ハイピクシー
みなさん、骨折した事ありますか?私はあります。
結構大きな音がしました。
スキー場での出来事でした。
俺とスライムの戦闘は単調だ。
触手が伸びる、傘で払う、触手が槍のように突かれる、傘で切り落とす。
このパターンの繰り返しだ。
スライムの攻撃はワンパターンで避けやすかった。
やはり知能は低く、本能で行動しているのだろう。
こいつの本能は食欲。
餌として俺を捕食しようとしている。
だから、スライムが退くことはない。
スライムの攻撃をかわしながら、俺は徐々にスライムに近づいていった。
後ろではトカゲ君が、ファイヤー・ブレスをスタンバイしている。
竹刀代わりの傘は、ナイロンの生地部分がすでにぼろぼろになってしまった。
本来の傘の役目は果たせないだろう。
この世界に傘の修理屋がいれば別だが。
しかし、今までの攻防で、スライムは、やはりスライム、体は柔らかく千切れ易いのが分かった。
これならば、妖精が捕まっている部分だけ抉り取るのは、可能なはずだ!!
(マスター、奴がマスターを取り込もうと跳びかかってくるかも知れない!気をつけて!)
「おう!!」
トカゲ君からナイスアドバイスが飛ぶ。
いつでも来い!
と、返事をしようとした瞬間、どこにそんな跳躍力があったのか、スライムがジャンプして襲い掛かってきた!
でかいスライムがジャンプとか、驚愕したが、やはりアホだ!!
「待っていたぞ!隙ありだ!!」
本当は待ってなんかいなかったのだが、ここは格好つけたかった。
空中からの落下する重力、それにうまくカウンターを合わせれば、傘の柄だってスライムの一部を削り取る事が出来るだろう!
俺は体を横にして、スライムの突撃をかわしながら、上段から下段に傘を持ち替え、下から掬い上げるように切り上げた。
傘の柄がグニャリと曲がったが、スライムの体に食いこんでいる。
丁度妖精が捕まっている部分を抉る感じだ!!
しかし、なかなか抉り取るところまでいかない。
俺の両腕にでかいスライムの全体重がかかり、気付けば腕も変な方向に曲がっている。
両足にも負担がかかり、膝が曲がって行く。
両手両足に激痛が走った。
「ぐうおぉぉぉぉーー!!」
両腕の骨がポキリと折れる音が聞こえた。
骨の折れる音を聞いたのは、生まれて初めてだ。
結構良い音が出るのだな。
と同時に、スライムの体の一部が切り取られ、妖精が外に飛び出してきて、草の上に落ちた。
よし、妖精をスライムから切り離せたぞ!!
手から傘がはなれ、スライムの触手が俺の体にからみつき、スライムが俺を取り込もうとしているのが分かった。
スライムに痛覚はないのだろう。
妖精を消化しようとしていた部分が抉り取られたのも、気付いていないようだ。
スライムは俺を取り込んで、消化するのに集中している。
「今だ!!ファイヤー・ブレス!!やってくれー!!」
(はいっ!!マスターーーー!!!!)
トカゲ君の口から強烈なファイヤー・ブレスが俺をかすめて、スライムを直撃した!
ブレスが俺の横を掠めた時、凄まじい熱気を頬に感じた。
俺にからみついていた触手は消し炭になり、俺の体はスライムから離れた。
両足の激痛に耐えかねて、俺は体を支えることが出来ずに、俺はどさっと、草の上に倒れた。
戦いの疲労と、両手両足の激痛のため、俺はぜえぜえと息を切らしていた。
両腕は脱臼、骨折、両足は良くても捻挫、もしかしたら、ひびが入っているか、最悪骨折しているかも知れない。
満身創痍であることは間違いない。
倒れた体で、横を見ればスライムが炎に包まれ、のた打ち回っていた。
妖精は・・・
俺の目の前に落ちていた。
背中の羽は残念ながら4枚とも溶け落ちて、痕跡だけが残っていた。
生きているのだろうか?小さいので息をしているかもわからない。
(マスター!ご無事ですか?)
トカゲ君が駆け寄ってくる。
いや、トカゲじゃなくて、サラマンダー・・・火龍だったのか。
凄まじいまでの火力!
この世界でもドラゴンは強いらしい。
こんな小さな体でも、凄まじいブレスを放つのだから。
「ああ、辛うじて生きてはいるな、両手両足がおしゃかだけど」
(マスター、初級ですがヒーリングします)
「ヒーリング?そんなことも出来るのか?」
(血止めと痛みを和らげることしかできませんが、、)
「痛みがなくなるだけでも助かるよ。」
(○△■●×、、)
呪文と同時に体が緑色の光に包まれた。
体の痛みが嘘のように消えてゆく。
激痛で気絶しそうだったのに、魔法とは便利なものだ。
「ありがとう、かなり楽になったよ」
ヒーリングしてもらっている間に、スライムは動かなくなり、炎がくすぶる中で息絶えていた。
火が弱点というのは、本当だったな。
妖精はどうなったかな?と思ったら、俺のすぐ横で仰向けに転がっていた。
先ほどはうつ伏せだったのだが、自分で寝返りをうったのだろうか?
