最初の敵
3話目、トカゲはトカゲ君に格上げです。
『空気が変わる』という言葉がある。
今にぴったりの言葉だ。
何か危険が迫っている。
妖精達が散り散りに逃げたことでも明らかだ。
近くで聞こえていた虫の声も、全く聞こえなくなった。
トカゲ君も警戒してピリピリしている。
足元で身構えるトカゲが見つめる方を、俺は見ていた。
今宵は満月で、月はたくさん。
充分な月明かりがある。
しかし、何も見えない。
見えないのだが、じわじわと迫って来る殺気というか、奇妙な圧迫感があった。
背筋に冷汗が流れた。
まるで幽霊でも現れるかのような雰囲気だ。
尤も、幽霊と遭遇したことはないのだが・・・
「クウゥゥ~」(気をつけて、危険!危険!)
トカゲ君がそう言っているようだ。
そして俺も気付いていた。
前方の草が不自然に揺れているのだ。
草を掻き分けて、と言うより、透明な何かがこちらに這い寄ってくる感じだ。
這い寄る混沌!? どこぞの神話の邪神ではなかった。
混沌だったら、説明のしようがないが・・・・
まるで透明な何かがこちらに向かって来るような・・・・
いや!本当に透明だった!!
何故なら、そこにいるはずなのに、全く見えないのだ。
心霊番組で自称霊能者が、「そこに2体の霊がいます。若い男女の霊です」とか尤もらしく指差した先には、何も見えない。
例えるならば、そんな感じだ。
光学迷彩を纏った、狩を楽しむ異星の人でもなさそうだ。
あいつらの光学迷彩は、微妙に風景が歪むからな。
では、何故何かがいるのが分かるのか?
草が直径2mほどの円形にへこんでいて、そこに何かがいることを辛うじて証明していたからだ。
「何がいるのだろう?分かるかい?トカゲ君」
(今見えるようにするから、少し待って)
トカゲ君の言葉が頭に響いた。
足元のトカゲ君は大きく口を開いた、口の中は赤く、細かく鋭い歯が二重に生えていた。
何をしているのだろう?と思ったら、トカゲを中心に草が微かに揺れ始めた。
「超音波?」
どうやらトカゲ君は、俺の耳には聞こえない声を発しているらしい。
耳に僅かに圧迫感があった。
蝙蝠みたいなものか。
確かエコーロケーションと言ったな。
でも、超音波では見えない相手が見えるようになるとは思えない・・・
ところが、効果はてきめんだった。
「お?おおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
どういう理屈か仕組みか理解できないが、うっすらと正面にいる奴の姿が見えて来た。
恐らくは魔法なのだろう!
何故ならトカゲ君の周りに、魔方陣のようなサークルが浮かび上がっていたからだ。
「おいおいおい、いやあ、さすがファンタジー世界?だな!!」
俺は正直な感想を口に出してしまった。
何故ならば、姿を現したのは、直径2mはある半透明のスライムだった。
半透明のゼリー状の丸い物体がそこにいたのだ。
ドラゴンでクエストするゲームのように目があるわけではない。
しかし、スライムなのは間違いないと、直感でそう思った。
まあ、ファンタジー系のRPGで最初に出会うモンスターの代表格だ。
ゲームによってはゴブリンやコボルトの場合もあるけれど。
それにしてもでかい!!
キングとか名前に冠がついているかも知れん。
経験値がおいしいとか?
しかし、完全に見えないとか、どんな光学迷彩機能なのだろう?
「ヴヴヴヴッ」
(こいつ、手強い!)
トカゲ君が警戒を強める。
どうやら、ゲームのような雑魚キャラではないようだ。
なにせ、透明だったからな。
インビジブルスライムとでも呼んでおくか。
しかしまずいな、武器がない!
せめて初期装備の木の棒でも落ちてないのか?
