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04 押しかけ女房はダークエルフのお姫さま!?②

「どこか痛むところはないか?」


 責任を感じつつ声をかけると、こちらに向き直ったダークエルフがこくりと頷く。


「うむ。問題ない」


 そこで初めて、俺はまともにダークエルフを見た。

 彼女は体のラインがはっきりわかる際どい丈のドレスの上に、レースの施されたローブをまとい、すっぽりとフードをかぶっていた。

 フードには二ケ所穴が開けられている。

 そこから飛び出しているのは、ダークエルフ特有の狼のように巨大な耳だ。

 腰の長さまである柔らかそうな髪と同じで、耳も白に近い銀色だった。

 

(おお……。あの耳、ふっさふさだから、触ったら心地よさそうだ。もちろん、触れるつもりはないが……)


 ダークエルフは、幼い印象を与える顔の作りと小柄な身長のわりに、肉感的な体型で少し目のやり場に困った。

 むき出しの太ももや、袖が風で舞うたびに垣間見える二の腕は、むちむちとしている。


 ――倒錯。

 そんな単語が頭に浮かんできた。

 俺はもう六百歳を超えたじいさんだから、変な気は起きないけれど。

 それでも、じろじろ見るのは失礼だろう。

 そう思い、一度ダークエルフから視線を逸らそうとした。

 ところがそれを制するように、ダークエルフはなぜか俺の手を取り、唐突にひざまずいた。


「わらわは第四六六六番目魔王メフィストフェレス三三世の娘シャルロッテ。不束者ではあるが、わらわは今日からそなたの嫁。存分に可愛がることを許可するぞ!」


「………………」


 六百年の人生の中で、あまり馴染みのなかった言葉を反芻する。


「……え? ………………え、嫁?」


「うむ! 嫁である!」


 腰に手を当てて、胸を目一杯反らしたダークエルフが、きらきらと目を輝かせる。

 しかも期待を込めた眼差しで俺を見上げてくるので、どうしたらいいかわからない。

 何かを期待されているのは間違いなかった。

 いやおそらく存分に可愛がることを期待されているのだろうが、俺は呆然としたまま指一本動かせなかった。

 あまりにも寝耳に水の話過ぎる。


(目の前にいる、このふわふわ耳の少女が、俺の嫁?)


「……待ってくれ。嫁とはどういうことだ?」


「かつてそなたと父上が戦った際、そういう約束が交わされたであろう?」


「君の父っていうのは……えーっと」


「第四六六六番目魔王メフィストフェレス三三世」


(第四六六六番目の魔王……。人間界を火の海にしてやると言って、手下たちに油をばらまかせた魔王か? ……いやあれはたしか、四六五九番目の魔王だったな。それなら戦う前から白旗を振り回した魔王は? いや違う。あいつは四六六八番目か)


「そなたが戦った魔王の中に、勇者万歳と言い出した者がおったであろう?」


「……あ! いたいた、思い出した!」


 いままでの魔王の中で、誰よりも人間味があった魔王だ。


(俺のことをやけに気に入ってくれて……)


「うむ。あれが我が父である。父上はそなたにぼろ負けしたあと、そなたの強さに感動して涙ながらに褒め称え、『是非うちに婿へ来い、娘をくれてやろう』と叫んだそうだが覚えておらんか?」


「……。……………………ああ」

 

(……言われてみれば、確かにそんなことを叫んでいた……ような気がする……)


「俺がいつか暗黒大陸に行ったときにでも嫁にもらう。そなたはそう言って、父上と別れたのじゃ」


「……そんなこと言ったのか……」


 覚えていない。

 

(俺は確かそのとき、魔王の住む暗黒大陸の話のほうに興味が集中していて……。そうだ、それで他の話はあまり真面目に聞いていなかった覚えがある。うーん……)


 すっかり忘れていたが、暗黒大陸に悪い印象が最初からなかったのも、この魔王の話を無意識に思い出していたからなのかもしれない。

 

(もしかしなくても、いま俺が暗黒大陸にいるのも、あの魔王がきっかけのひとつになったってことか……? だけど、まさか六百歳で結婚の機会が訪れるなんて……)


