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19 クスクス山の甘い誘惑

(さすが名前の通りといべきか……)


 甘イ欲望ノ森に近付くに連れて、妙に甘ったるい匂いが漂ってきた。

 その香りはどんどん強くなる。

 森の入口に到着して、気が付いた。


「旦那さま……! これはお菓子の匂いじゃなっ!」


 シャルロッテがくんくんと鼻を動かしながら言う。


「芳醇なベロベロキャンディを思い出すわ。それから……生チョコと人喰い檸檬のオランジット。それからそれから蛇石榴のタルト! うーむ、かぐわしいのう。なんとも甘くてよい香りじゃ!」


 シャルロッテは瞳を輝かせている。


「匂いだけでよく分かるな。甘いものが好きなのか?」


「うむ! 甘いものも辛いものも冷たいものも熱いものも旦那さまも大好きじゃ!」


「そ、そうか……。でもあれだな。シャルロッテがあんなに料理上手なのは、食いしん坊だからなんだな」


 好きこそ物の上手なれ、だったか。

 俺もそうありたい。

 そんなことを考えていると、なぜかシャルロッテが真っ赤になって反論してきた。


「く、食いしん坊なのではない! 甘味は乙女の嗜みゆえ!!」


「違うのか? でもめちゃくちゃ目がキラキラしてたぞ?」


「もう! わらわのことは良いのじゃ! これは魔女の罠かもしれぬのじゃぞ!? 旦那さま、ゆめゆめ油断なされるな!」


(俺よりもシャルロッテのほうが、引っかかりそうな雰囲気だったけど……)


 ぷんすかしながら歩き出したシャルロッテに続いて、森に入る。

 その途端、視界がぐにゃりと歪んだ。


「……!」


 これまで木々に見えていたものが、姿を変える。

 聳えていた木と同じ高さの、家一軒をゆうに超えるそれは……。


「え……!? まさかこれ……フルーツケーキ!?」


 そう、目の前に現れたのは、三段重ねになった巨大なホールケーキだ。

 雪のように真っ白なクリームが、スポンジに塗りたくられている。

 それを飾るのは、俺たちの頭ほどもありそうなつやつやの苺。


「ふわああ……! こっちにはおっきなミルフィーユじゃ……!」


 シャルロッテの声に振り返れば、岩があったはずの場所には、巨大なミルフィーユが……。

 それだけじゃない。

 森の景観は、いつのまにか、溢れかえりそうなほどのお菓子に変わっていた。


 小石の代わりに、色とりどりのマーブルチョコ。

 切り株はとろりとシロップが掛かったドーナツ。

 木の枝に成るのは、ハートの形をしたロリポップキャンディだ。

 辺り一帯、むせ返るほどの甘い香りが充満している。

 それに数多のカラフルな色、色、色……。

 

(うーん、なんだか目の前がチカチカしてきた……。 まったく、どうなっているんだ……)


「ううう……。これは単なる興味じゃ……。ただの味見じゃ……。決してわらわ、食いしん坊なわけではないのじゃ……」


 いつのまにか、ホットケーキの塔から落ちてきたメープルシロップを、シャルロッテが指でひとすくいしている。


「ちょっと一口……」


「あ、シャルロッテ!」


 こんなわけのわからないものを口にしたらいけない。

 けれど、止めるまもなく、シャルロッテはペロリと指をひと舐めした。

 その瞬間。


「……!?」


 ぽんっ! と音がして、ピンク色の煙がシャルロッテを覆ってしまった。


「シャルロッテ!」


 煙に包まれたシャルロッテに向かって必死に呼びかける。

 

(くそ……! )


「――大地を包む虚無の風、我の求めに従い、今、此の地に吹き荒べ――『疾風神エウロス』!」


 急いで詠唱して、風魔法で煙を追い払うと……。


「んんっ!?」


 煙の中から現れたシャルロッテの姿を見て、衝撃を受ける。


「んー……なんたる、美味……!」


 うっとりと目を閉じて、恍惚とするシャルロッテは、まだ異変に気づいていない。

 でもそんな彼女の服は……なぜか露出のやたら多い、メイド服に変わっていた。

 フリルのふんだんにあしらわれたスカートは短く、胸の辺りも大きく開いている。

 太ももまでの靴下は、ガーターベルトとかいうもので留められていた。

 

(……なんでだ。 そもそもこんな服、異世界にあるのか)


「おいシャルロッテ、その格好……!」


「格好……? わ、わ、なんじゃ!? いつの間に……!?」


 シャルロッテ本人も驚いている。

 

(……もしかしなくともこれは、魔女の仕業なのか? )


「駄目じゃ駄目じゃ、こんな格好! 恥ずかしくて隠れたいくらいじゃ……!!  ううっ、でも、なぜじゃ!? お菓子がおいしすぎて手が止まらぬ!」


 シャルロッテは顔を真っ赤にしつつも、今度は枝からぶら下がったマカロンにかじりつく。

 その途端……。

 ぽんっ!

 またあの音と共に煙が噴き出して……。


「はわ……さくさくで、ほんのり甘い、なんと絶妙な焼き加減……!」


 今度はバニーガール!?

 ウサ耳のカチューシャと水着のような服に網タイツ、尻にはふわふわのぽんぽんがついている。


「こっちのきのこ型チョコレートもおいしそうじゃ……! はむっ!」


 ぽんっ!


「修道服……」


「はわぁ~……口どけ柔らかく、幸せな味じゃ……。次はこれを一口……」


 ぽんっ!


「もこもこパジャマ……」


「さすが王道の苺ショートケーキ、あまいのう、あまいのう! ――今度はマダラスミレの砂糖漬けじゃ!」


 ぽぽんっ!


