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05 風の支配者

 日暮れ後――。

 シャルロッテが作ってくれた食事に舌鼓を打っていると、急激に森の気温が下がり始めた。

 淀んだ冷気が立ち込め、凍てつく風がひっきりなしに吹き荒れる。


「すごい寒暖の差だな……」


 俺は防寒スキルを使っているので、ほとんど寒さを感じない。

 だけど、このまま野ざらしで夜を過ごすのは、味気なかった。

 野宿をするとき、風雨をしのげる場所を作るのも、スローライフの醍醐味じゃないか?

 

(せっかくだし、葉のついた枝を切り落として、簡易テントでも作ろうか……)


 そう考えていたところに吹き付けてきたのは、これまでより一段と冷たい風だった。


「これは……ふん。厄介な連中が出たもんじゃのう」


 シャルロッテがしかめっ面で、上空を見上げる。

 彼女は吹き付ける突風に向かって言った。


「貴様ら、かまいたちじゃな」


(かまいたち? 冷たい風が吹き抜けたあと、皮膚が切れる……っていうあれか? ……でもかまいたちってたしか、日本の妖怪だよな?)


 もしこれがゲームなら、世界観めちゃくちゃだなと、つっこんでいるところだ。


「旦那さま。屈辱的ではあるが、ここはいったん逃げるべきじゃ」


「なぜだ?」


「こやつらは死なぬ。無限に再生し続ける。一体ごとは弱くとも、無限に復活する敵など、相手にできるか」


「ふうん……」


(俺と同じ不死ってことか)


 シャルロッテの話を聞いて興味がわく。

 俺は好奇心に負け、全知スキルで鑑定し始めた。


「旦那さま、危ない!」


 冷たい風がびゅうっと吹いてくる。


「旦那さま!! ……むむ……? 怪我をしておらぬのか……?」


 もちろん、俺は無傷だ。


「――かまいたち。冷風に擬態するイタチによく似た魔物。冷風に擬態している場合、その風がある限り無限に再生し続ける。『風の支配者』とも呼ばれるのか……」


 再びの突風。

 でも、まったく痛くない。

 むしろくすぐられてるぐらいの感覚だ。

 シャルロッテが驚いたように、目を見開いている。

 吹き付けてくる風からも、なんとなくあせった空気を感じる。

 が、当然だろう。

 だって俺は、レベルマなんだから。

 9999999999あるHPのうち、100や200減ったところで、それをダメージと感じるはずもない。


「無限発生ループに入った場合は、倒すことを諦め、温かい場所に移動するしかない、か……」


 倒しても倒しても生き返って、ゾンビを相手にしているのと変わらない。

 

(それは、いくらなんでも御免こうむりたいな……)


「仕方ない、か」


 俺は結論を出す。


「だ、旦那さま……?」


「倒せないなら、生まれてこられなくすればいい」


『……!?』


 俺の言葉に、周囲の風がぴたりと止む。


「生まれてこなくする? ……どういう意味じゃ?」


「ハーピィたちに聞いてないのか?」


 この地でこのスキルを使うのは、初めてじゃないんだが。

 俺は右手をシャルロッテに見せ、詠唱の準備をする。


「冷風がある限り生まれてくるのなら……」


 俺の持つスキルのひとつ、風神。

 その名の通り、風の神とも呼ばれる力。


「俺が、暗黒大陸すべての風を、支配すればいい。そしてかまいたちもろとも、この冷風を消滅させる」


『……ッ!!』


 悲鳴のような声を上げて、かまいたちが渦を巻く。

 風の支配者。

 かまいたちの異名だそうだが、風を支配するくらいなら、俺にも出来る。


「――大地を包む虚無の風」


 右手に力が集まってくる。


「我の求めに従い、今、此の地に……」


『っ、わー! わああああ……!!』


 聞こえてきた悲鳴に、俺は詠唱を中断した。

 目の前に現れたのは、十頭ほどのイタチだ。

 俺の前に居並んだ彼らは、ぺこぺこと頭を下げ始める。


『すいやせんでしたあ!! 見慣れない旦那がいたもんで、つい!』


『縄張り争いがかまいたちの性分でして……本当、面目ねえっす!!』


「そうだったのか。いや、こっちこそすまない」


 縄張りに入り込んでおいて、ぶしつけなことをしてしまった。

 かまいたちに頭を上げさせようとする俺を、傍にいるシャルロッテが輝く瞳で見つめてくる。


「さすがは旦那さまなのじゃ……! 手のつけようがないこやつらを、こうも見事に屈服させてしまわれるとは!」


「屈服させたつもりはないんだけど……」


『旦那、こらまたご謙遜を! あっしら、本当に反省してるんですぜ! へへっ、なあおめえら!』


『お、おう!!』


「旦那さまはさすが、旦那さまなのじゃ! わらわはすっかり惚れなおし……っくしゅん!!」


 シャルロッテのほうを見ると、彼女はくしゃみが恥ずかしかったのか、鼻の辺りを押さえて真っ赤になっている。


「シャルロッテ、もしかして……寒いのか?」


「ままま、まさか!」


 怪しい。

 俺と一緒に平気な顔をしていると思ったけど、もしや……。


「風邪を引きそうだ。俺のことはいいから、自分の家に帰ったほうがいい」


「いやじゃ、いやじゃ!! 例え凍え死んだとしても、わらわは旦那さまのお傍にいる!」


 シャルロッテが、いやいやをするように首を振る。

 だが……。

 そこに、かまいたちがお伺いを立ててきた。


『よろしければ……あっしらに乗っていただいて、暖かい場所にお連れしやしょうかい』


「え? でも、かまいたちは冷風の吹く場所にしかいられないって……」


『ほんの少しなら大丈夫でさァ。ささ、お嬢さんも乗ってくだせえ!』


「ほほう、おぬしら感心な働きではないか。旦那さまもはやく来るのじゃ」


「うーん……」


(やれやれだな……)


 結局、かまいたちに乗って、俺たちは『死の谷』にある『マグマ沼』という場所まで向かうことになった。


 途中、冷えて透みきった空気の中で、見上げたのは満天の星空。


(今度、毛布に包まれて、コーヒーでも飲みながら、天体観測をするなんてのはどうだろう)


 そんなことを考えながら、かまいたちに乗った空の旅を、俺は、なんだかんだで楽しんだのだった。

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