18 コポルト風邪
本日2回目の更新です
暗黒大陸定住生活が、それなりに落ち着いてきたある日のこと――。
朝ごはんを食べ終わった俺は、シャルロッテの入れてくたマンドラゴラ茶を飲んで、のんびりしていた。
そこに異変の知らせが飛び込んできた。
「元勇者くん、大変です……! コボルトさんたちのッ……! 様子がおかしいんです……!」
「……!」
血相を変えたアリアドネの姿を見て、俺はソファーから体を起こした。
「なんだ……? どうした? コボルトに何があったんだ?」
「それが……っ……」
膝に両手をついたアリアドネが、乱れた呼吸を整えている。
「……みんな、倒れてしまって……」
「倒れた!?」
「昨日、数匹のコボルトさんの体調が悪くなったんです。風邪だとおっしゃっていたんですが……。みんな軽く咳をしていて。でも今朝になったら、村のコボルトさん全員が、同じ症状で寝込んでしまったんです……!」
「全員って……」
村には今たしか、五十近いコボルトが暮らしているはずだ。
(それが全員、病気だって? )
伝染病の類だろうか。
「しかもみんな一斉に寝込んでいるので、看病する者が私しかいなくて……」
「わかった。急いで様子を見に行くよ」
「お願いします……!」
アリアドネと村へ向かうため、席を立つ。
「わらわも行く!」
当然のようにシャルロッテもついてきた。
「うつる病気かもしれないから、留守番したほうがいいぞ」
「いやじゃ! うつるなら、旦那さまだって危ないはずじゃ! わらわが病原菌から旦那さまを守るのじゃ!」
「俺は不死身なんだけどな……」
シャルロッテは俺の腕にしがみついてきた。
「何が何でもわらわも着いていくぞっ!」
意固地になっているシャルロッテのつむじを見下ろして、俺は、うーんと額に手を当てた。
(心配されているのか……)
仕方ないから、しがみついているシャルロッテを脇に抱えたまま、俺はコボルト居住区へと向かった。
まずは一番近い家を訪問してみる。
ノックをすると、返事の代わりに咳をする声が聞こえてきた。
「けほっ、こほっ」
「邪魔するぞ」
一声かけて中に入る。
アリアドネの報告どおり、コボルトたちは床に臥せっていた。
「元勇者さま、こんにちは……ゴホッ……」
「いいんだ。寝ててくれ」
たった一日寝込んでいるだけなのに、ずいぶんやつれている。
見るからに痛ましく、胸が痛んだ。
だが、俺はこういうとき、うまい言葉を探せない。
「風邪ひどそうだな……」
「ケホッ……そうヨ……。コホコホ……。コボルトだけがかかる病気なのヨ……」
二段ベッドの下段に寝ているコボルトが返事をする。
「とっても苦しいのヨ……。ごほごほっ……」
上段に寝ているコボルトも、体を起こして訴えかけてきた。
「起きなくていい。寝ていろ」
「わかったわ……。ごほっ……」
小さな体を丸めて、咳をする。
寝ていても、すごく苦しそうだ。
「なにか薬とかないのか? どうしたら治る?」
いてもたってもいられずに尋ねるが、彼らは力なく首を振るばかり。
「百日間、寝てるしかないのヨ……けほけほ……」
「いつもそうやって乗り越えてきたのヨ……ごほごほ……」
(百日間!?)
そんなに苦しみ続けるなんて、見ていられない。
(もっと効果的な方法はないのか?)
こういうときこそ、全知スキルだ。
コボルト風邪の治し方について調べてみることにした。
「『コボルト風邪。通称百日風邪。百日間、ひどい咳と風邪に見舞われる』……。それじゃあ特効薬は……『コボルト風邪の特効薬ヨクキクナール(限定生成薬)。治癒の力を持つ魔女の限定生成薬』」
俺はデータを読み上げたあと、小さく溜息をついた。
「限定生成薬か……。それじゃあ俺には作れないな」
全スキルをカンストしていても、これだけはどうにもならない問題。
限定生成薬は、俺の唯一の弱点とも言えた。
この世界には、大きく分けて2種類の薬が存在する。
通常生成薬と限定生成薬だ。
通常生成薬はレシピと熟練度さえあげれば、薬師スキルを用いて誰でも作り出せる。
だが、限定生成薬はそうはいかない。
特殊能力を持つ者や、ある一族だけしか作り出すことがない。
それが限定生成薬だ。
しかも特殊能力はスキルとは違って、遺伝で引き継がれるものだ。
だから、何百年かけてどれだけ修行をしようが、俺が能力を得ることはできない。
(……となると薬を分けてくれそうな魔女を探すしかないな)
一番近くで暮らす魔女について検索をかける。
死の谷の北、『クスクス山』の麓に、魔力を帯びた『甘イ欲望ノ森』がある。
そこに『ララ五三世』という魔女が棲んでいるらしい。
甘イ欲望ノ森は、ここから北に向かって半日ほどで辿り着けるらしい。
――よし、行こう。
「シャルロッテ、アリアドネ。コボルトたちを頼む」
「いやじゃ! わらわもついていくぞ!」
「シャルロッテ……」
「魔女に会いに行くじゃと? 旦那さまがまた誑かされたらかなわぬ!」
(また、ってなんだ。またって……)
「旦那さまは牛を迎えに行って、おまけの女子も連れ帰ったお方ゆえ!」
「あらあら、ふふふ」
アリアドネも楽しげに笑ってないで止めてくれ。
「あのな、シャルロッテ。俺は薬をもらいに行くだけだぞ?」
「薬と一緒に、おまけの魔女も連れ帰るやもしれぬ! だいたい頑なに嫌がるところが怪しすぎじゃ。ハッ……! もしやわらわに飽きて、愛妾が欲しくなったのか……?」
「愛妾……!? てか、そんなうるうるした目で見つめてくるなって……! わかった! 連れてくから!」
「旦那さま! 大好きじゃ……!」
「あらあらあら、ふふふ」
シャルロッテがホッとした顔で抱き着いてくる。
それを微笑ましく見守るアリアドネ。
結局、俺はシャルロッテを伴って、魔女の住む甘イ欲望ノ森へ、向かうことになったのだった。




