10 悪しき怪物は迷宮に潜む①
かりかりに焼けたワニ蜂肉のベーコンに、ホラ吹き鳥のスクランブルエッグ。
絞りたての果汁を使ったブツブツジュースの並ぶ食卓で、俺は朝食をとっていた。
「さすがはわらわの旦那さま、豪快な食べっぷりじゃ! もっとたんと召し上がれ。おかわりもたっぷり用意してあるぞ」
エプロンをつけたシャルロッテは、俺が食べているところをうっとりと眺めながら、瞳を輝かせている。
倒木を切り出して作った大テーブルには、たくさんのオークたちも同席していた。
俺が暗黒大陸に住みはじめて七日目。
ひとりでこの大陸にやってきたはずの俺だが、気づけばこんな大所帯で朝を迎えている。
ちなみに、オークたちが食べているのは彼ら自身が作った料理。
シャルロッテの手料理が振舞われるのは俺だけだ。
なんでも、姫直々の愛妻料理は、旦那にのみ特別にふるまわれるものらしい。
「朝食は口にあったか? 旦那さま」
「ああ。うまい」
そういったのは本心だ。
だが俺は、内心、物足りなさを感じていたのだろう。
「あとはパンがあれば、最高なんだけど……」
ついついポロッと、本音が漏れてしまった。
「……」
その途端、かわいらしく微笑んでいたシャルロッテの表情が凍りついた。
「あ」
しまった。
「だ、だだだ旦那さま……! どういうことじゃ! わらわの朝食が、口に合わなかったということか……!? パンがなくともおなかいっぱいになるよう、スクランブルエッグを大量に作ったのじゃが駄目だったか……」
涙目になったシャルロッテが、俺のことを揺さぶってくる。
「兄貴ィ!! いかに兄貴といえど、姫を泣かせるような男は、俺たち見逃すわけにはいきやせんぜ!」
「あ、いや、違うんだ。ごめん、つい……。――だけど、この辺で手に入る食材は肉、卵、キノコだけだろ? そろそろ栄養が偏ってくるんじゃないかと思って……」
「栄養……!?」
シャルロッテに、人間にはさまざまな種類の食べ物が必要であることを伝える。
シャルロッテの作ってくれる食事に、不満があるわけではないと詫びて、ようやく納得してもらえた。
「ずっと考えていたんだが、そろそろ狩猟採集生活から、農耕生活に切り替えて行こうかと思うんだ」
(狩猟採集を中心とした暮らしのままじゃ、色々と不安要素もあるしな……)
一応、今のところは問題なく過ごせている。
けれど、この先、獲物が連日取れないなんてことも考えられた。
やっぱりある程度、計画的に食材が手に入れられる環境を作ろう。
余剰分は備蓄に回したいし。
だって飢饉にでもなったら大変だ。
(いまもこうして後ろに付き従っているオークたちを、料理するとか言い出しかねないし……。 俺の自称嫁が……)
◇ ◇ ◇
そんなわけで、生活圏内で耕せそうな土地を探すことにした。
しかし。
「うーん、見事に干からびた土地ばかりだな……」
目の前に広がる荒野を見下ろして、溜息を吐く。
全知スキルで辺りの地質を分析し終えた俺は、土の中に含まれた成分の一覧を前に、力なく頭を振った。
痩せている。
その上、土を肥やすような微生物の存在も皆無だ。
この辺りに、生命力の強い雑草ばかり目立つ理由がよくわかった。
こんな状態では、耕したところで、作物が育つとは到底思えない。
土地を探して今日で三日目。
三日かけて廻ったどの土地も、この調子だった。
まいったな。
「場所を変えても、解決にならないってことか」
となると、痩せた大地を肥やすべきか。
再び全知スキルを使い、痩せた土地の肥やし方を調べる。
「なるほど……」
「どうじゃ? 旦那さま」
シャルロッテが心配そうに眉を下げて、俺の顔を覗き込んできた。
俺は彼女にも、検索の結果を説明した。
「動物のフンによって、土に微生物を混ぜることができるんだ。微生物は、土の中の物質を分解して、植物が栄養分を吸収できるようにしてくれる。だけどこの辺りの土には、微生物がいないんだ」
「なら、微生物を増やす必要があるのじゃな?」
「そう。そのために動物を飼って、微生物の豊富なフンを肥料にする。そして、ミミズにそれを耕させるんだ」
「ふむ……あ!」
シャルロッテが閃いたように、ぽんと手を打つ。
「ならばミノタウロスとヨルムンガンドを、捕まえればよいのじゃ!」
(ミノタウロスとヨルムンガンド……?)
「ひ、姫……!?」
オークたちが一斉に声を上げるが、シャルロッテはまったく聞いていない。
心なしか、オークたちの顔色が悪くなった気がする。
「大蛇と大牛。この暗黒大陸にも、うってつけの者たちがおる!」
(ん? んー……。 ……ちょっと違うよな? たしかにミノタウロスは牛だけど)
ヨルムンガンドのほうは、ミミズと似たような外見をしているものの、どっちかっていうと蛇だろう。
「ちっぽけな生物を使うより、巨大な怪物を利用したほうが、効率が増すのではないか? 肥料のための牛もほれ、ミノタウロスなら出すものの量も多いし」
「出すってなにを?」
「なにってそれはウン……」
「姫エエエエエエエエ」
なぜか、オークたちが慌ててシャルロッテを止めに入る。
「人語を話すゆえ、意思疎通もはかれるしのう。いますぐここでふんばれ、とか」
「姫エエエエエエエエエエエエ!?」
「あ、それはいい」
「兄貴イイイイイイイイイイイイイイ!?」
言葉が通じるなら、農家として雇用できないかな。
交渉してみたくなってきた。
「そうと決まれば早速……」
「姫! 兄貴! 考え直してください! あいつらはとんでもない怪物ですぜ!? いくら兄貴でも……」
蒼い顔をしたオークたちが、うろたえながら俺にまとわりついてくる。
「大丈夫大丈夫。まずはミノタウロスとやらに会いに行ってくるよ」
「あ、兄貴……」
「ならば、ヨルムンガンドはわらわに任せよ」
「姫!! 駄目ですって!!」
「うん。オークたちの言う通り、危険な場所に、お前は行くべきじゃない。どっちも俺が会いに行くから――……」
「わらわに夫の内助をするなと申すのか!」
「いや、そうじゃないけど、危ない目に遭わせたくないしな」
「わらわは旦那さまにいいところを見せたいのじゃ! お役に立って、よしよしされたいのじゃ! 護られるだけの妻ではなく、夫を支えられる伴侶となりたいのじゃ!!」
ものすごく真剣に懇願される。
そんなうるうるした目で見つめないで欲しい。
俺がいじめているような気分になってしまう。
「旦那さま……お願いじゃ……。わらわに任せてくれるであろう……?」
「う……」
断れなかった。
俺はどうも、シャルロッテの懇願に弱いらしい。




