06 制圧せよ、マグマ沼①
暗黒大陸特有の薄紫色の雲海から、朝焼けの光が差し込む。
まるでこの世の終わりみたいな空だ。
(すごいな……)
禍々しいのに、でもめちゃくちゃ綺麗で。
こんな朝焼け、初めてだ。
普段は芸術なんて分からない俺でも、目の前に広がった景色には圧倒された。
大自然の中心に立って、自分がちっぽけな存在だということを、ただただ感じる。
そんな清々しい朝だった。
ただし……。
「へくちっ……」
「……」
(隣でいたいけなダークエルフが、耳を寝かせて、凍えていなければな……)
――現在、暗黒大陸は夜明け前。
俺とシャルロッテは、煮えたぎるマグマ沼の淵に置いた岩に座って、暖をとっていた。
辺りは氷点下にも達しそうな気温だ。
俺はなにせカンストの身だから、寒冷対策スキルもスキルマで、寒さなんて感じない。
だがシャルロッテは、そうはいかないようだった。
「こんなに震えてるんだし、俺に付き合わず、帰ればよかったものを」
「な、何を言うのじゃ……。や、ややや病めるときも健やかなる時も、苦楽を……と、共にするのが夫婦であろう?」
「俺たちは夫婦じゃないだろう」
「聞こえぬ聞こえぬぅぅぅ……」
巨大耳を両手で押さえて、シャルロッテがそっぽを向く。
もちろん夜が更ける前、シャルロッテには家に帰るように言った。
こんな極寒や、かまいたちとの戦闘に巻き込むつもりはなかったし。
しかし彼女は頑として聞き入れず、「わらわの帰る場所は、そなたの腕の中のみ!」などと言って抱きついてくる始末。
(まったく、なんでこんなことになったのか……)
俺は肩を落としながら、スープをかき混ぜた。
マグマの傍に置いた鍋の中では、俺の作ったスープがぐつぐつと煮えている。
材料は、鬼アワビタケと胞子花。
昨日の夕食にも使った食材を、シャルロッテからわけてもらった。
「ほら。とりあえずこれ飲みな」
「……で、でも、これは旦那さまが作ったスープじゃ。まずは旦那さまが」
「そんなこといいから。あったまるぞ」
「あ、ありがとうなのじゃ……」
持っていた木の椀をシャルロッテに渡す。鼻の頭を赤くした彼女は、椀を両手でくるんで、ふうふうと息を吹きかけた。
鼻の頭を赤くした彼女は、椀を両手でくるんで、ふうふうと息を吹きかけた。
一口飲むと、ほっと息をついて言う。
「……あったかいのう」
「そうか」
「旦那さまは料理の腕も達者なのじゃな……」
「達者ってわけじゃないけど。まあ簡単なものならな」
勇者時代は野宿も多かったから、料理は自然と身についた。
実のところ、カンストしている料理スキルを使えば、何だって作れる。
でもスキルを使った料理は、なんだか味気ない気がして、あまり好きではなかった。
「夕食のお礼だ。これで貸し借りなしにしよう」
「む、それは断る。わらわは貸し借りとかではなく、ただ旦那さまに愛妻料理を披露したかったのじゃ!」
(うーん、聞く耳もたないって感じだな……)
俺はちょっと困って、視線をシャルロッテから逸らした。
鍋の脇では、串に刺さった生贄羊のチーズが、じわじわと熱で炙られている。
表面に淡い焦げ目のつきはじめたそれは、なんともいい匂いをさせていた。
これも、シャルロッテが持参してきた食材のひとつだ。
もともと何かのお洒落な料理に使うつもりだったらしいが、俺が拝借して、この場で男の料理よろしく炙らせてもらった。
「知らなかったのう。生贄羊のチーズに、こんな調理方法があったとは……」
「こんなのが料理って言えればの話だけどな」
「何を言っておる。立派な料理じゃ!」
両手を握りしめたシャルロッテが、真顔で伝えてくる。
あまりに必死な態度に、ちょっと笑ってしまった。
(……って、何をしているんだ俺は)
暖を取って和んでる場合じゃない。
早く家に帰るよう説得すべきだろう。
ちらっとシャルロッテを見る。
彼女はまだ寒いらしく、あたたかいスープの入った椀を離さない。
昨夜、俺がナイフでくりぬいて作った椀だ。
こんな用途にも使うなら、もっと薄くすればよかった。
(……てかこれじゃあ、帰れなんて言えないな)
「――暗黒大陸の夜は、けっこう冷え込むんだな」
「この『死の谷』はとくに冷えるのじゃ。それを知っていながら、わらわとしたことが……。すっかり失念して、防寒を怠ってしまった」
しょぼんと萎れたシャルロッテは、足先で、つんつんと溶岩をつついた。
「……それに、かまいたち共のこともじゃ。だが、さすがはわらわの旦那さま。昨夜の戦闘には、惚れ惚れしたぞ」
「長年勇者をやってれば、あれくらい普通だよ。……ほら、焼けたぞ」
俺は、ころあいになった生贄羊のチーズをシャルロッテに差し出した。
マグマで炙られ、焼き目がついてぱちぱちと音を立てている生贄羊のチーズは、とろとろに溶けて柔らかい。
シャルロッテはどんな風に食べたらいいのか躊躇したようだが、垂れそうになっているのを指摘してやると、慌てて口で受け止めた。
「あちちっ……はふ、はふ……」
顎を動かしたあと、手のひらでほっぺたを押さえて、味をかみ締めるように目を閉じるシャルロッテ。
(……味の感想は、聞かなくても分かるな)
俺もスープとチーズで、だいぶ満たされた。