23 収穫の宴
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
『ダークエルフ嫁とゆるく営む開拓記』はこれにて完結です。
お楽しみいただけましたら、評価いただけると、とてもうれしいです!
二回目の種まきを終えてから、およそ二週間ほどが経ったころ。
順調に成長していた作物は、そろそろ収穫できそうな頃合だ。
八裂菜は見た目にも鮮やかな緑色。
デビルトマトは真っ赤に熟れて、つやつやと光を弾いている。地獄かぼちゃは実が詰まって、試しに持ち上げてみるとずっしり重い。
地獄かぼちゃも、しっかり実が詰まって、試しに持ち上げてみるとずっしり重い。
うん、どれもうまそうだ。
ミノタウロスと相談し、数日中に収穫をしようかということになった。
これが、記念すべき一回目の収穫だ。
そのことを話すと、シャルロッテは大喜びした。
「旦那さま! それでは、祭りをやろう!」
「祭り? 収穫祭ってことか? でも、そうだな。せっかくだし、みんなで大々的に祝うのも面白そうだ」
アリアドネやミノタウロス、ヨルムンガンドに相談すると、彼らも賛同してくれた。
そんなわけで、そこから数日は、みんなであれこれと準備をした。
◇ ◇ ◇
そして収穫祭を明日に控えた午後――。
俺は最終チェックも兼ねて、死の谷付近にできた村や、農場を見て回った。
最初に訪れたのは、オーク達のところだ。
彼らはキャンプファイヤー用の木を、森で集める役を任されている。
「あ! 兄貴!」
「おつかれさま。何か問題ないか?」
「準備は問題なく進んでますぜ!」
「ならよかった」
俺は、積み上げられた木を見上げる。
燃えやすそうな小枝と、比較的長めの枝。
それに、骨組みに使うための太めのものも。
どれも、よく乾いていそうな木材が集められている。
さらに紅松ぼっくり。
これは、松やにが優秀な着火剤になるのだ。
ちゃんと指示した通り、かさが開ききったものを選んでくれているのがわかった。
面倒な仕事を頼んでしまったが、オークたちは楽しそうだ。
「にしても兄貴。お祭りなんて、絶対、暗黒大陸の有史以来初めてのことっスよ。しかも多種族が入り乱れた宴なんて、いまだに信じられねぇっス」
「え? そうなのか?」
「魔族は群れたりしない種族ですから。群れるより、殺し合うって感じで、長年やってきましたし!」
群れるより、殺し合うか。
たしかに村ができたばかりの頃は、みんなそんな感じだった。
でも最近はだいぶ揉め事も減ってきている。
交換所は常に大繁盛だしな。
「いやぁ、ほんと楽しみっス。『キャンプファイヤー』なるものも、実際どんな感じになるのか、すげー気になりますし!」
ちょうどそこへ、ヨルムンガンドとミノタウロスがやってきた。
二人は収穫祭の会場まで、木々を運ぶ役目を担っている。
「収穫祭を楽しみにする気持ちだったら、おれたちも負けねぇよ?」
「うむ。待ちに待った初めての収穫だからな」
二人の言葉に、俺も頷く。
みんな収穫を楽しみにしてきたもんな。
◇ ◇ ◇
さて、今度は森を出て村へ向かう。
村ではコポルトやゴブリンたちが、収穫祭のための飾りつけをしていた。
アリアドネは、今日も幼稚園の先生のように彼らを見守っている。
今もちょうどゴブリンたちに、飾り用の花を渡しながら指示を出していた。
「あら、元勇者くん。ちょうどいいところに来ましたね。はい、どうぞ」
「ん? なんだ?」
アリアドネから手渡されたのは、手編みらしき小さな籠に盛られた木苺だった。
「コボルトちゃんたちが、森で摘んで来てくれたの」
「あたちたちが見つけたのよ!」
「元勇者さま! たべて、たべて!」
コボルトたちがもふもふと足元に集まってくる。
赤い宝石の粒が寄り集まったような木苺は、小さいけれど、口の中に放り込むとみずみずしくて甘酸っぱい。
ぷちぷちとした種の食感も楽しくて、美味しかった。
「よかったら、お祭りに出してもいいかしら?」
「もちろんだ。これも収穫だしな」
「やったー!」
コボルトたちが飛び跳ねて喜ぶ。
◇ ◇ ◇
アリアドネたちにもらった木苺をつまみながら、俺は、次の場所に向かうことにした。
目指したのは、魔女の家だ。
だが、呼び鈴を鳴らしても、相変わらず反応がない。
(また留守にしてるのか? ……でも収穫祭の前日は、家で準備をしてるって言ってたよな?)