妖精の体が緑色の光に包まれている。
サラマンダー君のほうを見て、問いかけた。
「君がヒーリングを?」
(いいえ、私じゃありません。この子の自動回復スキルだと思われます)
「自動回復スキル!!それはすごいな!!」
妖精はしばらくヒーリングの光を発していたが、それが収まると目を開けて立ち上がった。
イッキに回復したみたいだ。
俺はまだ立ちあがれないので、横になって妖精を観察する。
その妖精はさっきまでいた妖精とは、雰囲気が違っていた。
体の色はダークグリーン、瞳の色ももう少し濃いダークグリーン。
体つきもグラマーと言ったらおかしいが、人間の女の大きさになれば、さぞや巨乳巨尻だろうと思われるプロポーションをしていた。
妖精は興味深そうに俺の顔を見ていたが、恐る恐る近づいて来た。
「あなたが助けてくれたの?ありがとう、危うく溶かされるところだったわ」
「!?」
やはり、この妖精は他とは違う。
会話に知性が感じられた。
(マスターこの子、妖精の上位種のハイピクシーですね)
「だから普通の会話ができるのか、なるほどなあ」
妖精は横になっている俺の周りをぐるぐると回って、言った。
「あなた、怪我が酷いわ・・・私を助けるために無茶をしてくれたのね?」
「俺も食べられるところだったからな、倒すしかなかったさ」
逃げりゃ良かったんだが、格好つけて言った。
「ふーん・・・でも助けてくれた事に違いはないわ。お礼に治してあげるね!」
「えッ!?」
そう言って、妖精は俺の頬に触れてきた。
妖精が俺の頬に触れた瞬間に俺の体がダークグリーンの光に包まれた。
(これは、ホーリーヒール?)
サラマンダー君が驚いている。
かなりの高位魔法なのだろう。
擦り傷はもちろん骨折や脱臼も治り始めていた。
暫くするとダークグリーンの光は薄くなって行き、消えた。
俺はゆっくりと立ち上がり、体を動かした。
どこも痛くない、完治している。
魔法の凄さをまざまざと体験した。
「ありがとう、助かったよ、明日から寝たきりで飢え死にしかないかな?と思っていたから」
「うん、じゃあこれで、お相子ね。お互いに命の恩人」
(わたしもマスターに救われた、だから同じ)
サラマンダー君が、何を思ったのか張り合ってきた。
「でも、君の羽、回復してないね、どうして?」
「私の羽は溶けてしまったから。部分欠損は私のホーリーヒールでは修復できないわ。伸びて元に戻るのを待つしかないわね」
「すぐに伸びる訳ではないのだろう?」
「ええ、30回は寝て起きないとダメでしょうね」
妖精はすこし残念そうに言った。
ひと月かかるのか・・・・
「そうか、でも飛べないと色々困るだろう?移動とか?」
「そうね、でも仕方ないわ」
「良かったら羽が元にもどるまで一緒に来ないか?」
「いいの?」
「ああ、色々教えて欲しいこともあるからね、どう?」
「うん!じゃあ一緒に行く!!」
妖精はにこりと笑い、俺を見上げた。
交渉も成立した。
当初の目的どおり、寝ようかと思う。
「さて、疲れたからひと眠りして、起きてから今後の事を考えるとしよう!」
「ええ、そうしましょう。ヒールで魔力も減ったから回復したいし」
(私もブレスで、消耗しました)
「じゃあ、寝よう!」
「あ、寝る前に、周囲にアラームの結界を張っておくわね、危険な魔物とかが入ってくると、大きな音を立てて、起こしてくれるわ」
「ありがたい、これで安心して眠れるよ」
目が覚めたらスライムの中でした!とか洒落にならんからな。
スライムは復活する事はなさそうだが。
後の問題は起きてからだ、ほっとしたせいか、一気に眠気が襲って来た。
緊張の糸が切れたのだろう。
俺は先ほど作った簡易ベッド(新聞紙)に横になった。
サラマンダー君も、横で丸くなる。
「お休み!!」
(おやすみなさい、マスター)
「おやすみ~」
漸く安心して寝られるのだ。
ありがたい。
俺はあっという間に眠りに落ちていった。
次回から、人間、ドラゴン、妖精の旅が始まります。