恵理子
久しぶりの戦闘です。
けたたましく鳴り響くアラーム結界。
アラーム音で目覚めた俺は、辺りを見回した。
ノーマのアラーム結界は優秀で、力の弱い魔物は近付くことも出来ない。
そのアラームが鳴り響く・・つまり、強敵が近付いていると言うことだ。
そして水の中から、浮かび上がる白い影を見つけた。
ゆらゆらと、月の光に照らされて、こちらにゆっくりと近付いて来る。
そして茫洋とした姿が、徐々にはっきりして来た。
「えッ!!!???なんでここに????」
(ヒデキ様、どうなされました?あれはウンディーネ・水妖です!)
「ウンディーネ?でも、あれは、あの顔は・・・」
(あの顔?あの女の顔?どおういうことですか?)
身構えていたエリーが俺の戸惑いを見て、驚いている。
白い影はすでに、はっきりとした姿を浮かび上がらせていた。
その顔は俺がよく知っている、忘れようとしても忘れられない顔だった。
「恵理子・・・」
(エリコ!私が名前をいただいた方・・・あの人が?)
恵理子は全身が真白だった。
いや、真白ではない、そう、白黒写真のようにモノクロームなのだ。
湖の波うち際に立ち、おいでおいでと俺を手招いている。
彼女は、大学時代に付き合っていた同じ学部の後輩だった。
2年間付き合って、結婚の約束までしていた。
だが、彼女の実家である印刷会社が経営困難に陥り、卒業を待たずに田舎に連れ戻され、地元の名士と結婚させられてしまった。
あの時、どうして映画「卒業」のダスティン・ホフマンのように花嫁を浚いにいかなかったのか?
死ぬほど後悔した。
商社に勤めてからは、仕事一筋で、合コンやその手の飲み会には一切参加しなかった。
実際、恵理子のことが忘れられなかったのだ。
その彼女が今、俺を手招いている。
「恵理子・・・エリコ・・・」
(ヒデキ様、あれはエリコ様ではありません!!水妖です!!行っては行けません)
エリーが何か叫んでいるけど、理解できない。
だって、あれほど好きだった恵理子が手招きしている。
おいで、おいでをしているんだ。
行かないとダメなんだ。
俺は恵理子に向かって歩き始めた。
もう何も考えられない。
頭の中に霞がかかっているようだ。
(ヒデキ様、申し訳ありません!!)
エリーが俺の前に飛び出して、いきなりファイヤー・ブレスを放った。
強烈な炎が恵理子を包む。
「エリー!何をする?やめろぉぉぉーーー!!」
俺はエリーに飛びついて止めた。
(ヒデキ様!あれはヒデキ様の魂を取り込んで、自分がこの世界に顕現しようとしているのです。お叱りは後でいくらでもお受けします!お下がり下さい!!)
「!?」
炎が消えたその後には、何事もなかったように恵理子が、いや、ウンディーネが佇んでいた。
再び、彼女が手招きをすると、体が自然に水際へと向かってしまう。
エリーが横から声を掛けてくる。
(ヒデキ様!どうか堪えて下さい!!魂を取られてしまいます!!どうか!どうか!後生ですから!!足をお止め下さい!!)
「分かっているんだが、足が止まらないんだ!!」
(!!??・・・まさか、もう魂が捕縛されて?)
俺は足を止めようと踏ん張る。
しかし、ゆっくりだが確実に水妖に近付いてゆく。
「エリーのブレスのおかげで、あいつが恵理子じゃないことは分かった。だが足が止まらないんだ!!どうすれば良い?」
(ヒデキ様失礼します!!)
エリーは俺の両足に自分の尾をからませて、砂地に転ばせた。
そして、俺の上に覆いかぶさるようにして、俺の体を4本の足と尾を使って拘束した。
エリーは、そのままウンディーネの方へ顔をむけ叫んだ。
(ヒデキ様に近付くなあぁぁーーー!!!)
言いながら今一度ファイヤ-・ブレスを放った。
先程よりも大きな炎をウンディーネが包まれ、水蒸気がもうもうと上がった。
しかし、凄まじい水蒸気の中から恵理子の姿をした、ウンディーネは平然と近付いて来た。
(来るな!お前のような水妖に、ヒデキ様は渡さない!!)