実はララにもひとつ、かなり重大な仕事を任せていた。
ただ、そうなるまでには、紆余曲折があった。
最初、収穫祭の誘いをかけた時、ララには瞬時に断られてしまった。
それなら仕方ないと諦め、他のみんなと祭りの準備を始めていると……。
めちゃくちゃプリプリしたララが、村へと降りてきた。
「私をのけ者にして、つまらなさそうなことをやっているの。ああつまらなさそう。混ぜられなくてよかった。いまのうちに呪いをかけて、お祭りをだいなしにしちゃうの」
「のけ者にしてって……」
(……さっきは断られたよな……?)
本当に天邪鬼で、困ったやつだ。
でも、出来ればララにも参加して楽しんでほしかった。
薬のお礼もあるし。
(……ララにも参加してもらえるよう、ちょっと説得してみるか)
「台無しにされるのは困るなー。特に、祭りの終盤にあることをされると、とても困るなー。困りすぎて、魔女の偉大さを認めざるをえないかもしれないなー」
すると、ララはちらちらと俺の事を見た。
「そ、それってなあに……。何をされると困って私の偉大さを知っちゃうのか、言って欲しいの……」
ちょっと棒読みになってしまったが、ララは気づかなかったようだ。
俺はララにしてもらいたい仕事を、ひそひそと耳打ちした。
ララは数秒間迷ったあと、にんまりと笑った。
「ふうん。そういうことをされると、私の偉大さを思い知るの……。……じゃあやってあげるよ」
こうして、ララも収穫祭に参加することになったのだった。
――それが、数日前の出来事。
「なのに、なんでいないんだ?」
「そんなの、ちゃんと進んでるのか、キミを不安にさせたいからに決まってるの」
「うわっ」
突然背後から答えが戻ってきた。
振り返るとララが、してやったりという顔をして立っていた。
「なんだ、いたのか」
ちゃんとやってるか不安にさせたかった、ってことはちゃんとやってるんだな?
それさえ確認できれば十分だ。
「ほんと不安だなー。不安でたまらないなー」
「ふっふーん! もっともっと不安がるといいの!」
俺は相変わらずの棒読みでそう伝えてから、ララの家を後にした。
◇ ◇ ◇
そして翌日、いよいよ迎えた収穫祭。
魔族たちとの宴は、夜も更けたころ、赤い月明かりの下で始まった。
地獄カボチャをくりぬいて作ったランタンが輝き、会場となる農場を照らし出す。
柔らかな光が畑に、木々に、その土に降り注いでいる。
よく知る農場が、今日ばかりは少し、幻想的な空気を帯びて見えた。
辺りを囲む出店からは、食欲をそそるいい匂いがした。
小さな魔物たちの家々を手作りの花飾りが彩り、収穫した野菜の葉でお面を作ったコボルトたちが、きゃっきゃと笑いながら駆けてゆく。
長く伸びたその影に追い抜かれ、俺がふと振り返ったとき、「兄貴!」と声をかけられた。
屋台の前でオークが手を振っている。
「ちょうどよかった! たったいま鳥が焼けたところッスよ、おひとつどうぞ!」
差し出された銀色の串には、柔らかそうな丸丸鳥の肉と、八裂菜が交互に刺さっていた。
飴色のタレを塗って、こんがりと焼き上げられたそれを前にした瞬間、思わず腹が鳴った。
「うまそうだな。お代は?」
「兄貴から取るわけないッス!! 兄貴の畑で獲れたんですから、しっかり味見してください」
「ありがとう。みんなに宣伝しておくよ」
「まいどッス!!」
湯気が上がって見るからに熱そうな鳥串を手に、俺は再び歩き出した。
「あちち……っ」
あつあつの肉を頬張りながら、はふはふと息を吐いて堪能する。
肉と野菜の味ももちろん、炭火の匂いがたまらない。
(オークたちが、炭にする木材を前々から集めておいてくれたおかげだな)
俺は、夜闇の祭りを歩きつつ、ぐるりと辺りを見渡した。
忙しそうに、けれども楽しそうに屋台を回すオークたち。
ゴブリンたちはその後ろで炭の火を起こし たり、野菜を切ったりと、手際よく働いている。
ミノタウロスとアリアドネの姉弟が出店しているのは、切り株をテーブルにしたお菓子店だ。
行儀よく順番に並んだコボルトたちは、その手に毒蛇苺のキャンディやお化けクッキーを受け取るたび、目を輝かせた。