「海辺のハーピィたちに監視を命じて早三百年。ようやくそなたがわらわを娶りに現れたと聞き、こうして馳せ参じた。覚悟致せ、旦那さま。わらわがそなたのハート、しかと射抜いて見せようぞ!」


「……う、うーん。……とりあえず、納得はいった。だがすまないが、嫁にするのは無理だ。そもそも俺は若く見えても、実際のところ六百歳だしな……」


「年の差など気にせずとも良い。そもそも六四二歳差なんて大して珍しくもないゆえ」


「……君はその外見でも、四十二歳なのか?」


「わらわは一二四二歳だ」


「一二四二歳……」


 思わず復唱してしまう。

 十代の少女にしか見えないが、年上だった。

 しかも三四二歳も。


「そ、そうか。……随分長生きだな」


「人間の基準だけでものを計るでない。魔族にとって一二〇〇歳など、まだまだひよっこ扱いされる年齢だ」


 そういえば魔族の寿命は、かなり長いと聞いたことがある。


「人間で言うところの十代半ばぐらいということか?」


「いかにも」


 ならやはり、『老人と少女』という実にロリコン味ある関係性にならないだろうか?

 ただし人間の老人のほうは『中身だけ老人』であり、魔族の少女は『年齢だけ言えば老人』ということになる。

 いや、俺も気持ちを切り替えさえすれば、『中身だけ老人』ではなく『年齢だけ老人』になれるわけか。

 しかし六百年も生きておいて、いまさら「俺は若者だ」と思いこむのはひどく難しい。


「……」


 なんかわけがわからなくなってきた。

 ひとまずこの話は置いておこう。


「そなた先刻、夕食の材料を集めるために罠を仕掛けたと言っておったな?」


「ん? ああ」


 そうだ、まだ食材の確保もできていない。

 突然の嫁の登場で忘れかけていた空腹が、たちまち主張してくる。


「ではわらわがそなたのために、夕食の用意をしてやろう。オークの肉などどうだ? すぐに肉付きの良いオークを連れてくるので、待っておれ」


「オークの肉……!?」


 俺は思わず想像する。

 オークは豚の頭に人の体を持つ魔物だ。

 道具を使い、服を着て、人と同じ言葉をしゃべる。

 

(あれを食べる……?)


「オークの肉は、滋養強壮に良いのだ」


 きらきらと瞳を輝かせて、とんでもないことを言ってくる。


「……いや、会話でコミュニケーションを取れる相手を、食材にするのはやめてくれ。その一線はさすがに越えたくない」


「ふむ……。わらわの旦那さまはオークの肉を好かぬのだな。他に食べれぬものはあるか? 旦那さまの好き嫌いを把握するのも、妻の大事な勤めと花嫁修業で習ったのでな」


 まずい。

 なんだかなし崩し的に、嫁にもらう流れになっている。


「はっきり言うのも気が引けるが、俺は君を嫁にするつもりはな――……」


「それとも、食事より先に風呂にするか? もう少し北へ進めば『火炎の谷』がある。旦那さまがお風呂に入りたければ、わらわがそこで温泉を掘ってやろう」


(温泉を掘るって……)


 冗談でなく真顔で言っているから、返答しづらい。

 

(そもそも温泉って、掘ったらすぐに入れるものなのだろうか?)


「なんだ風呂も気に入らぬのか? では何を望んでおる。……はっ! ……も、もしや、わらわの体を……?」


「いや、それはない。少女と老人はまずい」


「では食事だな! よかろう。すぐ支度をしてやる。記念すべき初の愛妻料理じゃな! 楽しみに待っておれ」


 結局、この夜、野営の拠点を作った俺は、そこでダークエルフお手製料理をごちそうになった。

 振る舞われた料理は暗黒大陸特有の食材を使っているため、かなり強烈な見た目をしていたものの、意外にも、ほっこりとする家庭的な味付けで、とても美味かった。

 それに、長らく船旅続きだった体に、湯気の出る食べ物は有り難い。


 礼を言うと、ダークエルフは、ぱあっと瞳を輝かせ、もっと食えとおかわりをよそってくれた。

 にこにこと笑顔で振舞われる食事。

 ダークエルフの自信作らしい鉛色のスープを飲むと、ほっとするような温かさが身にしみた。

 

(……うまいな……)


 こういう食事をとったのは、ずいぶんと久し振りな気がする――。

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