「うわ……」


「かくもかぐわしき花の香りじゃ……!」


 そう言ったシャルロッテは、淡いピンク色をした水着姿。

 しかも、とんでもなく面積の少ないビキニだ。

 むちむちした体に水着が食い込んでいる。

 

(ちょっと、さすがにこれはまずいんじゃないか……)


「旦那さま!」


「……!」


 水着姿のシャルロッテがずいっと迫ってくる。


「旦那さまも一口、食べてみるのじゃ。我を忘れられるほどの至福じゃぞ! はい、あーんじゃ……!」


「俺はいい。というか、いったん落ち着けシャルロッテ。我を忘れちゃだめだろ。それにこれは、明らかに魔女の罠だ!」


 さっきからものすごい量のお菓子を食べているわりに、シャルロッテは満腹を感じている様子がまったくない。

 不自然に思ってスキャンしてみると……。


「やっぱりな。シャルロッテ、このお菓子は全部まやかしだ」


 ひたすら幻を食べさせて、少しずつ体力を奪うという、恐ろしい魔法が仕掛けられていた。


「行くぞ、シャルロッテ」


 シャルロッテを餓死させるわけにはいかない。

 もっともっととグズる彼女を抱きかかえ、俺はその先へ進んでいった。

 ただ直接触れるにはあまりに露出度が高かったので、シャルロッテには、俺の上着を上から着せておいた。


 余る袖をぱたぱたと動かして、抵抗していたシャルロッテだったが、半日かけて魔女の家に到着するころには、「旦那さまの抱っこじゃ……」といつもの調子に戻ってくれた。

 魔法が体から抜けたのだろう。

 安心して彼女を下すと、ふくれっ面になった。


「なぜ下ろしてしまうのじゃ!」


「もう大丈夫だろう? それに目的地に辿り着いたからな」


「つまらんのう……」


 ぶーくれているシャルロッテと一緒に、目の前の家を見上げる。

 とんがり屋根の小さな一軒家。

 屋根にも扉があるのは、箒で飛び立つ時用の入口だろうか。

 一階のドアは、板チョコを模したもの。

 ちょっと警戒したが、こっちはただの木製だった。

 呼び鈴としてぶら下がっていたしゃれこうべを鳴らす。

 ガランゴロン――……。


「……」


 しかし返答はない。


「留守なのかな?」


「そのようじゃな。……む? 旦那さま、鍵が開いておるぞ」


 試しにドアノブに手をかけたシャルロッテが、扉を開けながら俺を振り返った。


「すいませーん。誰かいますかー?」


 声をかけながら、中に入っていってみる。

 でも残念ながら、室内に魔女の姿はなかった。


「うーん。やっぱり出かけてるみたいだな……」


「なんじゃ。使えん魔女じゃな」


 まあ、いきなり押しかけたのはこっちだ。


「玄関先で、しばらく待ってみるか……」


 けれど帰ってくる気配はない。

 まいったな。

 日も暮れてきた。

 コボルトたちのためにも、早く戻りたい。


「へくちっ」


 シャルロッテがくしゃみをする。

 そうだよな。

 俺の上着を着ているとはいえ、中が裸同然の水着だ。

 その上、正気に戻ってくると、その格好が恥ずかしくなったのだろう。


「だ、旦那さま……あんまり見ないでほしいのじゃ……。わらわとしたことが、その、はしたない……」


 そこで、再びくしゃみをするシャルロッテ。


(シャルロッテにまで風邪を引かせるわけにはいかないな……)


 スキャンすれば、どの薬かはすぐにわかる。

 

(……どうしたものか)


 悩んだが、コボルトたちの苦しみを思うと、手ぶらで帰るわけにもいかない。

 

(申し訳ないが、代金をおいて、もらっていこう)


 金額はいくらくらいか分からないので、金貨を何枚か置いておく。

 

(足りなかったらまた払いにこよう)


 そもそも金貨がこの大陸で価値あるものかもわからないしな。

 その旨をメモに記し、テーブルの上の出来るだけ目立つ場所に置いた。


◇ ◇ ◇


 村に着くころには、すっかり夜も更けていた。

 俺は、シャルロッテ、アリアドネと手分けをして、薬を配って回った。

 ありがたいことに、効果はあっという間に出た。


「けほ、こほ。うわ……にがーい。……あれ、でも……」


 薬を飲んで、コボルトは数秒で咳をしなくなった。

 さすが魔法薬。

 即効性があって、しかも一粒で完治する。

 

(すごい薬だな)


 コボルトたちは、たちまち元気になった。


「すごいワ……! 治っちゃった……! この病気になったらなかなか治らないって、あたちたち諦めてたのヨ!」


「すごいすごい……! もう全然平気!」


「そうか……」


 よかった。

 元気そうな姿に、俺は胸をなでおろした。


「元勇者さま、あなたってなんでもできるのネ!」


「いや、俺は薬を拝借してきただけだ。これは薬を作った魔女のおかげだよ」


 こんな薬を作れる魔女を少しうらやましく思う。

 

(魔女には、しっかりお礼を伝えないとな……)


 薬を勝手に持ってきてしまったことも謝りたいし。

 明日、改めて訪問してみよう――。

 そんなことを考えながら、薬の成分を眺めていると……。


「……ん? そうか……」


 俺はふと閃いた。


「なあ、ミノタウロス、アリアドネ。作物の芽が出ても育たない理由が、分かったかもしれない」


「なんだと!?」


「勇者くん、すごいわ!」


「まだ確定じゃないけれど、でも予想通りの原因なら、対処方法もわかる。……ともあれ明日、魔女への訪問だ」


 風邪を治すだけではなく、ヒントまでもらってしまったな。

 ところでシャルロッテがその晩、「旦那さまは、どんな格好がお好みか」と詰め寄ってきて大変だったのだが、それはまた別の話だ。

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