中央に組み上げたキャンプファイヤーの周りでは、ヨルムンガンドや、出店当番外の面々が、楽しそうにダンスをしている。
上空を見上げると、シャルロッテの父親が遣わせたのかハーピィたちと目があった。
それに、いつかのかまいたちも集まってきた。
「へへっ、旦那ァ! 噂を聞きつけて遊びに来ちまいやしたぜ! おっと安心して下せェ。火を消さねェよう、俺たちかまいたちは、上空から祭りに参加させてもらいまさァ!」
かまいたちとハーピィは、手を取り合って、くるくると空の上のダンスを楽しんでいる。
みんなの楽しそうな顔が、キャンプファイヤーの灯りに照らされるのを見て、俺の心もじんわりと温かくなった。
ダンスを踊る者、はじめて収穫した野菜を食べる者、様々だけれどみんな笑顔だ。
(……なんだか感慨深いな)
俺が暗黒大陸にきて、二ヶ月。
(まさか魔族と一緒に、キャンプファイヤーをやることになるなんて……)
ちょっと前までは、勇者として彼らに敵対する職業だったのに。
自分で自分に驚きだ。
だけど……。
それでも俺はこの生活が、とても気に入っている。
ここにきてよかったと本気でそう思えた。
(魔族は基本的に喧嘩っ早くて、戦闘好きだけど。いいところもいっぱいあったしな)
六百歳の年寄り臭く、しみじみそんなことを考えていると……。
「旦那さま! いつまで輪の外で、たそがれているつもりじゃ!」
ぷっくりと頬を膨らませたシャルロッテが、俺の傍へやってきた。
今日のシャルロッテは、髪を高い位置でふたつのお団子にしている。
いつもと違う、華やかなドレスも、よく似合っていた。
長いスカートは、シャルロッテが動くたび、ふわふわと柔らかく跳ねる。
ダークエルフのお姫様――、彼女が妖精であることを俺はいまさら思い出した。
「それにじゃ! 祭りのダンスに妻を誘わない夫などおらんわ!」
そう言って、俺の腕にぎゅうっと抱きついてきた。
「わらわは旦那さまから誘われるのを、ずぅーっと楽しみにまっておったのに!」
俺は小さく笑みをこぼした。
「まあ、真面目な旦那さまのことじゃ……ダンスなんて、誘ってくれるわけないとは思っておったが……」
急に萎れたシャルロッテは、俺に背中を向け、後ろ手に手を組んだ。
「なあ、シャルロッテ」
ある提案をしようと、声をかけたそのとき――……。
「……む?」
気配を感じたのか、シャルロッテが空を見上げる。
俺もつられて上を見て、ああ、そんな時間かと納得した。
「魔女の力、思い知るといいの……それっ!」
彗星のように現れたララが、ステッキを振る。すると、星を砕いたような光がぱちぱちと散って……。
その光が、花火になった。
「ふわあ……なんてきれいなのじゃ……!」
空で何度も爆ぜて、咲き誇る大輪の花。
暗黒色の夜空が鮮やかに輝く。
「旦那さま! すごいのう! ララのやつ、やってくれるわ!」
「ああ、ほんとだな」
「わぁ! また咲いた! きれいじゃ! とってもきれいじゃ!」
目をキラキラさせたシャルロッテが、うれしそうに空を指さす。
「……シャルロッテ」
「……旦那さま?」
「誘わなくて悪かった」
俺は、シャルロッテに手を差し出す。
「ダンスぐらいは、付き合うよ」
「……!!」
シャルロッテの笑顔が、花火のようにパアッと咲く。
うっかり見惚れてしまったことに、多分彼女は気づいていない。
「三〇〇年前に踊ったきりだから、ステップの踏み方を覚えているか怪しいが……。それでもいいか?」
「もちろんじゃ! なんならわらわが教えてしんぜよう、魔族に伝わる暗黒大陸風のダンスを!」
「はは。それ、ちょっと興味あるかもな」
俺は軽く肩をすくめてから、シャルロッテの望む通り手を差し出したのだった――。
◇ ◇ ◇
暗黒大陸への上陸と農場作り、それに伴う数々の出来事についての物語は、これでおしまい。
これから先も俺は、助けを求めてきた海賊と一緒に、幽霊船相手に秘宝を奪い合ったり、魔女の集会に巻き込まれたり、海底遺跡を発見したり……。
そんな冒険に巻き込まれたりするのだが、それはまた別の話だ。
いまはただ、祭りの夜を、仲間や妻と一緒に、楽しんでいるのだった。