ウンディーネはエリーの威嚇を歯牙にもかけず、倒れた俺の側まで歩みを進めた。
そして跪き、覆いかぶさって俺を守っていたエリーに、片手で軽く触れた。
(ギャウン!!)
エリーがビクッと痙攣して、俺の横に崩れ落ちた。
(なっ!?何?アッ!?ち、力が入らない!?)
続いてウンディーネは俺の頬に触った。
「ぐわぁぁぁぁぁーーー!!!」
全身の力が抜け、生気が吸い取られて行くのが、あからさまに分かった。
(今すぐヒデキ様から手を離せーー!!)
エリーは叫んでいるが、体の自由が利かないらしい。
俺の方はと言うと、どんどん生気が吸い取られ、気が遠くなって行く。
目の前が霞んで来た。
この世界に来て、まだ数日、何もわからず、何も出来ず、ここで終わってしまうのか?
何のために、俺はこの世界に来させられたんだ?無駄死にするためか?
(頼む!お願いだ!ヒデキ様の代わりに私の魂を持って行けーーーーー!!!)
「やっかましいぃぃぃぃーーーー!!!」
ノーマの怒鳴り声が夜空に響き渡った。
「人がせっかく安らかな睡眠を貪っているのに、邪魔をするとは、どういう事よ!!エリー!!」
(このお馬鹿!!アラーム結界が鳴っても起きない鈍感!!よく見なさい!!早くヒデキ様を!!)
「馬鹿とは何よ!馬鹿とは!・・・てっ?ウンディーネ!!」
(そうよ!!早くヒデキ様を助けて!!)
「分かった!!下級精霊の分際で、この私の安眠を妨げるとはいい度胸ね!」
上着のポケットから出てきたノーマが俺の頭の上に飛び乗り、ノーマが両手を突き上げるのが見えた。
「これでもくらいなさい!『デス・フォールダウン』!!」
ノーマから力ある言葉が発せられ、暗黒の炎がウンディーネを包みこんだのが、ぼやけた視界に微かに見えた。
「ギャアァーーーーー!!!!!」
エリーの強烈なファイヤー・ブレスを浴びても平然としていたウンディーネが、凄まじい悲鳴を上げた。
そこで気力が尽きて、俺は気を失った。
俺は夢を見ていた、乳白色の空間に恵理子がいた。
恵理子は俺に膝枕をして座っていた。
「恵理子!!お前もこの世界に来ていたのか?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える。私はあなたの記憶の中にある恵理子、でもそれだけじゃない、クォンタム理論における、恵理子自身の記憶でもある」
「よく分からないが、結局お前はこちらには来ていないんだな?」
「そう、物理世界(現実)での私は人妻、幸せではないが、不自由な暮らしはしていない」
「そうか、ヒヒ親父に虐げられてはいないんだな?」
「私は愛してはいないが、夫は私を愛してくれている。やがて子供も生まれ、幸せな一生を過ごすことになる」
「何故、分かるんだ?」
「シュバルツシルト面においては、時間は意味をなさない。恵理子の一生を見渡せる」
「ますます分からん」
「超物理学的観点から言えば、この私はヒデキへの愛そのもの、残留思念」
「すまん、頭がパニックだ!!」
「私はずっとあなたのことを愛している。それだけ分かってくれていれば良い。」
「俺もだ俺も愛している。しかし恵理子はこんな難解な話し方はしなかった。」
「ユングの深層心理、全人類の意識は深層心理で全て繋がっている。故に今の私はIQ300 は超えている存在。」
「そりゃ凄い!!」
「でももう時間がない、私は深層心理下に沈みつつある。」
「消えてしまうのか?もう会えない?」
「消えるわけではない、現実の恵理子の深層心理下に沈むだけ、また会えるかもしれない、可能性は零ではない」
「もう少しだけこのままでいたい。」
涙が留めなく流れた。
「もう限界が近い、なんとか残留思念だけを残して置く。」
「どういう事だ?」
「目が覚めれば分かる、ヒデキ愛してる、これからもずっと」
「俺もだ愛している」
俺は号泣した。
目が覚めた。
本当に泣いたらしい、頬に涙が伝っていた。
そしてやはり誰かの膝枕に寝ているのに気付いた。
女の子の顔があった。
「恵理子・・・・」
後半の量子力学や物理学の件は、ほぼ出まかせです。
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