07 制圧せよ、マグマ沼②
エネルギーを得た体が、内側からぽかぽかと温まってくると、今度は別の欲求が沸いてくる。
(……眠い)
一晩中、かまいたちに乗って空の上にいたからな。
シャルロッテもくあっと言って、欠伸をかみ殺している。
だいぶ白み始めた空。
俺は、明るくなってきた周囲を見回した。
「それにしても、マグマ沼なんて面白いな」
「む? 人間界に、マグマ沼はないのか?」
「そうだな。マグマは火山から噴出すもので、こうやって沼になっている場所はないな」
(マグマか……)
「いっそ、マグマ沼の真ん中を埋め立てて、マグマに囲まれて住むのもいいな」
(いかにも暗黒大陸って雰囲気だし)
俺はこの場所が、結構、気に入っていた。
ところが妙案だと思ったのに、シャルロッテにすぐさま止められた。
「な、何を言っておるのじゃ!? マグマの熱で家も旦那さまも溶かされてしまうに決まっておろう! わらわはあっという間に未亡人になってしまう! そんなのはだめじゃだめじゃ!」
両手に小さな拳を作ったシャルロッテが、必死な形相で首を横に振る。
(俺は不死身だけれど、溶けた場合どうなるのかな。 いや今それは置いておいて……)
「嫁にはできないと何度も言っているだろう」
「都合の悪い話は聞こえぬ」
シャルロッテがツンとそっぽを向くのと同時に、フードから飛び出した大きな耳がペタンと伏せてしまう。
(やれやれ……)
「話を戻すが、マグマ谷の真ん中に住むことは、そんなに難しくないだろう? マグマの熱でも溶けない素材を使って、埋め立てと建物の建造を行えばいいだけの話だ」
「マグマの熱が溶かせぬ物などあるのか!?」
「マグマがなんでも溶かせたら、地面というものは存在しないぞ」
マグマで溶けず、問題なく中で生活できる材料を探すため、俺は全知スキルを呼び出した。
かざした手のひらに熱が集まってくる。
そして、迸る静電気のようなエフェクト。
竜巻のように渦を巻くエネルギーの輪が、やがて金色の光を帯びてきて……。
「――スキャン」
その言葉と共に、俺の目の前には、俺にしか見えないウィンドウが幾重にも立ち上がった。
全知スキルのベースは、対象物の鑑定。
だが、他にも何通りかの使用方法があった。
例えば今回利用するのは検索機能。
「サーチ」と唱え、指を一つ鳴らすと、俺の正面に検索画面が表示される。
最初はマグマについて軽く調べてみた。
「うーん。マグマの温度は一般的に一〇〇〇度付近か……」
「あつあつだのう。わらわが旦那さまへ向ける想いのようじゃ」
「ん? 俺に向ける想い……?」
「うむ!」
「……えーっと……とりえあず話を続けよう」
咳払いをする。
「溶けている岩の種類によって温度が変わるらしいから、保険をかけて一二〇〇度ぐらいのつもりでいたほうがいいな」
次は融点が一二〇〇度以上で、暗黒大陸でも手に入る物質について調べる。
そうだ。
建築素材向きのものと、埋め立て用のもの、それぞれ調べなければならない。
まずは埋め立て用の材料。
甲羅亀の背中から採取できる玉鋼と、火廣岩を練成して作る火廣岩石がおすすめ、か。
(なるほど……)
次に建築用の材料。
火廣岩石を、群青鉄と練成した硬秘石がおすすめ。
「よし。マグマでも溶けない材料はわかった。これを集めて家を作るよ。心配しなくても、俺はなんとかやっていけそうだから」
シャルロッテは、気のいい魔王の親父さんのいる家に帰るといい。
そう言おうとしたのに……。
彼女はなぜか得意げな顔で、ふんぞりかえってみせた。
「了解じゃ。ではわらわが旦那さまの下僕として、働く者共を集めてこよう。陽も登ってきたし、すぐに気温もあがるはずじゃ!」
(下僕……? )
「いや、もう大丈夫だから、シャルロッテは家に……」
「本当はもうしばらく、ふたりきりの新婚生活を楽しみたかったのじゃが。いた仕方がない。何よりも旦那さまの役に立つことが、わらわの喜びゆえ!」
「いや、だから……」
「旦那さま! 妻としての仕事を任せてもらえて、わらわは嬉しいぞ!」
「あの、うーん……」
「では、行ってくる!」
俺は、なんだかわからないまま彼女を見送った。
◇ ◇ ◇
それからしばらくして戻ってきたシャルロッテは――……。
「すごいな……」
百人近いオークを従えていた。
「旦那さま! こやつらはみんなわらわの下僕ゆえ、好きに使われよ!」
旦那さま。
その言葉を聴いて、百人のオークたちがいっせいに俺を睨んできた。
「うちの姫さまをたぶらかしたのはてめぇか? あーん?」
「姫さまどころか、魔王さまもたぶらかしたって聞いたぞ? あんこら?」
目の前にいたオークが、俺に掴みかかろうとしたとき――。
「ッ……!?」
オークの体が一瞬で、はるか後方に吹っ飛んだ。
「あ、すまない!!」
俺は慌てて謝った。
「雑魚モンスターと戦わなくて済むよう、レベル五十以下の攻撃者に対しては、迎撃スキルをオートでつけてあるんだ。いまオフにしたから……」
「ザコだと!? ふ、ふざけやがって……! てめぇ、いい度胸してんじゃねぇか!」
「それに、たぶらかしたっていうのは誤解だ。その件は魔王とシャルロッテが……」
「呼び捨てだとおお!?」
再びオークが掴みかかってこようとする。
「――何をしておる?」
「ひっ!?」
シャルロッテの冷えた声。
それだけでオークの肩が、ビクッと跳ね上がった。
「父上とわらわの選んだ夫。そのお方に、お前たちは何をしようとしたのじゃ」
「ひ、姫、これはですね……」
「わらわの夫を愚弄すること! それすなわち、夫を認めた、わらわの父たる魔王と、わらわを侮辱することぞ!」
「……っ! も、申し訳ありません……!」
オークたちの怯え方……。
俺はふと気になって、シャルロッテの情報をスキャンしてみる。
そのほかの色々な数値には目を瞑って、戦闘ステータスだが…… 。
(うわ、やるな……シャルロッテ)
俺は彼女の身体能力の高さを目の当たりにして、思わず感心してしまった。
(ていうかさっきなんて呼ばれてた? )
「え……姫?」
シャルロッテは魔王の娘だと名乗っていたが、姫と呼ばれる立場だったのか。
(いやそりゃそうか。 王の娘だもんな? 姫、だよな……)
全知スキルの結果にも、そういう説明が表示されている。
そんな身分の人間が、共もつけずにふらふらしていていいのか疑問に思う。
まあ人間と魔族では、姫の立ち振る舞いも異なる可能性はあった。
見た目に反して、かなり強いようだしな。
「よいか、お前たち! 我が夫のため、精魂尽きるまで働くのじゃ!!」
シャルロッテの命令に対し、オークたちが野太い声で「おー!」と返事をする。
まるで鬨の声だ。
猛々しいオークの群れを背にした少女シャルロッテは、誇らしそうに俺を見上げて言い切った。
「ちなみにオークの肉が食べてみたくなったら、いつでも命じられよ」
「うん……。一緒に働いた相手を、場合によっては食材に変えるみたいなノリはやめようか」
先行きは不安だが、とりあえず彼らの手を借りて、家づくりを始めてみようと思う。