エリアなんて何十年ぶりだろうか。
ちなみに、人間界にある探索エリアは、ほとんど冒険しつくしていた。
もっとも、暗黒大陸は、大陸全土が探索エリアと呼べるのかもしれないが……。
「おい、人間。こんな治安の悪い場所でどうするつもりだ?」
(暗黒大陸にも、治安の良しあしがあるのか……?)
「火廣岩と玉鋼を集める。火廣岩は採掘で、玉鋼は甲羅亀の背中から剥ぎ取りだ」
「な……! 甲羅亀だとお!?」
「文字通り鉄の甲羅を持つ亀だぞ……。その上に似合わず凶暴で、かみついたら食いちぎるまで離さないあの……」
「ドロップするまで周回だな。俺がひたすら甲羅亀を倒すから、玉鋼と火廣岩の採集を頼めるか?」
「ひ……ひたすらあれを倒すだと……!?」
何故かおののくオークたちに、スキルで生成したハンマーを託し、俺は目的の魔物を探した。
素材集めのための脳死周回も、目的のためだと思えば苦にはならない。
俺が甲羅亀を倒し、ドロップした玉鋼をオーク達がマグマ沼のほとりに運ぶ。
無心でその作業を繰り返した。
火廣岩のほうはただ採掘していくだけなので、十数人のオークが手分けをしてくれる。
どちらもレア素材ではなかったので、午前中だけでかなりの量を確保できた。
さて、あとは錬成するだけだ。
さっそく始めようとしたところで……。
(ん? )
なんだか背後から、やたらと視線を感じる。
振り返ってみると、材料を運んできたオークたちが足を止め、遠目に俺の行動を観察していた。
(いや観察って言葉は正確じゃないな)
オークたちは不審そうな表情で、俺を睨んでいる。
「ふん。見かけによらず力はあるようだが……なおさら、いつ姫さまに危害を及ぼすか分からねえ」
「あんなに鉱石を集めてどうするってんだ。なにがマグマの制御方法が分かるだよ、素人め」
「本当に必要なのはどんな石なのかも分かってねえじゃねえか」
(めちゃくちゃ警戒されてるな……。説明するよりも、見せたほうが早いか)
いまから俺が使おうとしているのは、習得できる人間が少ないレアスキルだ。
レアスキルがある前提な俺の行動は、だいたいいつもこんな感じの反応をされる。
俺は、オーク達の手を借りて集めた玉鋼と火廣岩に向かい、両手をかざした。
「錬成術スキル発動」
その瞬間、鉱石が、ぶわっと湧いた光に包まれた。
熱の塊が膨れ上がる。静電気のような閃光が走る。
出来上がるものをイメージして、注力すると……。
「……こんなものかな」
完成だ。
「あれは……」
その瞬間、黙って様子を見ていたオーク達が一斉に騒ぎ始めた。
「あれは火廣金!? 黒海鉱山の最深部行かないと採掘できない鉱石だというのに、あいつスキルで作りやがったぞ!?」
「なんだよ、あの人間……!! 化け物か……!」
頭が豚、体が人間という異形の彼らに言われると、どういう返事をするのが正解なのか分からないな。
だが、俺のこのスキルは、知的探究心が旺盛な彼らに気に入ってもらえたようだ。
「なぁアンタ!! なにか他にもすげぇスキルを使えたりすんのかい!?」
俺はあっという間に興奮したオークたちに取り囲まれてしまった。
「他? 一応スキルはすべてカンストしているが……」
すごいスキルと言われると、どういうものがあったか悩んでしまう。
(攻撃魔法? ……これは冒険者にとって大事な力だが、オークにはどうだろう。それじゃあ、 財宝探知能力? 進むのに鍵が必要なダンジョンで、宝箱の探索に重宝したっけ)
ミミックも見抜ける優れものだが、ダンジョンクリアに必要な宝物が『朽ち果てた剣』だったときは反応しなくて苦労した。
(鍛冶スキル、地図生成スキル……。うーん……)
「オークにとって役立ちそうなスキルは分からないな。一応、この世界にあるすべてのスキルは習得して、カンスト済みなんだが……」
「な、なんだってぇッ……!?」
本当だ。
転生してから六百年のあいだ、不死の勇者をやりつづけてきた俺は、SランクからDランクまですべてのスキルをきわめていた。
スキル上げは楽しくて好きだ。
けど、カンストしてしまったせいで、いまはその楽しみがなくなってさびしい思いをしている。
試しに全スキルをカンストした者だけが取得できる秘奥義スキルを、軽く使ってみせると、オーク達はでっかい口をあんぐりと空けたまま固まってしまった。
「すげぇ……」
「ああ、すげぇ……」
「すげぇなんて言葉で表現できないほどすげぇよ……」
「勇者がなんぼのもんじゃいと思っていたが、このお方は本物だ……」
「さすが俺たちの姫さまが選んだ男だけある……」
オーク達は顔を見合わせて、頷き合っている。
(六百年間ずっと魔王を倒し続けていれば、誰でも不可抗力でこうなると思うんだが……)
でも、オークたちは俺を見て、「俺もあんなスキルがほしい」「俺はこのスキルをもっと上げたい」などと話し合っている。
彼らのやる気を招いているのなら、俺もうれしいな。
俺も、勇者になったばかりのころは、ああやって熱心にスキル上げの方法を調べていたっけ。