辺りを見回す意味もなかった。
残念ながらここには草原しかないのだ。
スライムを睨みながら、思考を廻らせた。
そこではっと気付いた。
持ってきたショルダーバッグの中に、武器になりそうな物があったのを思い出したのだ。
俺は近くに置いてあったバッグをあわてて引き寄せ、急いで折りたたみ傘を取り出した。
ワンタッチ機能が付いている多少高い折りたたみ傘だ。
これでもないよりはましだろう。
というか選択肢はない。
ワンタッチボタンを押して、柄が伸びた瞬間だった。
スライムが鞭のように体の一部を細くして、こちらに向かって、振り下ろして来た。
同時に傘が開いて、スライムの鞭のような触手を弾いた。
偶然の防御だったが、九死に一生とは正にこのことだ!!
「あっぶなーー!!」
(良かった、あいつの触手に捕まるとやっかいなの!!)
トカゲ君との関係が良くなったのか?はたまた慣れたのか?
気持ちが伝わるというより、ほぼ会話が出来る様になっている!
これは助かる。
俺はトカゲ君に早速質問をした。
「あいつの弱点は?」
(火が弱点、でもかなりの火力が必要、ファイヤーボールを10発ほど打ち込む必要がある)
「ファイヤーボール・・・俺は使えないぞ、他に弱点は?」
(体内にある核を壊すしかない、でもこれだけ大きいと、私では無理)
スライムの半透明の体をよく見てみると、体の中心に黒っぽい丸い塊があった。
あれが核だな。
1m以上長さのある刺突武器がないと破壊は無理か。
「かなり厳しいな、逃げるか?幸いスピードは遅いみたいだし」
(待って、なんとか倒したい!あいつの中に妖精が捕まっている!)
「何だって!?」
よく目をこらして見ると、月明かりでテカっているスライムの体内・・・表皮の右部分に小さな人形のような姿が見えた。
「妖精なのか?羽が見えないようだが?」
(スライムは獲物を体内に取り込んで、溶かして吸収する、羽はもう溶けてしまったみたい)
「そうなのか、しかし、生きているのか?」
(生きている、生命反応がある。)
おお、トカゲ君は地味に有能だ。
生体センサーでもあるのだろうか?
「よし、助けだそう」
(ええ!!お願いします!!)
トカゲ君と会話している間にも、スライムが複数触手を繰り出して攻撃してくるが、全て傘で弾いて防いでいた。
しかし、防御だけでは勝てない。
なんとかしなければ。
「何か作戦はあるのか?トカゲ君!」
人間がトカゲに作戦を聞く、非常にシュールな図だが、形振り構ってはいられない!
(マスター、実は私、ファイヤー・ブレスが使える)
「マスターって俺のことか?」
(そう、あなたは死にそうな私を救ってくれた。だからマスターだ)
死にそう・・・まあ飢え死だけどね。
細かい事は、妖精を助けてからだな。
「ファイヤー・ブレスか、このままブレスを放てば、体内の妖精も巻き込んでしまうか?」
(そう、だから先に妖精を助けたい!)
スライムに捕まっている妖精の位置を、詳しく確認した。
幸い妖精はスライムの外皮の10センチくらいに捕らえられている。
それくらいなら、この傘でも抉れるかも知れない。
やってみるか。
俺は開いた傘を閉じ、中学高校の授業で習った剣道の竹刀みたいに上段に構えた。
「いまから妖精の捕まっている部分を削り取ってみるから、成功した瞬間にブレスを頼む!!」
(了解!!)
言った瞬間にトカゲ君の色が真赤に染まった。
緑から赤に変色!?
攻撃色なのか?
トカゲ君の体から、凄まじいばかりの闘気が迸った!
(準備OKです!!)
「よし!行くぞ!妖精救出作戦!開始だ!」
さて、危険だがやってみよう!
トカゲ君もやる気満々だ。
それにやはり、妖精も助けてあげたいからな。
スライムから放たれる鞭のような触手を、傘ではじきつつ、俺は徐々にスライムに接近して行った。
スライムはこちらを襲う気満々だから、逃げられる心配は無い。
幸いにも妖精の位置は、変化していない。
体の何処でも消化できるので、奥に取り込む必要がないのだろう。
後は、スライムの体を抉ることが出来るかどうか?
こればかりは、やってみなければ分からない。
俺の緊張は、徐々に高まり、実際に生き死の戦闘をしているのだ!と言う高揚感に包まれていった。
明日も頑張って投稿します。