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人形は何の夢を見るのか?

作者: 神無月 郁

生暖かい目で見ていただけると、幸いです。



突然、核戦争が始まることはない。緩やかな政治腐敗、緩やかな経済格差、緩やかな民族対立、緩やかな思想扇動。様々だ。


まあ、この話は今回は関係無いのだか、何事も全て、緩やかに始まると思ってくれれば良い。



第四の産業革命




それは、スーパーコンピューターの次世代型である。量子コンピューターが引き起こした、産業革命であった。


並列化された量子コンピューターは、物理的、電子的にも世界を縮めた。量子コンピューターで設計され、量子コンピューターが管理する工場で造られた車両、船舶、航空機達は、量子コンピューターによって管理された、車道、航路、航空路を通る。


新たに量子コンピューターによって創られたネットワークシステムは。レスポンスのラグが百万分の一まで削り、高性能非ノイマン型コンピュータを使い、パソコンの大きさは限りなく小さくなり、人々の生活にホログラムも定着している。


人は、目や身体を機械化をさせ、人体、最後の謎である脳を電子化、電脳化させた。人は自らの電脳と非ノイマン型コンピュータを並列化することで、簡易ではあるが、単体のスーパーコンピューターになることさえ出来た。


人々の隣にはオートマタ……自動人形が存在し、善き友として、また、仕事を肩代わりしてくれる存在として、社会的地位をえていた。


街にはモノが溢れる。工場から自動的に吐き出される、物品を人々は低価格で買う。量子コンピューターによって管理されたマイナンバーで、人々は決められた金が支給される。人々はもう、仕事をして、死ぬまでの資金を稼ぐことは無くなった。


人々は生きるための必要最低限の金は支給されるが、欲しい物が有ると働いて賃金を得る。人々は遂に働いたら働いた分の賃金を正当な金額で、不当の搾取も無く得ることになった。


国と言う概念は既に無く、一部、象徴としての王朝、皇族、宗教祭主が残っているが、世界中に散らばる量子コンピューターが全てを管理していた。


そんな、ノストラダムスの大予言から数百年後の未来の話。



極東の象徴としての皇がおられる島国、その中央部、大昔にかの三英傑を排出した地域に、住民の拠り所として、また、量子コンピューターが残すべきとして、保護されている木曽の千本桜があった。


その満開の桜の元に一人の老人がいた。その老人は今時珍しい、どこも機械化されていない身体だった。もう、老い先短い身体ながら、足腰は衰えておらず、しゃんと背筋は伸び、パリッとしたワイシャツを着ていた。


そんな老人は一人、ベンチに座りながら桜を見ていた。そこに一つの影が老人が座るベンチに近づいてくる。


それはヴィクトリア朝風の侍女服を着た、美しい女性であった。いや……"美しすぎる"。すらりと伸びた手足。シミやほくろすら無い肌。孤高と浮かぶ月の様な銀色の髪。そう、彼女は美しすぎるのだ。


『旦那様、こんな所におられたのですか。まだ風がお寒いです。お体に触りますよ。』


「……ん?ああ、イフェメラか。大丈夫だ。ここは家から十分程の距離だし、今日は暖かい。それに、バイタルチェックはこれでしているのだろう?」


老人が右手を上げ、クラシックな腕時計を見せた。この腕時計は唯の腕時計ではなく。GPSと繋がっており、所有者の現在地が分かり、脈拍や、血圧を測り、何か異常が有れば直ぐに病院や登録されている番号に連絡が入る仕組みになっている。


