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傷だらけのフローラ

 フローラは1日の仕事と訓練を終わらせ自室に入ると、ふーっと大きく息を吐き出した。

 ポケットから俺を出して、ベッド脇のチェストの上に乗せる。


「レオン、お疲れ様! 今日も私を助けてくれてありがとう!」


 頬と頭を寄せ合って、お互いを労う。

 フローラは周りの者に侮られまいと常に神経を尖らせて、魔力をすり減らしている。

 周りが男ばかりだからなのか、それは異常とも思えるほどで、フローラくらい高い魔力の持ち主でなければ、とっくに病気になって亡くなっていてもおかしくない。

 俺はぞっとした。 間に合って良かった。

 こんな状態を続けて行けば、いくら魔力があっても限界を迎えるのは時間の問題だ。

 俺はこの世界で唯一無二の大切な番いを喪うところだった。

 即刻、こんな場所から連れ出して竜王国に迎え入れたいと思うが、フローラの愛情を得るまではそういうわけにもいかない。

 

 フローラが唯一安心して気が抜けるのは、この寄宿舎の小さな自室の中でだけだ。

 侯爵との関係は冷え切ったもので、実家でさえ、フローラにとっては安息の場所ではなかった。

 ここは、貴族令嬢が住まう部屋とは思えないほど粗末な、元は物置だったという小さな部屋だが、フローラにとっては居心地のいい自分の城なのだ。

  

 フローラが、身体を拭くために服を脱ぎ始めたので、俺は一応体の向きを変えて、後ろを向いておく。

 カメレオンと言えども、やはり失礼のないようにちゃんと紳士的な振る舞いをしなければならない。

 でも、勝手に目に入ってくるのは防ぎようがないし、俺のせいじゃない。

 カメレオンの目は360度回転して自由自在だ。真後ろだって完璧に見える。

 フローラのセクシーな裸にドキドキしながら、しばし至福の時を過ごす。


 しかし、フローラが後ろを向いたその時、通常あってはならないものを見た。

 滑らかな背中に走る幾筋もの酷い傷跡。

 何だ、あれは。

 フローラは剣士だから、傷跡があっても不思議ではないが、あれは剣の傷じゃない。

 それによく見れば、古い傷跡だ。

 だが、あのように残る古傷ということは、当時は余程の大怪我であったはず。

 ズタズタに引き裂かれたような傷・・・鞭か!

 貴族の子弟が、子供の頃鞭で躾られる事があるというのは知ってはいるが、まさか躾のためにこれほどの怪我を負わせるとは考えられない。

 俺達だって鬼のような母上にシバかれて育ったが、竜族はもともと頑丈だし、あの(・・)母上だって加減はしていた。

 

「お待たせ! レオン、寝よう」


 手を差し出したフローラに飛び移り、腕から肩へ、そして服の中に潜り背中の傷跡のところに俺は張り付いた。

 そして治癒魔法をかける。傷跡だけど、俺は治癒魔法をかけずにはいられなかったのだ。

 俺がその時傍にいれば! こんな怪我など負わさせなかった!

 子供がこんな酷い怪我を負ったのだ。どんなに痛かっただろう、俺の心が酷く痛んだ。


 

 フローラはこれまでにも寝物語に自分の事をいろいろ話してくれた。

 カメレオンは初めてだけど、魔法学校では裏の森にトカゲがたくさんいたから、友達だったのよとか、お母様が亡くなるまではお祖父様だってとても優しかったのとか。

 その話の一つ一つから、生い立ちはあまり幸福ではなく寂しいものだった、そんな様子が窺える。

 

「まあレオンったら、大丈夫よ? 酷い傷に見えるかも知れないけど、ずっと昔のものなの。もう治ってるわ。だから、治癒魔法は必要ないのよ?」


 俺はフローラの言葉を無視して、治癒魔法をかけ続けた。

 こうしているとよく分かる。

 傷跡から、痛い、苦しい、辛いといった気持ちが俺に流れ込んでくる。

 傷跡だけど、フローラにとっては膿んで塞がることのない痛みを伴う生傷みたいだ。


 いつまでも止めない俺にため息をついて、治癒魔法をかけやすいようにとフローラはベッドにうつ伏せに横たわった。

 そして、この酷い怪我を負った経緯をぽつりぽつりと話してくれる。

 話の内容は、俺にとっておぞましいものだった。

 俺は激しい憎悪と悲しみに支配される。

 幼いフローラを想って、カメレオンの俺は小さなしずくを目から零した。

 



 フローラと一緒に暮らすようになって初めて分かった事が、たくさんある。

 普段は滅多に笑わないが、俺と二人きりの時はよく笑う。

 大抵が俺の失敗だけど、ケーキを食べそこなって顔中クリームだらけになった時は大笑いしてた。

 フローラが笑うと、本当に名前の通り、花が咲いたみたいに周りが明るくなる。 

 案外笑い上戸なのかも知れない。可愛くて俺は結構スキだ。


 それから、フローラはかなりのおっちょこちょいだ。

 道にはすぐに迷うし、慌てると全く理解不能な突拍子もない事をしたりする。

 俺が居なかった時は、一体どうやって生きてきたのだろうと思う。

 心配で一時も離れられない。

 

 真面目で、一生懸命で、ちょっとばかり、いや大分馬鹿だけど、綺麗で可愛いフローラ。

 俺は一体今までフローラの何を見ていたのか。

 色ぼけも大概にしてフローラ自身をちゃんと見てやれと、兄上に言われても仕方がない。

 番い失格だ。


 冷たくて高慢な女魔法剣士の顔は、己を守る為の鎧と同じ、他人を牽制し寄せ付けないためにデフォルメされた姿だった。

 真実のフローラは、傷だらけで怯えきっている。

 近付く者を威嚇し、さらに近付けば攻撃を加え、差し伸べられる温かい手すら、もう取ろうとはしない。






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