『ですが、旦那様………』


「まあ、良いじゃないか。イフェメラ。お前も横に座りなさい。」


老人は座っているベンチの隣を軽く払うと、彼女……イフェメラに勧めた。


『………わかりました。お隣を失礼します。』


そこから十数分、ただ桜を眺める沈黙が続いた。


「イフェメラ……お前が来てから何年になる?」


そう、ポツリと老人は呟いた。


『はい、旦那様。私は現在、42年9ヶ月25日17時間56分26秒、旦那様のお隣におります。』


「そうだったな、確かお前を買った理由は………」


『はい、旦那様。買った理由ですが、奥方様がお亡くなりになり、家事、まだ幼い長男や次女の教育の為に買ったと記憶しております。』


「おお、そうだったな。もうワシには遥か昔のことだ。記憶が朧気になっている……それでも覚えていることがある。大事な記憶だ。これだけは失いたくはない。」


『だしたら、旦那様。電脳化をされては……』


彼女の言葉を遮り語気を強めて老人は言う。


「電脳化だと!?それは駄目だ!それだけは絶対に……ゴホッ!?ゴホッ!?」


『だ、旦那様!?だ、大丈夫ですか!?』


焦りながら老人を気遣う様子はまるで家族の様だった。


「すまんの、大丈夫だ。ちょっとむせただけだよ。それよりも語気を強めて悪かった。」


『お気遣い無用です。私の様な物に、そんなものは……』


「ワシは、お前を家族と思っておる。なあ、"キサラギ工業製OM-5B48製品名[ブラス・メイデン]"のイフェメラよ。」


自動人形が何かを言うとするのを止め、老人は話続ける。


「まあ、聞けイフェメラよ。ワシはなお前が何処製でも、自動人形でも、人間でも、どうでも良いのだ。お前はお前なんだ。それの何者でもないんだ。それにお前は気付いてないと思うが、最初に会った時と今じゃ性格がまるで違うぞ?」


『え?そうなのですか?』


「お前は最初の時は、もっとつんけんしてると言うか、もっと冷徹と言うか、命令には忠実に動くそれ以外はしない。そんな奴だったぞ?…だが今はどうだ?命令には余裕のある行動をするし、自らが考えて行動している。そして何よりも……」


老人はイフェメラの方を向き頬に手を当て言った。


「お前には笑顔が生まれた。ワシの孫が生まれた時など満面の笑顔をしていたぞ?それだけでお前は緩やかにだが、大きく変わったよ。」


自動人形は頬に当てられた手を自らの手と重ね。微笑みながら言った。


『はい、旦那様。私も変われたのですね。私の様な自動人形でも。』


「この世に有るものは全てが変わるものさ。」


老人がそう言うと、自動人形は少し意地の悪い笑顔をしながら言った。


『では、旦那様。電脳化も前向きに検討してくださりますよね?』


「はっはっはっ!これは一本取られたな!……だが、それは駄目だ。これは俺がまだ若かった頃に決めた信条なんだ。」


『信条…ですか?』


「ああ、そうだ。"この命、この記憶、この魂は全て俺のものだ。誰のものでもない、俺だけのものだ。"と決めたんだ。」


電脳化は一度全ての記憶を量子コンピューターに送る。それは電子の海で新たな人生を送ると言っても良い。他者との精神の結合。命と言う存在を破棄し永遠に生きる。


それはどんなに素晴らしいものなのかは理解できる。それを肯定する人は沢山いるし好きにやれば良いと思う。だが俺はそれをしない。


命は限りがある。それ故に人は自らの成すべきことをする為に命を使う。だから自らの肉体を捨て電子の海を漂うのは、それは既に人間ではない。それはもう、0と1の集合体でしかないのだ。


矛盾しているのだろう?イフェメラと言う自動人形に魂の様な存在を期待している。イフェメラ、和訳"かげろう"。そんな不確かなものを期待しながらも、自らの電脳化は否定する。それはワシも分かっている事だ。だが、人は矛盾を抱えながら生きていくものだ。これで良い、これで良いのだ。


『……様?……旦那様?』


「ん?ああ、すまない考え事をしていた様だ。」


『大丈夫ですか?もう、お戻りになった方が宜しいかと。』


「ふむ、そうだな。そうしようか。……ああ、最後に一つ良いかな?」


『なんでしょうか?旦那様?』


老人は立ち上がると自動人形の手を取り言った。


「ワシは妻が死んでしまってから、もう一度、結婚することはなかった。そこにはお前の存在が有ったからだ。お前はワシの娘であり妹、そして妻の様な存在で在ったかもしれない。そういう機能がお前に搭載されているのは知っていたが、遂に使わなかった。それでもだ。一度だけで良い旦那様から呼び名を変えてはくれないか?」


自動人形…いや、イフェメラは少し考える素振りをしたが、満面の笑みで答えた。


『はい、あなた様。私もあなた様をお慕いしております。』


「そうか、それは良かった。」


老人は少年の様な笑みを浮かべた。


















一人と一体が家に帰る。


『あなた様。ふと思うのですが。』


「なんだね?イフェメラ?」


『先程の言葉で、あなた様がもう直ぐ死んでしまうのではないかと心配なんです。』


「ははっ!ワシはまだ死なんぞ!曾孫がもう直ぐ生まれるだ。名前を決めてやらんとな。」


『それを聞いて、私は安心しました。』


「ワシは後十年は生きるつもりだからな。イフェメラよ、これからもよろしく頼むぞ。」


『はい、あなた様。私もよろしくお願いいたします。』


そうして一人と一体の一日は過ぎていった。





誤字脱字等があったら、教えていただけると嬉しいです。

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